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米国防長官による艦隊再編構想

10月6日、エスパー米国防長官が米シンクタンクCSBAでのオンライン・イベントで講演し、「新たな艦隊再編構想」(Battle Force 2045)を打ち出し、米海軍の艦艇数を現在の293隻から2035年までに355隻以上までに増強し、更に2045年までには有人・無人の艦艇を500隻以上保有する構想を明らかにしました。
 
エスパー国防長官は、背景として中国が2035年までに軍の基本的な近代化を完了させ、2049年までに世界一流の軍隊を目標に掲げていることを挙げ、米軍の優位性が脅かされないよう、中国が軍の近代化を達成する前に米国の艦艇数を増強する必要性について強調しました。

10月4日付の「第3オフセット戦略の最新動向」で述べたとおり、9月16日、エスパー国防長官はランド研究所でのスピーチにおいて、「米海軍の抜本的見直し計画」(Future Forward)を発表し、水上艦艇については現在の293隻から355隻にまで増強することについては言明していましたが、「新たな艦隊再編構想」(Battle Force 2045)は、その中身を更に具体化したものといえるでしょう。
 
今回は、ここに至った経緯と "Battle Force 2045" の要点並びに論点について整理しご紹介したいと思います。
 
1 "Battle Force 2045" 発出までの経緯
米海軍は通常、年度の予算要求とともに30年間の艦船建造計画(Navy Force Structure and Shipbuilding Plans)を作成していますが、今年はエスパー国防長官が艦船建造に要する経費の適正さや実現の可能性に対する疑念から、これを承諾しませんでした。
 
(1) 米海軍の将来体制検討(FNFS:Future Naval Force Study)
そのため、エスパー国防長官は今年の春から約半年間にわたり国防省独自に行った「新たな統合戦闘計画」(New Joint War Plan)の一環として「米海軍の将来体制検討」(FNFS:Future Naval Force Study)を行ったのです。
  
この検討では、国防省のコスト評価室(CAPE:Cost Assessment and Program Evaluation)、統合参謀本部、米海軍及びハドソン研究所が、それぞれ独自にウォーゲームや分析評価を伴う約30年間の計画検討を行い、それぞれ結果を国防副長官に報告しました。
 
その内容の一部は今年4月に米メディアにリークされたのですが、その内容は次のようなものでありました。
○ 空母を現在の11隻から9隻まで削減
○ 有事には無人で、平時には少数有人で運用可能な小型艦艇65隻の導入
イージス艦などの大型艦艇を、現在の90隻に近い80隻以上とし、小型艦艇を、現在よりも多い55~70隻にまで増強
  
(2) 米海軍の抜本的見直し計画(Future Forward)
その後、FNFSは終了し、9月14日の週初めに長官が副長官らからFNFSの報告を受け、その内容は真にゲーム・チェンジャーになり得るとの確信が得られたことから、9月16日にランド研究所において "Future Forward" として公式に発表することになったのです。
 
2 "Battle Force 2045" の要点
そして冒頭で述べたとおり、10月6日、エスパー国防長官はFuture Forwardを更に具体化したBattle Force 2045を公表したのですが、その要点は次のようなものでした。
○ 2035年までに、艦艇数を現在の293隻から355隻以上までに増強
○ 2045年までに、有人・無人の艦艇を500隻以上保有
○ 攻撃型原子力潜水艦(SSN)を、現在の51隻から70~80隻まで増強
○ バージニア級SSNの建造ペースを、現在の年2隻から年3隻
○ 原子力空母(CVN)を、現在の11隻から8~11隻に(注:空母の配備数が11隻を下回る計画には議会の承認が必要)
○ アメリカ級強襲揚陸艦(LHA)をベースとした軽空母を6隻まで増(注:10隻調達予定のアメリカ級を4番艦で打ち切る可能性)
○ 有人(オプションで無人運用も可能)な艦艇(潜水艦も含む)を140~240隻まで増強
○ 次世代型フリゲート(FFG(X))のような小型艦艇を現在の沿海域戦闘艦(LCS)52隻から60~70隻まで増強
○ 水陸両用艦(LPD/LSD)を、現在の38隻から50~60隻まで増強
○ 戦闘補給艦(AOE)を、現在の32隻から70~90隻まで増強
○ 空母からの無人機の運用を可能にする

