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今は昔…『ごちゃ混ぜ』のススメ

のっけから歴史の勉強みたいな話になりますけれど、
私が物事つく前、いや私が生まれるずっと前から、障害のある子どもさんと、障害のない子どもさんが同じ教室で一緒に学んでいた事例というのは、もう既にあったらしいのです。
中でも…一番顕著だったのは、知的障害のお子さんが普通の教室に混じって学んでいた事例だそうです

どうしても授業に遅れがあったりはするものの…
特に…身体的な介助も特殊な医療的なケアも必要なく、
それでも、最低限のコミュニケーションが、ギリギリ取れている場合などは…
『少々変わった子』『ちょっと手のかかる子』
などと言われながらも、普通校の教室で、知的障害の子が、障害のない子どもさんと一緒に学ぶ光景が…稀な例ではあるものの、ごく一部に見られていた。
と、障害当事者の先輩方からよく聞きました。
その一方…より手厚い介助が必要な障害児…より重い障害のある子などは
《就学猶予》…つまり
『アナタが本来通うはずの学校には、アナタを受け入れる設備も体制も整えられていないから、アナタは学校に来なくていいですよ』
という意味において
『就学』

『猶予』
という形にされていたのだ…とも先輩方から聞きました。
密かに、広く一般の社会には、詳しく語られることも、知られることもない形で…
『学びの分断』
が起こっていたのでした。
それが大きく変わったのが、昭和49年(1974年)…私が生まれた年に行われた
『養護学校義務化』の開始だったと言います。
これにより養護学校(現:特別支援学校)の数が増え、内実が整えられることになりました。
このことによって…
それまで
『就学』

『猶予』
されてきた、より障害の重い子どもが、とりあえず
『学校』
と名の付くところに通えるようになった反面、
それまで、ギリギリながら普通校に通うことが出来ていた障害児までもが…
『義務』
の名のもとに養護学校に編入されることになっていったのでした。
と…ここまでが、私が先輩方から伝え聞いた
『過去の話』
であります。
養護学校が整備されたことにより、それまで通う場所もなく、外に出る機会さえない子が学校に通うようになったことは、大きな変化ではあるが…
『分ける必要の無かった子までが分けられる』
『障害のある子は必ず養護学校(特別支援学校)に通わねばならない』
という流れが作られてしまったことは、痛恨の極みであった…
と、複数の先輩たちが口々に語ってくださいました。
『本来ならば…障害のある子もない子も共に…同じ学校、同じ教室で学ぶべきだろう』
という言葉は、多くの障害当事者の口から語られてきたことであり、それこそ半世紀以上も前から、ずっと訴えられてきたことでありました。
21世紀の今日になっても、依然として
『全ての子が共に学ぶ教室』
というものが広く一般に実現していない要因としては…
『障害児は、とにかくめんどくさい』
というのが一番大きいのではないかな…と、私は愚考するのです。
現状、担任のクラスを持った先生は、一人で20~30人の児童生徒の子どもさんを受け持たなくてはなりません。
障害のない子の学習指導にさえ、かなりの労力が必要なのに…
この上、障害のある子の支援や介助まで、担任の責任で…ということになったら、一体、どれだけの手間暇がかかるのか、見当もつきませんからね。
そうして、手間暇がかかる事を極端に避ける割には…先生方は…
他人の助けを借りる…ということを嫌がる人が多いのです。
自分の知識や経験の及ばない事柄についてさえ、他人の助言や協力を受けることを拒絶してしまいます。
自分の受け持つ教室を、最後まで自分一人の力で管理監督できなければ、教員として認められない。とでも言う不文律でもあるんでしょうか。
児童生徒の指導方針について、他の教員に相談したりすることもありません。
誰かと下手に意見を交換したりすれば、自分もまた批判される可能性があるからですね。
だから、
『めんどくさい』
と感じながらも、自分の受け持つ教室に、誰か…自分以外の、別の大人が入り込むのを非常に嫌うのです。
結果、担任の手に負えない児童生徒は他所へやる…
教室から切り捨ててしまうことによって、教室のバランスを保とうとしてしまうんですよね。
だから
『障害のある子は特別支援学校に行け』
ということが、平気で口に出来てしまうんです。

