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気球型飛行物体の正体
昨今、日本や国際社会を騒がせている気球型飛行物体について論点を整理しました(以下、文字削減のため「である」調で記載)。
1 事案の概要
2月4日、米空軍の戦闘機F-22「ラプター」が、対空ミサイル「サイドワインダー」により、中国の気球型飛行物体を迎撃した。
サウスカロライナ沖に散乱した残骸は、米海軍によって回収された。
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2月8日、米国防省の報道官は「偵察用の気球を使った中国の大規模な計画だ」と述べ、中国が数年前から大規模な偵察活動を行っているという認識を示した。
これに対し中国は猛反発、「2022年5月以来、米国の気球が中国などの領空を違法に飛行している」として、米側に説明を求めた。
2 偵察用アセット開発の経緯
ただ、米国は偵察衛星大国であり、代替機能として高高度長時間滞空型無人機(HALE)の研究開発に取り組んでいるものの、今更、偵察用の気球はあり得ない。
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人工衛星が未発達だった1950年代、米国は既に気球を使ったソ連偵察を試みており、成果は挙がらなかったと結論付けている。
その後、ソ連偵察の任務は高高度有人偵察機「U2」に託された。
そして、宇宙時代の幕開けとともにその主役は人工衛星となり、宇宙空間は米国偵察衛星の聖域(サンクチュアリ)となっていった。
米軍内での目撃情報のいくつかは、未確認空中現象(UAP)として全領域超常現象解決室(AARO)に報告されたが、ホワイトハウスは明確にエイリアン説を否定している。
北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)によれば、2022年にUAPとカタログ化されたものは366件で、うち163件は気球又はその可能性と評価された。
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3 「宇宙」と「空」に関する国際ルール
領土・領海の上に広がる空が「領空」である。しかし、領空は際限なくどこまでも上へと続いている訳ではなく、グローバル・コモンズ(注1)である宇宙では、国家の主権は及ばない。
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(Created by ISSA)
(注1) 公海、北極、南極、宇宙、サイバー空間等、どの国の主権も及ばない領域のこと
そのため、「宇宙」を飛翔する人工衛星や宇宙船であれば、他国の上を通過しても問題にならないが、領土・領海の上に広がる「空」であれば領空侵犯となる。
では、どこが宇宙と空の境目かといえば、実は国際条約で定義されたものは無い。(注2)
(注2) 米連邦航空局(FAA)や米空軍では高度80km、国際航空連盟(FAI)では高度100kmのカーマン・ライン(Karman line)以上を宇宙と定義
背景には、高度20~100kmあたりの空間では、航空機では高すぎて、逆に人工衛星では低すぎて領域横断的な飛行が難しいので、宇宙と空の境界を暖味にしておいても、領空侵犯等、主権に係る問題は発生しなかった経緯がある。
ちなみに防空識別圏(ADIZ)は領空ではなく、各国が防空上の必要性から独自に設定し、事前の飛行計画の提出等を要請しているだけなので、国際法で認められた飛行の自由を妨げるものではない。
4 気球型飛行物体の実態は
(1) 航行能力
小型プロペラが付いている気球も確認されたが、ジェット気流に逆らって航行できるほどの推進力はなさそうだ。
偏西風は、緯度30~65度帯で西から東へ、偏東風(貿易風)は、緯度0~30度帯で東から西へ流れている気流で、いずれも高度10km前後の高さを時速100km/hくらいで恒常的に吹いている。
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通常、偵察衛星は高度500km前後の低軌道(LEO)を飛翔しているが、定点に留まることができない。 (注3)
そのため、特定の地域を高い頻度で観測するには衛星コンステレーションを構築するしかないが、その分、経費は高額になる。
しかし、気球なら安価だし、これらの高層風を上手く利用できれば緩やかに特定の地域に留まることが可能になる。中には、航空機では飛行できない高度30kmくらいまで上がれる気球もあるという。
(注3) 静止衛星なら常時定点観測が可能だが、高度が約35,000kmとなるため地表面から離れすぎてしまう
(2) 偵察能力
確認されたアンテナの長さや形状等から、一定の通信能力や電波収集能力を有しているようだ(カメラの装備が確認されれば、画像収集能力も有るということになる)。
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(3) 運用能力
中国は「民間用」と言ってるものの、事前通告もなく無断で他国の領空に侵入していることから、実態は軍用とみて間違いない。
打ち上げ基地や管制センターを有し、宇宙・サイバー・電子戦を担う「戦略支援部隊」が関わっているという。
