父の歯並びに対する間違った情熱
父は歯並びにうるさかった。
他人に対してとやかく言うことはなかったけれど、乳歯が永久歯に生え変わっていく頃の私にはうるさかった。
『いいか、グラついた歯があれば絶対抜くんだ。じゃないと歯並びが悪くなる。放置したらお父さんは許さないぞ。』
ご飯を食べてる時、テレビを一緒に見てる時、私が抜けそうな歯をいじってる時、何回も何回も真剣な顔で言われた。
私は親を舐めてたので、わかってるって〜。と毎回流した。
ここで一旦立ち止まりたい。
大人になった今思う、抜けそうな歯の放置と、歯並びってそこまで関係あるのか?
多少の影響はあれどそこまで関係ないと思う。(調べてないからわからないけど)歯並びって顎の小ささとか、歯形のアーチとかの関係じゃないだろうか。(調べてないからわからないけど)
しかし父の中では深刻な問題だったのだ。
話を戻す。
私は手遊びが好きな子供だったので、しょっちゅう抜けそうな歯をいじっていた。順調に抜いていたので父は安心していた。
しかし、とある乳歯がしぶとかった。
ボーとしながら歯を触っている時、父に見つかりまたいつものことを言われた。私は抜けるだろう。と思ってたのでいつも通り流した。しかし、その乳歯はなかなか抜けなかった。
1週間ほど経って、自室でテレビを見ていた時だ。
父が
『あの抜けそうな歯、どうなったんだ。』と聞いてきた。
私は『まだ抜けてない。』と返した。
すると父は『大変だ!!!』と大きな声を出して洗面所に行った。
糸フロスを片手に戻ってきた。(糸フロスとはめっちゃ長い糸)
そしてすごい勢いで私の口を開け、
抜けそうな歯を確認し、その歯に糸フロスを、一周、二周、三周と巻きつけた。
小学生の私は状況が理解できなかったが、
ヤバさを感じたので嫌だ!!!と抵抗した。
父は
『歯並びのためだ!!今ここで抜かないと死ぬまで後悔するぞ!!』と説得しながら、私の歯に巻いた長ーーい糸の先を、ドアノブに巻きつけた。
混乱していた私だが、瞬時に次に何が起こるか察し、口をグッと閉じ、ジタバタした。
しかし、父は狂ってるので、私の歯と繋がったドアを押して閉めた。
ドアが動いていく様子、口から垂れる糸、目の前に映る景色が怖すぎて私は反射的に口を開けて叫んだ。そしてその瞬間スポーーーーーンと歯は抜けた。
ギャーーーーーーーーーと断末魔をあげ、泣いた。でも想像よりは全然痛くねぇ。と思ったのを覚えてる。
叫びを聞いた母が駆けつけたが、一連の流れを知ると、じゃあ仕方ないね。と言っていた。なんで歯の価値観合ってんの?
○
無事私の歯はすべて永久歯に生え変わり、大人になった。
歯並びは父の努力の末(?)友人や初対面の人からよく褒められる。
褒められるたび、父の間違った情熱を思い出す。絶対あれは間違ってるし歯並びと関係なかったよな。という気持ちと、でもこの歯と歯並びはお父さんのおかげだわ。って気持ちが同時に存在する。
今回のことをすごーく良く言ったら、
未来に関わる健康って、親がめっちゃ関係してくるな。と思う。
あの時の私は歯並びなんてどうでもいい。って思ってたけど、お父さんのおかげなのか無事、綺麗に生え揃ってる。
しかし、父の行いは決して薦めるものではない。改めて考えると本当に無事で良かったし、これがもし、もっと怪しい健康法にハマってたとしたら笑えない。親が未来のキーを握ってるからこそ、安心安全な情報をもとに子供の健康を気にしてほしい。
まあでもお父さん、私の歯のこと気にしてくれてありがとうな。(しかし父は歯磨きには関心がなかったので私の奥歯は四隅すべて銀歯である)