地下アイドル雑感
初めて見たのはプロの地下アイドル
昔話だが、これも現代の民俗だと思うので記しておく。
地下アイドルというと、語感がよろしくないけれど、要するに自主制作またはインディーズの女性アイドルと考えればよいのかな、と思う。都内には、ステージを備えた地下アイドルの人たち専用のスタジオがあって、パフォーマンスを披露するだけでなく写真集や自主制作したCDなどの「物販」も行われてファンの男性客で賑わうらしい。以下は、地下アイドルについて私の狭い見聞にもとづく思いを綴ったものである。
私が初めて地下アイドルのライブを観たのは、10年以上も昔のことで某大学の学園祭の野外ステージでの「かせ栞」さん(バレリーナの加瀬栞氏とは別人)のパフォーマンスだった。当時、私は地下アイドルというものを知らず、学園祭をウロウロしていたら、たまたまステージに遭遇したのだった。
バックダンサーの女性たちは、まだ学生っぽかったけれど、かせ栞さんは大人の女性だから、どうも大学生のサークルではなさそうだ、とは思った。パフォーマンスを拝見して、すぐに、この人プロフェッショナルだなぁとわかった。おそらくオリジナルの曲をキレのあるダンスで魅せながら歌いあげる。華があって見事だった。(バッキングの演奏はたぶん打ち込みで作られたものを流していた)
歌そのものはファンに叱られるかもしれないが他愛もない可愛らしいもので、歌唱もピッチやリズムは完璧だが、どこか舌足らずな感じをのこして可愛らしく歌う。曲想があまり芸術的であっても、歌唱が巧すぎてもいけない。あくまでニッチなマーケットセグメントに特化したエンターテインメントなのである。
このマーケットを支えているのは主に懐具合がよろしい中高年の男性らしい。私も知り合いに一人そういうパトロンがいるが、ライブを見に行くだけではなくて、物販で気前よくお金を使うことでパトロネージュを果たしてきたようだ。そういう人たちは純粋にエンタメとして楽しんで応援しているようである。
アマチュア地下アイドルと違和感
さて、かせ栞さんのパフォーマンスには感心したが、クラシックギターを習っていた私は、その後、地下アイドルに心奪われることもなく月日は流れた。だが、もう6年も前のことになるがジャズを勉強している知合いの女性が小さなライブハウスで歌うことになったという。意外に近いところなので、ちょっと下見に行ってみた。
その時に出演していたのが、地下アイドルのK。本名は知らない。芸名で出演していたけれども以下に微妙な内容もあるので、ここではKとしておく。博多美人で都内に住んでいて、昼間は本業の仕事に就いているということが、何回かそこで彼女のパフォーマンスを見るうちにわかった。
小さなライブハウスで、プロのミュージシャンも演奏するが、アマチュアが出演する企画も積極的に行っているところだった(残念ながら、その後コロナ禍で閉店した)。そしてミュージシャンとオーディエンスの距離が近い店だった。
Kは当時、その店で不定期のライブを始めたところだった。地下アイドルによくあるようにオリジナル曲をロリータ風に歌うわけではなく、よく知られた曲をふつうに歌っていた。その店では、アマチュアでもステージに立つ人はピンの場合、自らギターかピアノで弾き語りしていたが、異例なことに店のハウス・ギタリストが毎回、バッキングをつとめて楽器ができない彼女はもっぱら歌うだけ。厚遇されていたと思う。
初めて彼女の歌を聞いた時にスタンプカードを渡されたのだが、コンプリートすると写真撮影会に参加できる特典がもらえるという。コンプリートしたのか、その後、どうなったのかは後述するが、後にも先にも経験がない販売促進だったので内心驚いた。そして、違和感は彼女のライブを重ねて聴くごとに増していった。
Kは歌は下手ではなかったが上手くもなかった。歌を勉強している気配もなかったが、歌でなにかを伝えよう、表現しようとしているわけでもなかった。仮に、それはミュージシャンの仕事であってアイドルの仕事ではないとしても、かせ栞さんのようなプロはファンを楽しませるために勉強、練習していることがわかる。だがKには、それもなかった。
要するにKは自分のために歌っていただけなのである。プロのミュージシャンやエンターテナーが音楽やオーディエンスのことを考えているのに対して、彼女が考えていたのは自分がキラキラ輝くことだけだったらしい。主にアニソンだったが、時にはジャズ・スタンダードも歌っていたものの聴いていて物足りなさが残った。
こう書くと大人になっても厨二病を引きずっている人みたいだが、Kは正業に就いていて容姿もととのっていたし、承認欲求はそこそこ満たされていたはずなのに不思議なことではある。それに加えて、自己満足で歌うだけではオーディエンスから支持を得られないことに気づかなかったことも非常に不思議なことである。
パフォーマンスの目的は自分が輝くこと
そうこうしている内にバッキングをしていたハウス・ギタリストがKのサポートを降りると言い出して、Kはカラオケで歌うわけにも行かず(融通が利くミュージシャンの友だちもいなかったようだ)、その店でのライブ活動は尻切れトンボでお終いになり、どうでもよいことだが前述のスタンプカードも自然に無効になったのである。
何があったのか?Kが他所のハコで地下アイドルのイベントに参加した時に、ギタリストにサポートをお願いしたのだが、そのイベントの状況にギタリストがえらくご不興のようだった。ファン層や出演者があまりに違うので驚いたのか、それとも、Kが事前に集客活動をしなかったので興行にならなかったのか、まあ、詳しく尋ねなかったので知りません。
私も一度、Kがプロデュースしたアニソンのイベントを聴きに高円寺の某スタジオに出かけたことがある。ぜんぶで何組か忘れたけれど出演者はアマチュアの地下アイドルの人たちだった。失礼ながら、素人が隠し芸を披露したような学芸会的なレベルだったから、ライブハウスのギタリスト氏の気持ちも何となく察しがついた。
要は本末転倒ということだろう。繰り返しになるが、プロのミュージシャンやエンターテナー(アイドルを含む)だったら表現したい音楽やオーディエンスを楽しませたい思いが先にあって、そのためにステージに上がるのだが、Kたちは自分がステージに立つことが先だったのだ。彼女は、自分のブログにキラキラ輝きたいと記していた。
K本人は自覚していないだろうが、結果的に音楽とオーディエンスは彼女たちの自己愛と承認欲求を満たすための道具扱いされているのだ。アマチュアゆえの気楽さゆえに、ファンとの距離のとり方も中途半端でつながりを大事にしているとは思えなかった。
プロの地下アイドルを楽しみたい
こんなことも以前聞いた。私が知っている某ライブハウスが、アーティストだと自称していた地下アイドルの女の子にブッキングをドタキャンされたそうだ。そして彼女がライブをキャンセルした理由というのが、ファンの応援が足りなかったのでモチベーションが上がらなかったからだという。この女の子の場合も自己愛や承認欲求が先行していた訳で残念である。
この子や前述のKのように、アマチュアの地下アイドルには、自分がステージで輝くことが目的になっている人が残念ながらいる。けれども、冒頭に書いたようにプロのアイドルもいて、歌やダンスは訓練され練られていて、ステージは鑑賞に堪えるものだ。
私はふだんクラシックギターや室内楽のコンサートを優先的に聴きに出かけ、その次にジャズ・ヴォーカルのライブも聴きに出かけるけれど、時には音楽的に難しいことは脇において、エンターテイメントとして女性アイドルのステージを見てみたい気もする。アイドルの皆さん、ただ可愛い見た目で気を惹くだけではなく、芸も磨いてくださいね。
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