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百草園で梅と人を観る

 2月も末になって最高気温がようやく摂氏10度を上回るようになった。梅もそろそろ咲いただろうと思って京王線で行ける百草園に観梅に行ってみた。庭園もよいし、人もそこそこ出て賑わっていたけれど、いろいろ見通しはうまくいかないものだ、という話を書く。

(世情はロシアが国際法に違反してウクライナに侵略戦争を行い騒然としている。ロシアの退役将校が反対声明を出し、ロシア国民の中にも戦争反対のデモを行っている人たちがいるが、ロシア政府の非道はまことに残念なことである。呑気に観梅に出かけた我が身が申し訳ない気分にもなる)

 京王線で聖蹟桜ヶ丘駅の隣の駅が日野市にある百草園である。「もぐさえん」と読む。これを自分は「ひゃくそうえん」と読んでいたのだが、その時点でものを知らなかったわけである。私の無知はともかく由緒ある庭園であり、同園のホームページには次のような紹介文がある。

『江戸時代の享保年間(1716 年~)、小田原城主大久保候の室であった寿昌院慈岳元長尼が徳川家康の長男・信康追悼のため当地に松連寺を再建しました。その後、時代を経て作られたのが京王百草園です』

 通説によると、徳川信康は母の築山殿ともども武田勝頼に内通したという疑いを織田信長からかけられて自刃に追い込まれたとされている。この説については疑問もあり、いくつか他の原因を挙げる人もいて、真相は不明ということだと思われる。それにしても、信康が没したのは1579年のことである。それから140年近く経ってから大久保氏の室(夫人)が供養のために寺を再建したというのは奇特な話だが、今はそのことはおいておく。

 まず、京王線の百草園駅を降りると川崎街道にすぐ出る。事前にホームページで得た情報によると街道を渡って徒歩10分で百草園に着くとあった。その時は足取りも軽く歩道を闊歩していた。私の少し先には50代くらいに見えるご夫婦と学生さんのような息子さんに娘さんという4人連れのご家族が歩いていた。また、20代と見える若い女性が4人連れの家族をも追い越しそうな勢いで私を追い抜いて歩いていった。

 しかし、4人プラス1人の方々はしばらくすると踵を返して反対方向に戻って行った。百草園への入り口と思しき脇に入る道の辺りに工事の標識があるのだった。どうやら彼らは道を間違えたか、あるいは目的地が行き止まりだと判断して、早々に別のルートを探そうとしたのだと思われる。

 たしかに別のルートもあるようだが、結局、その人たちを百草園で再び見かけることはなかったので、迷った末に諦めたのかも知れない。自分は、前方に工事の標識が設置されているからといって、その先に進めないかどうかは実地で確かめなければわからない、と考えた。そうしたところ思惑どおりで百草園に至る道は通行可能だった。ろくに確かめずに別の道を探しに戻っていった人たちのことを早合点して失敗したな、と思ったのも束の間、つぎは自分自身が驚く番だった。

 百草園のホームページには「交通 京王線百草園駅下車徒歩10分、または聖蹟桜ヶ丘駅・高幡不動駅からタクシー10分」とはっきり書いてある。しかし、その次に小っさーい文字で記された注意書きの「※百草園駅から当園までの間には途中急坂があります」という一文を見逃していたのだった。

 実に運動不足の年寄には厳しい坂道であった。坂道というよりは小山を登っていくという感じであった。ふだん、山歩きするのに慣れている人にとっては、どうということもないのかも知れないが運動不足をおおいに反省したのだった。還暦前後とお見受けするご夫婦は山歩きをするような服装で臨んでいたが、おそらく何度も足を運んで事情通の方々だったのだろう。古希を超えていると見受けられる一人のお婆ちゃんが坂道の途中で立ち止まって休息していたけれど無理もない。私も一回、途中で足を休めて呼吸を整えた。看板が出ていて、たしか「百草園まで30m。あともう少し」というような文言だったけれど無理は禁物である。

 駅を下車してから徒歩10分というわけには到底いかなかったわけだが、ともかく百草園には無事到着した。しかし、安心は禁物であり、百草園そのものも山の傾斜を利用して造園されており一渡り花を愛でるには、園内でも登ったり下ったりを経ることになる。他の年配のお客さんが「もっと梅が咲いていると思ったけれど、まだだったなぁ」と仰っていたが、たしかに見頃はこれからかも知れない。でも、蝋梅も見られたしよかったと思う。