私は、義務教育の小学、中学9年間は普通学校に通いましたが、高校3年は特別支援学校に通いました。
当時はまだ、養護学校と呼ばれている頃でした。
前もって誤解のない様にお話しておくと、私は特別支援学校も…全面的に否定している訳ではないのです。
特別支援学校は普通校よりも障害のある子を受け入れる設備が整っていますし、人員配置も、
普通校よりは…若干の余裕を持って組まれています。
私がいた養護学校では、児童生徒の一人に対して、常に二人から三人の先生が配置される体制でした。
普通校に比べれば、格段に
『手厚い』
と言える体制です。
では一体、何が問題なのか、何をもって私が
『むしろ障害のある子こそ、なおのこと、普通校に通うべきだ』
と、繰り返し訴えるのか…と言えば、
特別支援学校は、
『快適すぎる』
ということなのです。
義務教育の間、私は普通校に通いましたが…
決してそこで、手放しで歓迎されてきた訳ではありませんでした。
子どもだった頃の私からすれば、記憶から消し去りたいくらいの辛い体験ばかりでしたが…成人して社会に出れば、さらにもっともっと、はるかに辛い体験が待ってました。
養護学校の、障害のある子どもしか、周りにいないような環境で、ずっと育って来ていたならば…
社会に出てから、とても今日まで生きて来れたか分かりません。
多少なりとも、義務教育の段階で、障害のない同世代の子どもたちと接点を持ったからこそ…
『障害のない人たちは、障害者のことを少しも見てはいない』(当時の私の感想です)
『障害者のペースに合わせて世の中は回っていない』(当時の私の感想です)
ということを、それこそ骨の髄に染み渡るまで知ることが出来たのは…
他の何にも代え難い、とても貴重な体験でした。
つまり、普通校に通った事により…
この世の中の世知辛さ、社会の暮らしにくさ、人生の生きにくさについて、がっつり学ぶことが出来たのでした。
『障害のある子が、普通校に通ったらいじめられる』
という人がいます。
たしか私が通った学校では、私はいじめに逢いました。
けれど、必ずいじめられるとは限りません。
そもそもは…誰でも、どんな子でも…他の誰かをいじめてはならないし、
また、いじめられている子が誰あっても、どんな子でも、あらゆるいじめは、これを放置してはならないのではないでしょうか?
また、あえて天邪鬼に語るなら、障害のある子ばかりでなく障害のない子も
『誰でも、分け隔てなくいじめられる』
『きっかけさえあれば、どんな子もいじめられる』
というのが、この世の中の辛いところでもあり、皮肉ながら…平等なところとも言えます。
古来、大勢の人が入り混じるところ、いじめが起きない試しがありません。
であれば…
社会から保護され、隔離された支援学校にいる方が、かえって不自然な気がするのです。
『障害のある子が障害のない子に混じったら、授業についていけない』
という人がいます。
障害がないからと言って、みんながみんな、授業についていけている、充分に勉強が理解出来ていると思うのですか?
一つのクラスに20人から30人の子どもさんがいるんですから、そのうち5人や10人は…授業が分からない。勉強についていけない子がいるはずです。
みんなわざわざ
『分からない』『できない』
ということを、外に向けて発信しないだけですよ。
なんならそのまま…勉強が苦手な状態で大人になる人もたくさんいます。
であるならば、障害があって勉強が苦手、授業のペースに遅れてしまう子が、その場にいて悪い道理がありません。
少なくとも…義務教育の間くらいは、どの子もみんな同じ教室で学んだ方が良いと、私は考えています。
日常の辛さ苦しさをキチンと学ぶことで…そこからどう逃げるか、どうトラブルを避けるのか、
集団のなかで、どう生きのびるか…を、その子なりの方法で学ぶことが出来るのが、普通校に通うことの利点だと、私は思います。
子どもさんが学校で学ぶのは…ただ勉強だけではありませんから。

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