大勝軒の思い出
大勝軒とは
なんかギャンブル好きな人にとっては縁起が良さそうな屋号である。そもそも、ラーメン二郎とか杉田家とかのようにラーメンの特定のスタイルと対応する店名ではない一般的な店名らしい。だから、ラーメン専門店ではない町中華にも大勝軒を名乗るところはある。自分は川崎市の中野島駅の近くで、大勝軒という店に入ったら一般的な町中華で、予想と違う味わいだったのでアレっと思ったことがある。
というのも、大勝軒には有名な2つの流れがあって、それぞれが人気を博しているからである。一つは、東池袋系と言われるもので、故・山岸一雄さんが始めた東池袋の大勝軒から暖簾分けしていった流れである。さらに、その味のルーツは青木勝治さんが始めた荻窪の丸長という店に遡るようだ。大勝軒のもう一つの流れは、永福町系と言われるもので、草村賢治さんが杉並区の永福町で始めた大勝軒の流れである。中野島駅近くの大勝軒はどちらでもなかったというお話。
東池袋系も永福町系も醤油スープの東京ラーメンだが、たまたま屋号が同じ大勝軒というだけで無関係に独立して始められた店であり、レシピは異なる。ただ、これもたまたまだろうが一般的な東京ラーメンと異なって、どちらの系列も魚介系の出汁を用いるところは共通していて、そこが東京ラーメンの専門店として人気を博している由縁かなと思われる。
初めて食べた大勝軒のラーメン
永福町系大勝軒のラーメンは煮干し豚骨醤油のスープが特徴。その表面はラードで覆われるため熱々で、麺は柔らかめに茹でられる。郊外店舗が多く埼玉県にも多いそうだが、東京では杉並から西の多摩地域でも、よく見かけられる。実は、私は大学生の頃に多摩地域に通学して、その地で初めて大勝軒のラーメンを食べたのが、永福町系だったのである。
その大勝軒は、小平市の学園西町というところにあった。若い大将と奥さんの二人で営業していた小さな店。私も東京生まれ東京育ちながら、永福町系大勝軒の味とボリュームは初めての味覚で衝撃を受けた。大学生の頃によく昼食を摂りに通ったものである。
だが、しばらくすると店が閉まったままになった。一ヶ月くらいして、ようやく再開したのだが、大将と地元の常連さんの会話が耳に入って来て、奥さんが亡くなったので店を閉めていたのだとわかった。大将曰く、ひと月泣いて暮らしていたとのこと。
その後、社会人になってからは縁がなくなったが、再び多摩地区に住むようになり、懐かしい小平市の大勝軒の暖簾を何度かくぐったことがある。私が学生の頃はいつでもすぐ入れたけれど、世の中がB級グルメブームとなったこともあってか、行列ができる名店になっていた。ラーメン職人を継いだわけではないが、息子さんが店を手伝っていたこともあり、大人になったら顔立ちが大将に似ていたのが微笑ましかった。さすがに大将は引退しているはずだが、誰かが継いで店は今も営業しているようだ。
また、武蔵増戸の大勝軒にも行ったことがあるが、同じ永福町の系列の味で美味しかった。私は訪ねたことがないし、今は閉店したようだが、昭島の大勝軒も永福町系の店だったらしい。
ことほど左様に、多摩地域では永福町系の大勝軒がよく見かけられてきたのだが、最近は少々様子が変わってきた。
山岸さんの大勝軒
その話に行く前に、山岸一雄さんが創業した東池袋の大勝軒だが、坂口正安さんが始めた中野の大勝軒の暖簾分けであり、さらに前述したとおり荻窪の丸長という店に味のルーツがあるので、丸長系大勝軒という括り方をする方もいらっしゃるようだ。そういう系統だということを前提に拙文においては東池袋系という呼び方をしておく。
というのも山岸一雄さんは懐が深いというか、修行したいと希望する人たちを受け入れて暖簾分けさせて来たので、山岸さんの下で修行した弟子筋にあたる人たちが沢山いて山岸さん、ひいては丸長に発する味を広めた結果、一般的には東池袋系と称されることが圧倒的に多いと思えるからである。
私は東池袋の大勝軒に行ったことはないが、生前の山岸さんを追ったテレビのドキュメント映像を視聴した時に、笑顔で人当たりがよくて温厚な人柄が印象的だった。そこが昨今、人気を博すラーメン屋さんの一部と違うところかな、と個人的には思ってしまう。
例えば、横浜家系ラーメンの創業者は弟子をとったけれども、山岸さんとは正反対に今で言うパワハラは当たり前で手や足が出ていたという噂もある。山岸さんのような方もいるのだから時代が違うで片付けるわけにはいかないだろう。また、弟子でも自分とは違う味を打ち出した人は容赦なく破門し、自分の味を守る弟子だけに免許皆伝を許していることは事実である。
家系の創業者は極端な例かも知れないが、そうでなくても、最近のラーメン屋の一部の店主は、鉢巻をして腕組みをして、如何にも自信満々で「オレの味がわからない奴はバカだ」と言いたいのだろうかと思うようなプロフィール写真を販促に使う人もいる。だが、私のように気の小さい人間は「バカでけっこうです」と思ってしまい足が向くことはない。
実際に、二郎系の某店では「ニンニク入れますか?」のコールに正しくレスポンスできなかった客をバカにしたような内容をSNSに投稿した店主が炎上した例がある。たしかに店主から見れば<ド素人の客>だったのだろうけれど、もともと顧客満足のためにニンニク入れたり、野菜や脂を追加する対応なのに、なんで店が偉くなるのかわけがわからない。いっそ、「一見さんお断り」とか「当店は紹介制です」とか、店に貼り紙したらどうだろう。ラーメン店としては画期的なことで話題になるはずだ。
近所の大勝軒
話が脱線したが、山岸さんを慕って弟子入りした人がたくさんいて東池袋系の大勝軒の店が増えて来たのだと思う。大勝軒と言えば永福町系といっても過言ではなかった多摩地域にも東池袋系の大勝軒が進出してきた。
カバー写真は、その東池袋系の大勝軒の某店で一番デラックスな一品で、ネギは別に追加したものだが丼の中には、すべての具材が載せられている。特に雲呑(ワンタン)は肉がたっぷりで予想以上に美味しかった。スープは濃厚な醤油味で、魚介の出汁がまろやかな味わいを醸し出している。永福町系はラードや煮干しの風味がキリッとした輪郭を際立たせた味なのに対して、東池袋系は全体的にまろやかだと感じたしだい。
もちろん、これは違いであって、優劣ではありません。世の中には、いろいろなラーメンがあって、最近は量の多さや、味の濃さを誇るものに人気が集中している傾向がある(中毒性があるのかも知れない)。反対に、妙に意識が高くて、どこを目指しているのだろうと目眩を憶えるものもある。
いやいや庶民の食べ物なんですから、難しい専門店じゃなくてもよいのですよ。毎日食べるわけじゃないけど、普通に美味しくて飽きが来ないラーメンがいいんですよね。というわけで、大勝軒さんも、丸長さん系も、青葉さんも町中華さんもひっくるめて東京ラーメンのお店頑張ってほしいです。