一番の当事者は…
もし、身体的な障害が治療可能となる技術が、この先の未来において確立されたとして…
その治療は、成されるべきだろうか?
という議論は…同じ障害当事者の間でも時々、議論の種になります。
当然ながら、肯定派と否定派に分かれる訳ですが…大雑把に分けてしまうなら、
『当人が持って生まれた障害は、人種や性別と同じく、当人にとっての《個性》であるからして、軽々しく手を加えるべきではない。
また、障害が、治療可能になったとして…それはまた《障害者は産まれてくるべき存在ではない》
と考える《産まれの差別》を促進させる』
という『障害受容・治療否定派』
と…
『自分は…できることならば、障害のある身体になんか産まれてきたくは無かった。自分自身の人生は、既に変えようのないものだから、受け入れて肯定するけれど…
せめて今後、産まれてくる新しい世代の子どもたちには、より良い治療によって障害のない人生が送れるようにするべきだ』
という…
『障害否定・治療肯定派…の2つの意見があがります。
私自身の意見は、はたしてどうなのか…というと、
心身の障害は…確かにその人の個性ではあるけれども…
例えば、今、現在という時代は…生まれつきの性別でさえ、本人の意思と選択で、後天的に転換することがだんだんと肯定されつつある時代です。
旧来ならば変えようがないとされていたものさえ、変えることが認められつつあるのですから…
もし根本的な治療が可能なレベルにまで、医療が整う日が来るならば…
そこはもう、障害を肯定するのも否定するのも、まず…
『自分がどう思うのか』
ということを基準に、本人自身が、心のままに決めれば良い事だと思います。
その選択は個々人の自由です。
ただ…
『できうるなら障害者として生きたくはなかった』
という感想が、肝心要の、障害当事者の口からでさえ、当然のように出てしまうのは…
依然として、
『障害者が生きにくい社会』
『障害者が暮らしにくい社会』
というバリアがそのままにされ、日常の生活に不自由さと不便さばかりが、どうしても重く残るからであろうと思います。
『できれば障害者に生まれたく無かった』…などと思いながら日々を生きるよりは…
『確かに障害はあるけれど、自由に生きることになんの心配もない』
と、屈託なく明るく言える世の中の方が、
社会のあり方として健全です。それは未だに遠い理想ではあるけれど。
しかし、私個人の体験から考えると…医療のさらなる発達は…やはり必要になるであろうと考えるのです。
私の障害…脳性まひというものは、出産時のトラブルやアクシデントを起因とする場合が大半です。
私の知る範囲であれば…
『妊娠時、または産後四ヶ月以内に、赤ちゃんに身体的な障害が現れた場合、この原因を妊娠時に遡るものとし、脳性まひと定義する』
ということになっていたはずです。
私の出生時の場合…
まだ自律呼吸が出来ない月齢で産まれることになったため…脳に酸素が回らずに
いわゆる『脳こうそく』に酷似した状態となり、その後遺症として重度の身体障害が残りました。
あくまでも、障害者である私自身から自分の生まれようを語るのならば、こういった語り口になってしまうけれど、
ここでつい見落としがちになるのは、母体…すなわち私の母親の生命もまた、かなり危ない状態だったということなのです。
子どもの生命が守られて、健康に産まれてくる、ということはもちろん素晴らしいことです。
また、いかなる障害があろうとも、将来に渡って不安のない未来が用意されていることも、大切なことです。
しかしまた、出産に臨むお母さんの不安や負担が少なくなること…
生命を危険に晒さなくても、安全に出産できる環境が整うこと。
そのうえでさらに…、
どんな子どもが、どのように生まれてきても、安心して子育てができる社会。
というのが、将来の日本が目指していくべき目標であると思います。
当事者の意見というものは、どんな場でも最大限に尊重されるべきではあるけれど…
当事者の言葉は、決して絶対的なものではありません。
また
『誰が一番の当事者なのか』
ということを考える場合…
『出産』という一大事の主役は、もちろん母親でありましょう。
ものの見方を変えていけば、当然、考え方も変わります。
『障害当事者=偉い』
という錯覚に陥ることがないように、自分も、気を引き締めたいと思います。
『産まれてくる自分』
のためだけの医療と福祉…という語り口のみならず、
自分を産んで、育ててくれる人たちのための、より良い医療と福祉の存在も…
決して忘れられてはならないものです。
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