3 "Battle Force 2045" に係る論点
(1) 未だ構想に留まっている

米海軍及びCAPEが取りまとめ、エスパー国防長官が打ち出したこの構想は、早ければ2022会計年度から予算化されるとみられていますが、10月21日付の米海軍協会(UNSI)に掲載された記事によれば、現時点では未だ連邦政府の行政管理予算局(OMB)からの承認待ちとなっているようです(万一、OMBの承認が得られないと、2021年2月に提出される予算教書に反映されず、2022会計年度には間に合わない可能性)。
 
(2) 予算的な実現可能性
未だOMBの承認が得られていない理由として、この構想計画の予算的な実現可能性の検討に時間を要していることが考えられます。
 
エスパー国防長官は、「有人と無人の艦艇をバランスよく配備することで、必要な期間内に予算枠内で完成させることができる」と述べる一方、実現には「予算増が欠かせない」とし、「米海軍内や他の部署から資金を見つけ、検討内容の実現を図るのが私と米海軍首脳のやるべきことだ」と言っています。
 
また、議会予算局(CBO)は、米海軍は艦船建造計画の長期的なコストを過小評価していると指摘しています。実際にフォード級空母、沿海域戦闘艦、ズムウォルト級駆逐艦などは、当初の計画よりもはるかに高価になっている事実もあります。
 
ただ、リーマン・ショックを受けて2013会計年度に発動された国防予算の上限に制約を設ける予算管理法(BCA)は2021会計年度で失効し、2022会計年度からは制約が解消されるという、予算的な見通しを明るくする一面もあります。
   
(3) 艦船建造ペースの大幅修正
トランプ政権発足後、355隻への増強は既に法制化されており、取り敢えずは2025年までに305隻まで増強予定となっていますが、現在のペースでは2050年あたりで355隻になるので、エスパー長官の言う2035年までに355隻以上までに増強し、2045年までには有人・無人の艦艇を500隻以上保有する構想を実現するには、計画を大幅に見直して艦船建造ペースを上げていく必要があります。
 
ただ、仮に予算的に手当てが可能であったとしても、果たして造船所の能力が追いつけるかという別の問題が生じる可能性があります。
 
(4) この構想が目指す将来像とは
この構想によれば、米海軍の将来のフォース・ストラクチャーはどのようになるのでしょうか。
 
① 無人システムの導入・連携
長官は、「迅速に少人数で運用可能で、必要時には無人でも作戦可能な艦艇導入に向かうことだ」と述べています。
 
西太平洋という広大な戦域を考えた場合、従来の有人システムと比較した場合、無人システムの方が、より長期的なオペレーションが可能で、有事において人員を失うリスクの高い環境下でもオペレーション可能で、人員損耗のリスクも無く、国防省の経費的にもより安価になるとの結論に至ったものと考えられます。
 
ちなみに、昨年、米海軍作戦部長のギルデー大将も「将来の艦隊が無人艦を含むことは理解している。猛烈なスピードで艦艇を建造している敵対国に対抗するには考え方を変えていかなければならない」と述べています(国防省と米海軍の将来構想が完全に一致しているかどうかは不明)。
 
② 空母の総数は増加
米海軍では、以前からしばしば、従来の圧倒的な攻撃力を誇る空母打撃群(CSG)を中心としたオペレーションから、強固なネットワークに裏打ちされた分散型オペレーションへと比重を移し、無人システムとも連接していく方向で検討が進められてきましたが、強大な戦力投射能力を有する空母機動部隊を、引き続き、必要としていることに変わりないようです。
 
ニミッツ級などのスーパー・キャリア(CVN)については8隻まで縮小する可能性も示していますが、それでもアメリカ級強襲揚陸艦(LHA)をベースとした軽空母6隻を増強することにより、空母の総数は現在の11隻から14隻(スーパー・キャリア(CVN)11隻を維持した場合は17隻)にまで増加することになります。
 
