答えない勇気:システム2思考で拓く新しい問題解決法
はじめに 現代社会では、即座の判断や二者択一を迫られることが多々あります。しかし、「一旦保留にすること」は、より深い理解と適切な判断のための時間を生み出す重要な考え方です。この概念は、心理学者ダニエル・カーネマンが提唱した「システム1」と「システム2」の思考モデルと密接に関連しています。
カーネマンの二重プロセス理論:システム1とシステム2
カーネマンは人間の思考プロセスを2つのシステムに分類しました:
システム1:速く、自動的、感情的、無意識的な思考プロセス
システム2:遅く、意識的、論理的、熟考的な思考プロセス
具体例:
システム1:道路を歩いているときに、突然飛んできたボールを避ける反射的な動作
システム2:複雑な数学の問題を解く際の意識的な思考プロセス
二元論を超える:システム2の活性化
私たちは しばしば「賛成か反対か」「買うか買わないか」といった二者択一に直面します。これらの状況では、システム1が即座に反応しがちです。しかし、「一旦保留にすること」でシステム2を活性化させ、より深い思考を促すことができます。
具体例:
2016年のイギリスのEU離脱(Brexit)国民投票では、多くの人がシステム1的な即断で判断を下しました。もし「一旦保留」の姿勢でシステム2を活性化させ、時間をかけて議論していれば、EU との関係性の様々な形を検討し、より柔軟で建設的な選択肢が見つかったかもしれません。
エポケーとネガティブケイパビリティ:システム2思考の実践
エポケー:
判断の一時停止とシステム2の起動 エポケーは、システム1の即断を抑制し、システム2を活性化させる実践です。先入観を「括弧に入れる」ことで、現象の本質を純粋に観察する姿勢を養います。
具体例:
新しい同僚に対して、最初の印象(システム1)で判断を下すのではなく、しばらく観察期間(システム2)を設けることです。これにより、その人の真の姿や能力を理解できる可能性が高まります。
ネガティブケイパビリティ:
システム2による不確実性の受容 ネガティブケイパビリティは、システム1の即断や確実性への欲求を抑え、システム2による深い思考と探求を可能にします。
具体例:
スタートアップ企業の経営者が、市場の変化や競合の動きに直面したとき、システム1的な即座の方針変更ではなく、システム2を用いて不確実な状況を受け入れつつ、じっくりと情報を集めて判断する姿勢です。
間主観的な理解の創出:
システム2による対話の深化 「一旦保留にすること」は、システム1の即断を避け、システム2による深い対話と理解を可能にします。
具体例:
チーム内で意見が対立したとき、すぐに多数決(システム1)を取るのではなく、各メンバーの意見の背景や理由をじっくり聞く時間(システム2)を設けることで、より良い解決策が生まれることがあります。
「善のパッケージ」の危険性:システム2による批判的思考
システム1的な即断で「正しい」とされる考えに飛びつかず、システム2を用いて自分自身の考えや感覚を吟味することが重要です。
具体例:
SNSで広まっている「正義」の主張に即座に同調(システム1)するのではなく、一度立ち止まってシステム2を起動し、自分の価値観と照らし合わせて考えることで、より深い理解と独自の視点を持つことができます。
心の安定:システム2によるバランスの取れた思考
エポケーの実践は、システム1の極端な反応を抑え、システム2によるバランスの取れた思考をもたらします。
具体例:
株式投資において、市場の急激な変動に対してシステム1的に即座に反応するのではなく、システム2を用いて冷静に状況を分析する時間を取ることで、より賢明な判断ができます。
継続的な探求:システム2による問題への深い取り組み
「一旦保留にすること」は問題から逃げることではなく、システム2を用いてより深い理解と適切な解決策を見出すための積極的な方法です。
具体例:
気候変動問題に対して、即座に極端な対策(システム1)を取るのではなく、システム2を活用して科学的な知見を積み重ね、様々な側面から問題を検討することで、より効果的で持続可能な解決策を見出すことができます。
まとめ
「一旦保留にすること」は、システム1の即断を抑制し、システム2を活性化させる重要なスキルです。エポケーとネガティブケイパビリティの実践を通じて、複雑な現代社会においてより深い理解と適切な判断を行うことができます。この姿勢は、個人の成長だけでなく、社会全体のより良い対話と合意形成にも貢献する可能性を秘めています。 日常生活の中で、意識的にシステム2を起動し「一旦保留」の姿勢を取り入れることで、より柔軟で思慮深い社会を築いていくことができるでしょう。
野中恒宏