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ショートショート#11 サンタクロースの計画

街の誰もが寝静まっている深夜の時間。
誰もいないはずの下の階からコトンと何かが倒れる物音がした。

「ねえ、今なにか聞こえなかった?」
「ああ、何か物音がしたな。まったく不気味だこんな夜中に。下の階まで見てこようか。」

男と女は一緒に足音を立てないよう、慎重にリビングのある1階に降りていく。
男は暗闇の中、手探りで電気のスイッチを見つけゆっくりと押した。

「きゃあ!」

女は目の前に広がる光景を見て思わず叫ぶ。
男も特に言葉は発しなかったものの、目を見開いて驚いた顔をしていた。

電気が点き、明るくなった広いリビング。
そこに現れたのは、赤い衣装を着て、白い袋を担いだサンタクロースだった。
今日はクリスマス。サンタクロースがいてもおかしくはない季節ではあるが、生まれてこのかた男も女も本物のサンタなどもちろん見たこともない。

「お、お前。いったいそこで何をしている。」

男はサンタに話しかけた。
すると身体の大きなサンタは担いだ白い袋を床に起き、落ち着いた様子で口を開く。

「これはこれは。メリークリスマス。見つかってしまうなどサンタとして面目無いの。
何をしているって、今日はなんの日だい?ご覧の通り、プレゼントをこの地域の家に配りにきているのだよ。言ってしまえばただの仕事じゃ。見つかるとは誤算だった、こりゃあ減給かもしれんな。」

あごには白髭を十分に蓄えている。年は60中盤くらいだろうか。眼鏡をかけ、パンパンに詰まった白い布袋を抱えているその姿は、まさにサンタクロースに他ならない。

「あなた、本当にサンタクロースなの・・・?」
女は初めて見るサンタクロースに疑いの目を向けた。

「ああ、見ての通りさ。」

特に動揺する様子もないサンタを見て、女は男に訝しげなアイコンタクトを送った。
男は平然を装い、丁寧な口調でサンタに話しかける。

「いやあ、まさか本物のサンタさんに会えるとは思いもしませんでしたよ。本当に実在するなんて。今日はうちにもプレゼントを?一体どんなプレゼントをいただける予定だったのでしょう。」

「ああ、お宅にはこの大きなぬいぐるみをあげる予定だったのじゃよ。子供のお友達にもなるし、インテリアとしても良いアクセントになる。どうだい、見つかってしまってはどうにもならん、この場で渡してもよいかね。」

「それはそれは嬉しいプレゼントです。しかしサンタさん、ひとつあなたは何かを誤解されているようです。うちには子供はいないのですが、家を間違えてはいませんか?それとも・・・」

サンタは黙っていた。帽子と白髭で表情がいまひとつ読み取れない。

「サンタクロースを装った強盗ですか?」

男が静かに問い詰めると、
サンタは一瞬、眼鏡の奥で鋭い目つきをした気がした。

「ほほう、これはこれは家違いじゃったな。失礼失礼。それでは私はこの辺で・・・」

「ちょっと待ちなさいよ。」

帰ろうとするサンタに向けて女は言い放った。
家を出ようとしたサンタは、背中を向けたまま動かない。

「あなた見たでしょ。キッチンの棚を。」

隣にいた男は驚いた様子で思わず女に視線を向ける。

「ほほう、それもバレていましたか。とことん私は詰めが甘い。ええ、たまたまキッチンの棚を見たら、この国では違法とされている薬が大量に出てきていましたよ。」

そう言いながら、サンタ・・・の格好をした謎の老人が、その薬の入った袋をひとつ手にしてニヤリと笑った。

「なぜその薬を?あなたはどこまで知っているの?なんにせよ、このサンタもどきを易々と帰す訳にもいかなくなったわ。さあ、あなた、さっさとこのおじいさんを片付けてしまいましょう。」

女が少し慌てた様子を見て、男はすぐさま割って話した。

「いやちょっと待て。あのキッチンの棚はセキュリティーを何重にもかけていた。それにも関わらず、網の目をかいくぐってその薬を手にしたとはな。このじいさん、只者ではなさそうだ。」

老人は黙って聞いている。


「そうだ、もしあんたがここで始末されずに、このまま生き続けたいのであればひとつ提案だ。
じいさん、俺たちと手を組まないか?あんたのハッキング技術と、我々のこの薬の開発計画、そして世界中に広がった我々の人脈による裏の販売ルートによって、俺たちは死ぬまで一生困らないほどの金が手に入るぞ。」

「何を言っている。わしはただの強盗さ。殺されもしないし、ここから逃げる手段を今この瞬間も考えている。」

「笑わせてくれる。たとえ万が一逃げられたとしてもあんたは強盗。俺たちが警察に通報すればあんたはすぐにブタ箱行きさ。あんたの証言だってもみ消す手段はいくらでもある。」

こう着状態はしばらく続いた。
ひとしきりお互いの判断が行き詰まった頃、突然家のベルが鳴った。

「おや、誰かきたようじゃぞ。お前さんたちの“世界的な人脈”とやらの仲間か?どうせこの状況を誰かに伝えたんじゃろう。」

「いや、俺らは誰も呼んでいない。誰だこんなクリスマスの深夜に。
おい、じいさん。テキトーなことを言って、来客を追い払ってこい。逃げようとしたり、変なことを言ったら来客もまとめて始末する。」

そう言われると老人は面倒臭そうに玄関へと向かい、どなたですか、とドアの向こう側に問いかけた。

「こんばんは、警察です。この辺りにサンタの格好した強盗が入ったとして見回りにきました。ドアを開けていただけませんか。」

その声を聞いた途端、老人も、男と女もバツの悪そうな顔をした。
すぐさま男が玄関に立ち寄り、老人を一度奥の部屋に入れ込んで警察に話しかけた。

「いえ、うちには強盗は入っておりません。ご心配ありがとうございます。見回りお疲れ様です。」

「そうですか、しかしあなたが人質に取られている可能性も考えられます。心配はいりませんので、一度ドアを開けてもらえますか?」

面倒なことになったな、と表情が険しくなりながらも男は一度ドアを開けた。

するとドアから入ってきた警察はすぐさま男に手錠をかけた。
続けざまに奥にいた女も手錠をかけられる。
一瞬の出来事で何が起こったのか、男も女も状況がつかめていない。

「いったいなんの騒ぎだ?私たちはここの住人ですよ。」

男の抵抗に対して特に警察からの返答はない。
そして少し遅れてサンタの格好をした老人が部屋を出てくると、警察全員がサンタに向かって敬礼をした。

「お疲れ様です。無事、現行犯逮捕しました。」

サンタの帽子と白髭を取った老人は、部下である警察たちに軽く敬礼をし、こう話した。

「みな、よくやってくれた。そして薬の在り処もすべて突き止めた。
一度は失敗に終わるかと思ったが、サンタの格好をしていて正解だったな。
こうして自分の定年最後の日に、ずっと追いかけていた二人の犯人を捕まえることができて、私の警察人生に悔いはない。
とんだクリスマスだったが、これで仕事のことから離れて、孫とのクリスマスをゆっくり楽しめることができる。最高のクリスマスプレゼントをもらった気分だよ。」

あとは任せたぞ、と警察たちの肩を叩いて帰路へつく上長の背中へ、
部下の警察たちは誇らしげな表情を浮かべて敬礼し、
騙された男と女は恨みと諦めの表情を浮かべて見送っていた。



掌編小説 サンタクロースの計画 了

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