
AIは「良さ」を理解できるか?―ルソーの『社会契約論』から
ルソーの『社会契約論』をコンコーダンス(用語索引)を用いて分析すると、興味深い発見があります。作品中で最も頻繁に使用される形容詞は「良き・善き」で48回、次いで「正しい」が42回、「必要な」が35回、「強い」が30回出現します。このデータだけを元にすると、ルソーはまるで普遍的なあるいは絶対的な善があり、それを基準に社会契約論を論じていると言う解釈も成り立ってしまいます。しかし、実際にルソーの述べる良さと言うのは、そのような絶対的な善を前提にはしていないのです。
ルソーは「人民は十分な情報をもって議論を尽くし、たがいに前もって根回ししていなければ、わずかな意見の違いが多く集まって、そこに一般意志が生まれる」と述べています。つまり、「良さ」は人々の間での活発な議論と意見交換を通じて形成されるものだと考えていたのです。さらに、ルソーは第三編の章題として「すべての国に、すべての政治形態がふさわしいものではないこと」を掲げ、「様々な国家において、最高行政官の数は、市民の数と反比例すべきだとするならば、一般に民主制は小国にふさわしく、貴族制は中程度の国にふさわしく、君主制は大国にふさわしいということになる」と述べています。このように、ある政治体制が全ての社会において普遍的に正しいわけではないことを明確に主張しているのです。
この考察は、現代のAIやテクノロジーの活用について重要な示唆を与えてくれます。今日では、AIを使って人々の行動パターンを分析し、そこから得られたデータをもとに民主主義や社会を設計しようとする動きがあります。確かにAIは、今回のような形容詞の使用頻度分析のように、私たちが気づかなかった新しい発見をもたらしてくれます。
しかし、そうしたデータの解釈には慎重さが求められます。例えば、「良い」という言葉が最も頻出し、「正しい」がそれに続くからといって、ルソーが絶対的な善や正義を前提としていたと解釈してしまうのは誤りです。データの正確な理解には、原典の丁寧な読解、人々の間での継続的な対話、そして多様な視点からの検討という、アナログなプロセスが不可欠なのです。
テクノロジーは確かに私たちの思考を助け、新たな視座を提供してくれます。しかし、その意味を正確に理解し、社会に活かしていくためには、人間同士の対話と熟考のプロセスを疎かにしてはならないのです。このことは、ルソーの著作を分析する過程で改めて実感させられた重要な教訓といえるでしょう。

#AIと倫理 #ルソーの社会契約論 #テクノロジーの限界 #良さと正義 #AIは善を理解できるか #データ分析と解釈 #普遍的な善とは #人間とAIの対話 #民主主義とAI #ルソーの思想 #社会契約の再考 #技術と社会