櫂
知りたい。それでもまだまだ知りたい。
邦楽、映画、遊びと学びの場などなど。
手を動かすのだー。
あるがままの心が導く方へ歩いていきたいもんです。
うららかな春ですね。。 世情はコロナ色が強いですが、一歩外に出ると日よりや植物は「これでもか!」というくらいに春色で、心を包んでくれます。 春を集めに歩いているうち、(同じ地球環境下にあってもその感じ方が違うことの裏には種の生存戦略があったりするのかしら)と思い至りました。 動物行動学の第一人者である故・日高敏隆先生の『春の数えかた』にも 「発育限界温度も有効積算温量の一定値も、生きものの種によってちがっている。それは長い歴史の間に、それぞれの種に固有に定まってきたもの
アドベントカレンダーはわくわくする。クエスチョンもわくわくする。 そういうわけだから、アドベントクエスチョンにも当然わくわくする。 12月20日の問いは、「今年得た気づきの中で、今後の人生に大きな影響を与える気づきがあるとしたら?」 答えはすぐ浮かんだ。 さみしくなくなるようにすればいいんだ。という気づき。 今年はそのことに気づくタイミングが何度も訪れた。 そもそも、さみしくなる機会が多かったかもしれない。 仕事で人と話さなくてさみしい。 自分含め誰からも期待さ
両親が42歳の時の子どもで、兄が重めの持病持ちで、小学生の時に2人でよく遊んでいた子が交通事故で後遺症を負って。 そんな背景が影響してか、最後の日をよく意識する私がいる。 鬱々としてなにもできないような日は、空想上で命日を迎えて、「今ほんとに死んでいる自分なら何を悔いるかな」って問うてみたりする。 コーチングでは「退職時のすがた」を思い描いてみたり。 離島でお世話になったおばあさんとのお別れの時は、「もう一生会えないかも」と頭をよぎった。 フィクションのクライマック
その映画とはじめて出会ったのはいつのことだったろう。 京都シネマの壁に貼られたポスターを見た時? 桃のシーンの動画がTwitterで流れてきた時? 当時の私は「ありきたりな青春映画かな」と感じて観るに至らなかった。 それから数年が経ち、いざ観てみたらどうだろう。 ぐずぐずになりながら2回観て、最後の20分をもう一度観て、さらに2回BGMとして流すほど、心に馴染んだ。 ありきたりってなんだ。 まともってなんだ。 ふつうってなんだ。 最近よく、そんなことを思う。
今年初めて日焼け止めを塗って、初めての駅を使って、としまえん最終日へ。 私にとっては初めてのとしまえん。 誰にとっても初めてのとしまえん最終日。 遊び場ウォッチャー出動。 94年の歴史の終わりに立ち会う機会なんてそうそうないから、一人でも行くと決めた。 出勤予定だった日曜日が急遽休みになったがゆえに、初めての有給消化日にもなった。 駅まで歩く道で、「としまえん一人で行くならもうディズニーランドもシーも一人で行けるじゃん」と前向きな気持ちが湧いてくる。 今日の私、カッ