生活は長い
誰かは言った。「不幸は幸福をより色濃くするものである」と。
先日、いつもより三時間も早く目が覚め、久しく会って居なかった朝日に睨まれながら身を起こした。
いつもとは違う時間、違う陽の光、春の香りに包まれ、私は寝ぼけ眼を擦り、
可愛げのない呻き声を上げながら背をぐっと伸ばした。
立ち上がった。 スリッパに引っかかった。 尾骶骨からフローリングに着地した。
あまりに鈍い音で落ちたものだから、目を背け続けてきた私の体重と向き合ってしまった。
ふわふわ、と春の気分で目を覚ましたが、尾骶骨の痛みと心の痛みが一気に襲ってきたものだから、
一気に余裕が吹き飛んで行ってしまった。ふわふわと、
なんとなく、痛みを吹き飛ばしてやろう、と布団と枕を干した。腰をかがめながら。
模様替えもしてしまおう、と洗濯をした。
シャツ、Tシャツ、ブラウス、シーツ、、、シーツ。そいつを取り換えようとしたとき。
マットレスとシーツの間に差し込んだはずの手が見えた。 冷や汗ダラリ。
まさか、、恐る恐る横目で見てみた。 大きな穴1つ。
頭からマットレスに突っ込んだ。そのくらいには焦っていたし、そいつとの別れを
急に予告なしに知らされたもんだから、悲しくなった。
ありがとう。おつかれさまであったな、そう告げながら取り換えた。
洗濯中、何をしようか、と考え私は部屋の片づけをした。
何年も前に撮ったプリクラ。当時好きだった俳優の写真。なぜ買ったかも思い出せない謎のしおり。
今まで目を背けてきた者たちが一気に私に覆いかかってきて、「やーい、やーい」と私の顔を赤くさせた。
ピー、ピー、そう洗濯の終わりを告げた音がした。
干そう、と立ち上がり部屋を見渡すと、まだ「やーい!やーい!」と口々に写真、雑誌、プリクラ、謎のしおり達が煽りかかってきたものだから、そっと箱の底の押し込んで私はまた目を背けた。
洗濯機を開けると、ふわっと柔軟剤の香りがして幸せに包まれた。
干すときに少し邪魔だったので、先に干してあったものを右の端に寄せた。
ガン! ガタン! ボーーン!
物干しざおが傾いた 洗濯物が落ちた 私の頭に竿が垂直落下!
の順だった。
一瞬何が起こったか分からなくなり、下を見ると、 落ちた洗濯物 私の頭に落ちてきた奴がいた。
木魚のような音が鳴り、私の頭がちゃんと詰まっている事に安心したのも束の間、直ぐに痛みはやってきた。
本日二回目の負傷。心なしか今回の方が痛みは酷かった。最初が星3つだとしたら今回は星5つだ。
だなんて実況する暇は一丁前にあった。
痛みを忘れてやろうと夕食を作った。
アルミを敷き、サバを焼いた。 だしを取り、味噌汁を作った。
油揚げを油抜きし、酢味噌と薬味と和えた。里芋と蕨を梅干しで炊いた。お米は硬めに炊いた。
サバの焼き目は綺麗だったし、味噌汁、美味しかったし、感覚の割には薬味の量が丁度良かった。
梅干しも一つで丁度良くって、美味しかった。お米も好みの固さだった。
あまりにうまくいきすぎな気がした。この上なく幸せを感じた。
やはり人と食べるご飯は美味しい、だなんてにやけもした。
その日あった音楽番組では好きなバンドが好きな歌を歌ったし、幸せだった。
この上ない幸せがほんの3時間で更新された。
そのころにはもう、何処にも痛みはなく、ただ膨れ上がった腹を抱え幸せを噛み締めているだけだった。
誰かは言った。{不幸は幸福をより色濃くするものである}と。
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