蝋梅

 さて、京王百草園に入園するには300円が必要である。急な坂道もあり、入園料もかかるから、あまり人はいないだろうと思うとそんなことはない。園に至るまでの坂道でも道行く人を見かけたとおり、園内も混んでいるというほどではないけれど、坂が多いので人とすれ違う時にはお互いに注意しないといけない程度には賑わっている。

 中には見るからに、あるいは言葉を聞いて、「あ、外国の人だな」とわかる人もいる。なんとなく年配のお客さんが多いような感じがしたけれど、デートと思しき若い二人連れもいたし、小学生か、見たところ就学前のお子さんを連れた親子連れの方々もいらっしゃった。

 こういう場所でのデートはオツなものかも知れないが、坂道でへこたれたところを彼女に見せるわけには行かないから大変だったろう(あの身なりだとタクシーで来園したかも知れないが)。園内には松尾芭蕉の句碑があり、碑の前で佇んでいた彼女はおそらく文学通なのだろう。彼氏はそのことを褒めるのに余念がなかった。大切なことである(文学少女だった大人の女性を称賛するよい呼び方がなかったかな?)。

「志ばらくは花の上なる月夜かな」(芭蕉)

 可哀想に思えたのは親御さんに連れられた小さいお子さんである。特に男の子などは梅の花を観に連れてこられて何が面白かろうと同情する。まあ、園内にも坂道がいろいろあるから多少は冒険をした気にはなれるかも知れないが、観梅を楽しむ10歳未満の男児が果たして世の中にどのくらいいるものだろう。

 自分自身が子どもの頃を思い出しても桜を観るのはまだしも夜に連れ出されて親の夜桜見物に付き合わされた時は、大人って本当にこんなものが風流と感じるのか?とはなはだ不思議だったものである。半分ふてくされながら、お母さんに手を引かれて面倒くさそうに歩いている男の子を見かけてそんなことも思い出した。

 園内には坂道も多いが休憩用のベンチも多い。お婆ちゃんの話し声が聞こえたのだが独りで喋っている。というか、小高いところにある百草園のベンチで休息しながら携帯電話で下界にいる友だちと会話をしていたのだった。ベンチにもう一人分の荷物が置かれていたので、友だちと二人で来たように思われたが、そちらはトイレ?それとも売店?ともかくお婆ちゃん一人がベンチに残されて手持ち無沙汰だから友だちに電話をかけたという風情だった。

 キャンプに行ってまでもDVDを鑑賞する方もいて、今では「アウトドアシアター」などと格好いい呼び方もされているらしい。機材のメーカーも販売促進に余念がないらしいから、特に奇異なことではないのかも知れないが、自分など旅やキャンプは日常と違う経験をするのが目的だろうと思っているので、百草園で休憩中に街にいる友だちと携帯電話で世間話をしているお婆ちゃんを見て苦笑いしてしまったのである。

 そんなこんなで小一時間ほど園内を散策して梅と人を観て帰ってきた。帰りは下り坂だったので楽だったけれど、目の前を若いご夫婦が歩いていた。奥さんはベビーカーを押していた。赤ちゃんはと思ったらお父さんが前に抱えていたので、今流行り?の育メンパパなのかなと思ったりした。 

 家事や育児を夫が分担することはけっこうなことだと思っているのでポイントはそこではない。この二人も自分と同じく百草園が駅の近くの平らなところにあるものと思い込んで来てしまったのだろうか(涙)。赤ちゃんはずっとお父さんが抱えていたのだろうが、ベビーカーは往きの上り坂は奥さんが押して(あるいは引っ張って)、園内ではたたんで、あちこち歩き回ったのだろう。

 そこそこパワフルでチャレンジングな経験だったと言えようか。ちょっと行楽に出かけるだけのことだって、けっこう見通しがきかないこともあると今回感じた。今後も夫婦で力を合わせて頑張ってほしいと思ったが、結局、梅以上に人を観たほうが面白かったような気がする。最後に百草園のURLを載せておきます。駄文をお読みいただきありがとうございました。

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