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野性を取り戻せ!あきる野デジタルデトックス単独行

過去を悔いたり、未来を憂いたりするのは、人間の理性の大事な機能だと思うが、今この瞬間に向き合う野性を忘れてはいけない。

私は、自分の中の野性を見つけるため、ときどき通信端末を何も持たずに旅に出ている。

(前回)


恐怖を求めて西へ。

いつものことであるが、旅の計画をろくに立てていないので、家を出る直前に、Google mapを眺めて、日帰りで行けそうなところに適当に選ぶことにした。
東京の西の方に、公共交通機関で行けそうな吊橋を見つけたので、今回はそこへ向かうことにした。

今回降りる駅は、JRの武蔵五日市駅だ。
例の如く、詳しく道順を調べずに出かけたので、中央線に乗った時点で行き先に武蔵五日市が無いことに気付いた。
電車内の路線図によると、立川から青海行きの電車に乗り換え、さらに拝島で五日市線というのに乗り換えるらしい。


新宿でいくらか乗客が降りていったので、私は座席に座ることができた。
窓から暖かい陽光が車内に入り、両隣の乗客は気持ちよさそうに居眠りを始めた。

私はぼんやり考えごとをしていた。
考えても仕方のないことを考えてしまうのはたいへんなストレスなので、私はそれから離れるために旅をしているのであるが、電車に乗っている間はやることが無いので、どうしても考えごとをしてしまう。
私も居眠りがしたかったが、スマホが無いためアラームが鳴らせない。


しばらくして、立川駅に着いた。
青海・五日市方面のホームに行くと、各駅停車の青海行きが停まっていた。
五日市方面の電車はしばらく無いようだったので、とりあえず青海行きに乗ることにした。

拝島駅で五日市方面の電車に乗り換えた。
電車からはたくさんの人が降りて、別のホームに向かっていった。
みんな、どこから来てどこへ行くのだろう。


五日市方面の電車はがらんとしていた。
発車時刻まで10分ほどあった。
電車は武蔵五日市駅止まりだったので、寝過ごすこともあるまいと思い、少し目を閉じた。

電車が発車する頃には、乗客がいっぱい乗っていた。
ほとんどの乗客は秋川駅で降りていったので、この辺りでは大きな街なのであろう。
終点の武蔵五日市駅まで乗っていたのは、ほとんど登山客のようだった。

武蔵五日市駅のホームの写真


武蔵五日市駅から、どの路線バスに乗ればいいか調べて来てはいたものの、バスの発車時刻までは調べていなかったので、バス停留所の時刻表を見てみる。
数分後に、目的地まで行けるバスが来るようだったので、そのまま待ってみたが、一向にバスがやってこない。

私が時刻表を見誤っていたのかもしれないと思って、もう一度見直してみたが、やはり間違っていない。
予想通りに移動できない、ということはときどき起こる。
起こるものだと思って生きていけるのは、よいことだ。

結局、30分後に来た次のバスに乗ることになった。
バスの座席は埋まっていて、生活のために乗っている客もいたが、ほとんど観光客のようだった。

先ほど、駅の案内板で見たところによると、この辺りは秋川渓谷というのが有名で、多くの人が訪れるようであった。
バスの車窓からは、サイクリングやランを楽しむ人の姿が見えた。

武蔵五日市駅前のバスロータリーの写真


しばらくバスに揺られて、目的地の十里木バス停に着いた。
私は高所恐怖症なので、高いところに挑戦しようと思って、Google mapで「吊橋」と調べて出て来たのが、ここだったのだ。

バスを降りて吊り橋のほうに向かって歩いて行った。
吊り橋自体が観光地になっているらしく、同じ方向に向かって歩いていく観光客が何組かいた。
道路のすぐ脇は渓流になっていて、目的の吊り橋にはすぐ着いた。

秋川渓谷にかかる石舟橋の写真


少し脇道に入って渓流に近づくと、日陰の空気はひんやりしていて、とても涼しかった。
水辺というだけで、こんなに空気が変わるものなのだろうか。

肝心の吊り橋だが、石舟橋というその吊り橋は、それほど高いものではなく、吊り橋と言ってもしっかりとした造りで、足下が透けているような、いわゆる吊り橋のイメージとは違ったものだった。

高さがそれほど無いからであろうが、手前で足がすくんで動けなくなるほどの恐怖はなく、強烈な恐怖に向き合うことを期待して来たので、拍子抜けであった。
もっとよく調べて来るべきであった。

秋川渓谷にかかる石舟橋の写真


橋の真ん中で、立ち止まって写真を撮れるぐらいの余裕はあった。
いつも前回よりも強い恐怖に向き合うようにしていたので、これは少し失敗だった。

とは言え、橋を渡っているときは、足元が寒くなり、橋がぐらぐらと揺れて、空中に放り出されそうになるような不安を終始感じていた。
実際に、人が歩くと少し揺れていたように思う。

