「生命の木」に魅せられて
また、なんとなくお話を思いついたので残します〜
そうして、俺は、すべての記憶を失う薬を飲んだ。
もう、ココナッツに振り回されないために。
この国に来るまで、ココナッツを食べたことがなかった。
初めて口にしたとき、天にも昇る気持ちだった。そして、自分で育てたいと強く感じ、一本のココナッツの木を購入した。それが実をつけてくれるのが本当に嬉しくて!
もっと食べたくて飲みたい気持ちに逆らえず、満腹になってもなお、食べ続け、飲み続けてしまう。
部屋にいる限りは、だれも俺の思考を停止させない。ココナッツだけは別だが。ココナッツについて考えたくないので、頑張ってほかの考えに思考を走らせまくって無の境地を目指す。
「もっと良い文章が書きたい」と思って書いた文章は陳腐だ。
「もっと良い女と出会いたい」と思って出会った女は強欲だ。
「もっと良い暮らしがしたい」と思って選択した事は幻想だ。
・・・
だめだ。心をからっぽにすることなんて無理だ。心をからっぽにする方法を忘れてしまった。からっぽにするには、いろいろと知ってしまったのだ。失恋の痛みやら物欲やら、他人を羨む気持ちとか孤独とか…そういう気持ちを一時的に忘れさせて安らぎを与えてくれ、俺の心を芯から満たす現段階の最上級の存在はココナッツだけなんだ。しかも、自分が育てている1本のココナッツの木の実だけ。
それが、ここ2、3日続く大嵐で木がへし折れ、枯れてしまった。実も残り1つしかない。というわけで絶望している。この実を使い果たしたら、俺は何を食べたらいい?何を飲んだらいい?代えがないんだよ。
まあ、この話を読んでいるアンタはきっとココナッツ狂いの変人だと思っているだろうね。言っとくけど、ココナッツは人じゃなくて食べ物なんだが、俺にとっては、絆の深い大切なヤツなんだ。だから、失いたくないし、これからも穏便に関係を続けたいと思っていた。
ああ、ココナッツとの距離感がわからなくて苦しい。そもそも距離とかない気もするけど、自分が長く育ててきた木の実が残り1つとなると、この国全土にアホみたいに生えまくっているココナッツ群と違って、やけに愛おしくなるんだよ。自分でもびっくりだ。
この国で唯一の友人Aに相談したら、それはよくある事だと言った。えっ、まじ?? 正直びっくりした。そんでもって「記憶を失って何も知らない無の状態になるのが一番手っ取り早い」と教わり、今、手に持っている2錠の薬をもらった。
でも飲むのが惜しい。せっかくAと友達になれたのに…Aと友達になったことも忘れてしまうのか。それは、あまりにも悲しいだろ?だが、Aは言った。
「君が最も失いたくないものは、僕と友達でいることではなく、自分が育てたココナッツとの日々の積み重ねだろ?記憶というのは厄介だから、苦しみから断ち切るためにこの手段をとるのは、この国の常識であり、文化なんだ。」
そ、そうなのか…ココナッツの実はもう半分しかない。これを使ったら無になる。代用はない。
俺はAに一礼し、2錠の薬を急いで飲み、その場にゆっくりと倒れた。
Aは涙を流したが、後悔はなかった。たまたま人生の交差点で出会った別の国から来た男と出会えたのだから。
おしまい
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