【連載】mRNA医薬品研究最前線③「希少疾患へのmRNA医薬品の可能性」
こんにちは。株式会社ARCALIS(アルカリス)です。
私たちの手がける「mRNA医薬品」という事業領域についてご紹介するこの連載。
これまでの記事では感染症ワクチンやがん領域での例をご紹介してきました。
第3回となる今回は、mRNA医薬品による、さまざまな希少疾患の治療の可能性について解説をしていきます。
1.希少疾患とは
①希少疾患の特徴と課題
希少疾患とは、欧州や米国では患者数が1万人に5人未満の疾患と定義されています。世界中で3億人以上が羅患していますが、承認されている薬は全薬剤のたった5%にすぎません。
遺伝性疾患がその多くを占め、一部のまれな感染症やがんなども含まれます。
希少疾患の種類は7,000以上と数が多く、また多彩な症状を呈するため、診断が遅れたり、診断が難しいことが課題です。そして、多くの希少疾患の原因はまだ解明されていません。
②希少疾患の例
希少疾患の多くを占める遺伝性疾患について3つ紹介します。
以下3つの遺伝性疾患は、たった1つの遺伝子変異により、酵素などの生体の機能や構造の維持に必要なタンパク質が作れなくなり発症に至ります。
・オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症
尿素サイクル異常症の一つに分類され、尿素サイクル異常症の半数を占める疾患です。
通常、アミノ酸代謝により生じたアンモニアは、肝臓の尿素サイクルにより尿素に転換され解毒されます。
この過程に異常があり、アンモニアの解毒が出来ず、高アンモニア血症を来すのが尿素サイクル異常症です。
オルニチントランスカルバミラーゼの遺伝子変異による酵素活性低下に起因します。
・嚢胞性線維症
嚢胞性線維症膜貫通遺伝子の配列の一部が置き換わっていたり欠けていたりする疾患です。
この変異によって、タンパク質が機能しなくなったり、まったく作られなかったりすることで、気道などに粘液が厚く蓄積し、肺感染症などの深刻な健康障害を引き起こします。
多くの場合、膵臓から消化酵素が分泌されなくなり消化不良を発症します。
・メチルマロン酸血症
必須アミノ酸であるバリン・イソロイシン代謝経路上の酵素メチルマロニルCoAムターゼ の活性低下によって、メチルマロン酸という毒性のある酸が蓄積し、臓器に障害を来す疾患です。
この酵素の異常は、酵素自体の働きが生まれつき弱い場合と酵素の働きを補助しているコバラミン(ビタミンB12)の代謝異常が原因の場合の2つに大きく分類されています。
③従来の治療法
・オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症
通常、食事療法、アルギニン、安息香酸ナトリウム・フェニル酪酸、L-カルニチン、ラクチュロース内服を行います。
一方で急性期にはグルコース大量静注による異化亢進状態の阻止、アシドーシスの補正、タンパク摂取の中止、有害代謝物の血液浄化療法による除去を行います。
また、一部の症例で肝移植が行われています。
・嚢胞性線維症
消化不良を発症した場合には、充分な量の消化酵素剤を服用することにより治療します。
消化不良があると、栄養不良になり発育が悪くなるだけでなく、感染に対する抵抗力が落ちます。
また、痩せすぎると肺機能が悪くなることが知られているので、充分な量の消化酵素剤を服用しながら、充分な栄養を摂り、標準的な体格を目指します。
腸閉塞を起こした場合には、手術も必要となる可能性があります。
・メチルマロン酸血症
急性代謝不全発症時の治療として、異化亢進の抑制、代謝性アシドーシスの補正、 L-カルニチン投与 、水溶性ビタミン投与、血液浄化療法などを行います。
一方、慢性期の治療として、食事療法やビタミンB12の内服をします。
また、肝移植や腎移植も行われています。
2.mRNA医薬品での希少疾患治療の可能性
①単一遺伝子変異を原因とする希少疾患治療の概要
mRNAによる希少疾患の治療は、mRNAを細胞に送達し、治療に必要なタンパク質の発現を促すことによって行われます。
従来の遺伝子治療と異なるのは、DNAに影響を及ぼすことがない点です。
つまり、DNAを傷つけることによる発がんなどの毒性に対する懸念が払拭されます。
また、従来のタンパク質補充療法では、細胞外から必要なタンパク質(酵素など)を補充していましたが、mRNAによる治療では、細胞内で必要なタンパク質が合成されるという特徴があります。
②mRNA医薬品を使った治療の仕組み
具体的にどのような仕組みで、mRNA医薬品は効果を発揮するのでしょうか。
体内に特定の遺伝子をコードしたmRNA医薬品を導入し、DNAを介することなく必要なタンパク質を発現させることで、不足する機能を補います。
③mRNA医薬品による希少疾患治療に向けた課題
DNAに影響を及ぼすことがないという利点のあるmRNA医薬品ですが、課題もあります。
体内のタンパク質は、分解と合成により常に入れ替わります。これをターンオーバーと呼びます。
ターンオーバーの間隔は、mRNAが発現させるタンパク質の種類によって異なります。
そのため、治療に用いる際の課題として、
・治療の効果を得るために必要となる投与間隔や投与における手間が、患者さんや既存の医療システム、医療従事者に許容される範囲内であること
・mRNAを目的の細胞に正確に届ける技術(デリバリードラックシステム/DDS)の開発
といったものがあります。
さらに、安全に服用するため、副作用や免疫原性などの研究も進めていく必要があります。
3.実用化に向けた研究の現状
最後に、実用化に向けた研究の現状について紹介していきます。
①オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症
■Arcturus Therapeutics
・ARCT-810
→オルニチントランスカルバミラーゼをコードしたmRNA医薬品。
②嚢胞性線維症
■Translate Bio
・MRT5005
→嚢胞性線維症膜貫通遺伝子をコードするmRNA医薬品。
③メチルマロン酸血症
■Moderna
・mRNA-3705
→ヒトメチルマロニルCoAムターゼをコードしたmRNA医薬品。
4.希少疾患治療の可能性
現状、感染症ワクチンとしての活用が進むmRNAですが、今回紹介したように、希少疾患の治療という分野でも実用化が期待されています。
近い将来、希少疾患治療の選択肢として、mRNA医薬品が用いられる日が来るかもしれません。
第4回目となる次の記事では、mRNA医薬品による再生医療の可能性について解説をしていきます。
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