橋の上から見下ろした秋川渓谷の渓流の写真


どこから来てどこへ行く。

橋を渡った先には、温泉施設やレストランがあり、たくさんの観光客で賑わっていた。
私はそれを横目に、奥のほうへと進んでいった。
また小さい橋があり、民家の間を歩いて、山のほうへ続く道をあてもなく歩いていった。

向こうから、背中に何か大きな四角い物体を背負った人が歩いてくる。
すれ違いざまに見ると、折りたたみ式のマットレスや、断熱シートのようなものを背中にくくりつけ、たくさんの山歩き用の靴をぶら下げた、日に焼けたたくましい青年だった。

山を歩いて、野営をしているのだろうか。
黙々と足をすすめて、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
彼はどこから来て、どこへ行くのだろう。

大きな荷物を背負って歩く旅人の後ろ姿の写真


車道から河原へ降りられる階段を見つけた。
階段を降りていくと、土と草と水辺の懐かしいにおいがした。
小さい頃によく嗅いだにおいだ。

後から知ったが、この水辺は、季節によっては蛍の名所なのだという。
水は美しく、空気はひんやりしていた。
今は誰も訪れる人がいない。

人気の無い河原の写真


私はしばらく一人で川辺を満喫して、禅寺の前を通って、元来た車道へ戻った。
寺の入り口に掲げられていた標語には、「今に集中しろ」といった旨のことが書いてあった。

今、私の心は参っている。
この場合の「今に集中」と言うのは、不調な心に内省せよと言うことではなく、己の悩みや執着から離れて、今この瞬間の外界との交流に集中せよ、と言うことだろう。
心には、今も昔も無いのだ。

石碑の前に生えている紫の花の写真


私は、見ず知らずの道を更に先に進んだ。
地図のようなものも無いし、道は全然わからないが、人々が生活している土地なので、どのぐらい歩くかわからないが、おそらくぐるっと回って元来たバス停の辺りまで戻れるだろう。
あまりにも先が見えないようなら、引き返して、来た道を戻ればよいのだ。

道は、曲がりくねって進んでいく。
高い山の崖に、はり付くように民家が建っている。
いくらか進むと、バス停の近くにあった温泉施設の方向を示す看板を見つけたので、おおよそどちらの方向に進めば、元来た道に戻れるのかはわかった。

山肌にはりつくように建っている民家の写真


途中、大きな杉の木がある神社があるという看板を見つけたので、立ち寄ってみることにした。
家と家の間の、細くきつい坂道をしばらく登っていくと、鳥居が見えてきた。
木々の中に埋もれるように神社はあり、社の脇に立派な杉の木の幹が見えていた。

昔、あきる野市の、さらに奥にある檜原村に、林業を学びに行ったことがある。
この辺りの山に生えているのも、材木用の杉の木が多かった。
この神社の杉の木は、樹齢およそ400年ということなので、檜原村で林業が盛んになった、江戸時代の頃からこの地に生えていたものなのだろう。

樹齢400年の杉の木が生えた神社の写真


ぐるりが8メートルもあるという大きな幹に触れてみた。
400年の月日に自分の視点を重ねてみようと思ったが、なかなか難しかった。
私は私の心に囚われすぎている。
社に手を合わせて、自らの心の平穏と、大切な人がみなに愛されて幸せに暮らせるよう祈った。

大きな杉の木に触れる手の写真


お互い無事でありますよう。

神社を後にしてしばらく進んでいくと、家の生垣を手入れしているおばあさんを見かけた。
高い位置の生垣の、伸びた枝を刈るために、ビールケースのような箱の上でつま先立ちをして、目一杯手を伸ばして剪定鋏を動かしている。
なんて危なっかしいのだろう。

無事に剪定が終わるように祈りながら通り過ぎると、後ろからがちゃんという音が聞こえて、冷や汗が出た。
振り返ると、剪定ハサミを落としただけであった。
私はホッとして、駆け寄って剪定バサミを拾い上げた。

おばあさんは、ありがとうと言いながら剪定鋏を受け取った。
手伝いましょうかと申し出たが、おばあさんは、なんの大丈夫、今日中に終わらなきゃいけない仕事でもないから、と笑った。
おばあさんには大事な仕事なのだ。

ではどうぞ気をつけて、と挨拶すると、おばあさんは、お互い様よ!と力強く答えた。
おばあさんは無事に剪定を終えるし、私も無事に家に帰るのだ。
そうゆう約束をしたような気がした。


道は次第にくだっていった。
立派な家の庭先で、端正な顔立ちの少年が、剪定バサミで庭の松の木の枝を落としている。
少し離れたところに腰掛けたおばあさんが、うまいじゃないか!と囃し立てる。
少年のおぼつかない手つきを、同じ歳ごろの少女が見守っている。
なんて美しい光景だろう。