③ 水上戦闘艦は、特に小型艦・無人艦が大幅増
水上戦闘艦は、現在のタイコンデロガ級巡洋艦(CG)、アーレイバーグ級駆逐艦(DDG:フライトⅠ・Ⅱ)及び沿海域戦闘艦艇(LCS)が姿を消し、アーレイバーグ級駆逐艦(DDG:フライトⅢ)、次世代型フリゲート(FFG(X))及び無人水上艦がその主体になっていくと考えられます。
 
なお、10月12日(月)、米海軍作戦部長のギルデー大将は、「米海軍は次世代型ミサイル駆逐艦(DDG(X))を白紙的に検討していく。それは16,000トン級のズムウォルト級DDGよりは小さいものになるが、今よりももっと多くのミサイルを搭載できる艦艇になる」と語りました。その調達は2025年には始まるとしていますが、具体的な内容は現時点では不明です。
 
他方、強固なネットワークに裏打ちされた分散型オペレーションの中心となるもう一つは、現在の沿海域戦闘艦(LCS)の後継となる次世代型フリゲート(FFG(X))です。米海軍は、沿海域戦闘艦(LCS)の調達を打ち切り、新たに次世代型フリゲート(FFG(X))プログラムを2017年に立ち上げましたが、2020年4月にイタリアの防衛産業企業フィンカンティエリが提案したFREMM(仏伊が共同で計画した汎用フリゲート)を採用することを決定しました。

US Navy Awards Guided Missile Frigate (FFG(X)) Contract

現在のところ、米海軍は2020会計年度に最初のFFG(X)を調達し、2021会計年度から2029会計年度の間に年2回、2030年度に20回目のFFG(X)を調達する計画となっています。
 
④ 有人/無人潜水艦の大幅増強
水中における優位性を最大限に利用するため、有人の攻撃型原子力潜水艦(SSN)を増強することに加え、平時において長時間の潜水航行に伴う乗員の疲弊を回避し、有事において敵脅威下の危険な水域で有人潜水艦に代わって任務を遂行、被攻撃による乗員の損耗を回避するため、無人潜水艦も増強する計画です。
 
FNFSでは、多くの予算を超大型無人潜水艦(XLUUV:extra-large unmanned underwater vehicles)に投資する方向性が示された模様です。特に、CAPEの検討結果では50隻のXLUUVの調達を推奨しているようです。
米海軍は、2019年2月にボーイングと最初の4隻のXLUUV契約を結び、その後5隻に拡大していますが、2023年以降は毎年2隻購入する計画案を持っているようです。
  
まとめ
○ Battle Forec 2045 は、未だ国防長官の構想という段階。今後、ホワイトハウスの承認や、構想案の一部及び予算面での議会承認を必要とし、まだまだ流動的
○ しかしながら、米海軍ではなく全軍を統括する国防長官、自らが米海軍に肩入れしてイニシアチブを発揮しており、米海軍にとっては増強に追い風
○ 恐らく、技術面はある程度目途が立っているとみられるが、どのように多額の予算を確保するかが未知数
○ ただ、BCAは間もなく終了するので、予算上の制約は解消される
○ 現計画のままでは2045年に500隻以上を実現することは難しく、艦船建造計画を修正し建造ペースを上げる必要。ただし、造船所の能力が追いつけるかは不明
○ 米海軍は、空母機動部隊による戦力投射能力を維持しつつも、徐々に無人システムと連接した分散型オペレーションに比重を移していくものと推定
○ 水上戦闘艦の主体は、アーレイバーグ級駆逐艦(フライトⅢ)、次世代型フリゲート(FFG(X))及び無人水上艦になっていく可能性
○ この動きと連動して、日本を含むインド太平洋地域の米国の同盟国・パートナー国も米国製無人システムの調達及び分散型オペレーションへの参加を余儀なくされる可能性
○ 第3オフセット戦略との関係は明示されていないが、実態から「技術的優位で敵対国に対する優位性を確保する」という3度目のオフセット戦略という側面であることは明らか
○ 分散型オペレーションの成功には宇宙、サイバー、電磁波といった領域での強固なネットワークの確保が必要であり、これらとの連携が今後の課題

安全保障関係者にとり関心の高い本件の動向については引き続き注目し、更新があれば掲載して参ります。