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飛翔経路からも分かるとおり、日本が放置すれば在日米軍基地はおろか、米本土への到達も許してしまう。
今般、日本政府が強い対応を決めた背景には、対米配慮という側面もありそうだ。
5 日本の対応と課題は
2月14日、防衛省は2019年~2021年に日本で確認された気球型飛行物体は「中国の無人偵察用気球であると強く推定される」と発表し、領空侵犯は断じて受け入れられないと中国に抗議した。
また、これまで以上に情報収集・警戒監視に努め、再び日本に飛来した場合は戦闘機で迎撃する可能性にも言及した。
しかし、戦闘機で迎撃するにはいくつかの課題を解消する必要がある。
(1) 法制面
気球は国際法上「航空機」に位置づけられ、許可なく日本の領空に侵入した場合は、領空侵犯として必要な措置をとることができる。
通常、領空に接近する未識別の飛行物体を探知すると、対領空侵犯措置のため戦闘機がスクランブル発進する。
戦闘機が接近して識別を試み、無線で呼びかけ、針路変更を要求する。それでも針路を変えない場合、無線で警告を発したり、警告射撃を行ったり、場合によっては強制着陸を試みる。
それでも排除できない場合、最終手段として迎撃するしかないのだが、武力行使は正当防衛や緊急避難に限られている。
そのため、2月16日、防衛省は自民党の会合で「正当防衛や緊急避難に該当しなくても武器を使用できる」とする見直し案を提示し、了承された。
(2) 技術面
ナイロンやポリエステルなどの化学繊維はレーダーに反射しにくい上、ATCトランスポンダを装備していないが、このような物体をひとつ残らずで探知できるだろうか。
また、実際に対処するに際しては、高高度を飛行していたり、低速で飛行している場合、迎撃に高い技術が求められる。F-22やF-35Aなら18kmまで上昇できるが、主力戦闘機であるF-15やF-2だと15kmまでが限度だ。
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グローバル・ホーク(右下)
20kmまで上昇でき、低速飛行も長時間飛行も可能な無人機グローバル・ホークに迎撃能力を付加してはどうだろうか。
(3) 費用面
更に言えば、迎撃の費用対効果。迎撃に使用される対空ミサイル「サイドワインダー」1発の価格は約5,300万円であり、費用対効果の点で非常に不釣り合いだ。
米軍が実戦配備し始めたレーザー砲も、選択肢として検討すべきだろう。
(4) 安全面
迎撃するなら落下物による被害のリスクも考えておかなければならない。出来ればADIZよりも更に遠方で探知し、予め航空機や船舶に警報を発して洋上で迎撃したいところだ。
「高度20kmで破壊し、10kmのエリアに散乱した」という、今回の米国のデータなどが参考になるかもしれない。
【まとめ】偵察型気球の特徴
○ レーダーで探知しにくい
○ 航空機が飛べない高高度を飛行可能
○ 迎撃が難しく、捕獲も困難
○ 長期間の停滞や航行が可能
○ 一定の電波収集や通信傍受が可能
○ 迎撃されても人的被害なし
○ どこの国の物か分からない
○ 民間用か軍用なのかも分からない
○ 人工衛星の代替手段になり得る
○ 安価でありスウォーム化が可能
○ 生物・化学兵器として使用可能
おわりに ~ 気球型飛行物体の真の正体とは
気球型飛行物体の正体は、中国の戦略支援部隊が運用する電波収集や通信傍受を目的とした、れっきとした偵察用気球である。
米国防省は、中国は少なくとも五大陸40か国以上の領空に飛ばしているとみており、既にかなりの数の偵察用気球が世界中の空に放たれていることを示唆している。
また、戦時にスウォーム(群れ)として放てば、更に大きな脅威になる(生物・化学兵器として使われれば尚のこと)。
脅威は、安全保障の側面ばかりではない。
ステルス性のある物体が、時には民間旅客機と同じ高さを悠然と飛翔していると考えると、航空安全の側面からも危険極まりない代物なのだ。
中国が意図的に他国の領空を侵犯しているのは明らかであり、これら世界中に放たれた気球は「これからも、中国は既存の国際ルールに従うつもりはなく、自分たちに都合の良いようにルールを変えていくつもりだ」とする目に見えない垂れ幕をぶら下げた「戦略的アドバルーン」なのである。
中国は、これまでにも尖閣諸島の領有権主張、南シナ海の岩礁埋め立て、人工衛星の破壊実験、長征5号のデブリ落下など、既存の国際ルールを無視して傍若無人な振る舞いを取り続けてきた。
そこに「国際社会の共存共栄のため」という大国としての道義的責任は何一つ見えてこなない。日本政府が言っている「力による現状変更」とは、まさにこういうことなのだ。
このような相手に、普通の話し合いや外交は通用しない。だからこそ、戦略的コミュニケーション(Strategic Communication)や、領空侵犯は許さないという毅然とした態度で応じることが重要なのだ。
米海軍の情報将校は、米国に飛来した中国のバルーンは、(平和ボケした)米国人に対する "Wake-up Call" であるとして、警鐘を鳴らしています。
この問題は、暫く続きそうです。私たちも、このようなものを目撃したら、関係機関に通報したり、SNS等で積極的に発信した方が良さそうですね。