私は、また道を行く。
大きな1本のアーチに交差するように橋桁が吊られた、不思議な形式の橋に行き当たった。
せっかくなので渡ってみたが、橋は行き道に通った石舟橋よりもずいぶん高く、しっかりした作りであったが、よほどこちらの橋のほうが怖かった。

大きな1本のアーチに支えられた橋の写真


落ちたら死んでしまうだろう、という高さが私の恐怖を喚起するのだろう。
何とか橋の真ん中で写真を撮ろうとしたが、橋から身を乗り出すどころか、欄干に近づくこともできず、ずいぶんへっぴり腰の写真になってしまった。
情けない。

橋の上から渓流を見下ろした写真


鳥を追いかける人。

車道の脇に、ギャラリーを併設したカフェを見つけた。
そう言えば、地元の店に入っていないと思い、車道を渡ってお店にお邪魔した。
店主の女性が気さくに話しかけてくれ、コーヒーを淹れておくから、隣のギャラリーで写真展を見ていってくれ、と勧めてくれた。

ギャラリーは、古い土蔵を改装したもので、広くはなかったが趣があって良い空間だった。
野鳥の写真展が開催されていて、2LからA3ノビぐらいのサイズの写真が壁一面にかけられていた。


カワセミ、ミミズク、ミサゴなど、この辺りに生息しているのであろう野鳥を撮った写真は、プロのネイチャーフォトグラファーの作品かと見まごうほど見事なものだった。

カワセミが、水面に飛び込んで、川魚を捕まえている様子の写真などはよく見るが、4〜5羽のカワセミが、枝に留まって互いに餌を与え合ったり、気遣いし合っている様子の写真などは、初めて見るものであった。
よほど長い時間、野鳥を観察しているのであろう。
費やした情熱と時間は、生半可なものではなかろうと思った。

喫茶店でいただいたコーヒーの写真


店に戻ると、コーヒーが用意されていた。
店主によると、写真を撮ったのはプロの写真家ではなく、この辺りの神社で働く宮司さんなのだと言う。
とすると、仕事の合間を縫って、足しげく河原や野山に通っては、じっと野鳥を観察しているのだろう。

写された鳥の中には、人の住む庭先までやってくるものもいれば、お店のすぐ下の渓流でも見られるものもいるし、人間への警戒心が強く、滅多なことではお目にかかれないものもいるという。
大体この辺りだろうというところにテントを貼って、じっと動かず、トイレも我慢して、1日中鳥がやってくるのを待つのだそうだ。

山に登って、向こう側の山のてっぺんの、肉眼ではとても見えないような遠くの木の枝に留まっている猛禽類を、超望遠レンズで探すと、向こうはこちらに気づいて、じっとレンズを見るのだと言う。

鳥が本当に好きで、鳥の生態を知り、写真を撮るためというよりは、鳥を追いかけるのが楽しいのだと、その宮司さんはおっしゃるのだそうだ。

宮司さんの写真が印刷された、ポストカードをいくらか購入させていただいた。
いつか、鳥が好きな友人と一緒に、またこの店を訪れたい。

野鳥の写真がプリントされた複数のポストカードの写真


店を出て歩いて行くと、じきに元来たバス停へ戻ることができた。
バスが発車するまで、小1時間ほど時間があった。
バス停の近くに、キッチンカーが停まった広場があったので、小腹を満たしつつ待つことにした。

私はハムとチーズのクレープを注文した。
クレープが出来上がるのを、ベンチに座って待っていると、別のお店の人が、「ハロウィンの魔法の言葉を知っていますか?」と声をかけてきた。
私が少し照れながら「トリックオアトリート」と答えると、お店の人はお菓子をくれた。
ハロウィンの時期だった。

愛用のカメラともらったお菓子の写真


お店の人たちが、サルが来ている!と、ちょっとした騒ぎになった。
見ると、小さなサルが、道の脇に生えた木の実をむしって食べている。
お店の人やお客さんが、スマホで写真を撮っているのに構わず、しばらく木の実を食べたあとは、電柱の間に渡されたワイヤーケーブルの上を悠々と歩いて、どこかに行ってしまった。
執着が無いというのは気風がいいものだ。

帰りのバスは、山を下る人で満員だった。
私は運よく座席に座れたので、駅に着くまで身を縮めてじっとしていた。
駅に着く頃にはすっかり夕方で、時計を見ると6時間ばかり歩き回っていたらしい。
私は、東京方面の電車に乗り、うとうとしながらあきる野市を後にした。

山の上に2本の送電鉄塔の写真

おわり


Reference

参考資料等です。

秋川渓谷


以前の記事

あてのない旅でも、何かが見つかる。

野性を取り戻せ!夜を馳せ、会津若松単独行

野生を取り戻せ!銚子デジタルデトックス単独行

野生を取り戻せ!番外編:北海道の空は遠い


Photos

その他の写真です。

Taken by Leica SL-2S + Leica Smmicron R50mm f2 and FUJIFILM X70


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2022年11月5日

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