愛おしくて切ない恋の物語 ~Mr.Children「水上バス」

今回は、Mr.Childrenの楽曲『水上バス』について書こうと思います。

『水上バス』は大好きな曲なんです。
「#ミスチルの好きな曲10曲あげるとその人の世界が分かる」をテーマに書いたときに『終わりなき旅』に次いで2曲めに挙げるぐらいには大好きです。
櫻井さんもライブでは「良い曲好きな曲」と言っていますね。

『水上バス』は川を挟んで暮らす2人の物語。
電車で会いに行くと何回も乗り換えしなければならないから、彼女は水上バスで彼氏に会いに行くという情景が描かれています。
モデルとなったのは隅田川、浅草~〜豊洲の水上バスのようです。
彼女が浅草で、彼氏が豊洲の設定っぽいですね。

桜井さんは“水上バス”という言葉の響きが気に入っており、まだ歌詞のコンセプトが決まっていない時から、仮歌としてサビの頭には“水上バス”というフレーズを当てていたそうです。
水上バスを描くにあたり、水上バスを実際に確認するため桜井さんは所謂ロケハンをしたといいます。
その時、燃料の石油の匂いがしたことが印象に残り、そのことも歌詞に織り込んだようです。
“石油の匂い”を使うのは桜井さんらしい言葉選びに感じますね。
『ヒカリノアトリエ』の“防腐剤”や『himawari』の“死化粧”などと同じように、「愛」だの「夢」だのという綺麗な言葉とは一線を画した、あまり歌詞には使われない現実味のある言葉を使っていくという、言葉選びのセンスが感じられます。
そして、匂いという嗅覚も情景を描写するのに大事にしているところも桜井さんらしいです。


■1番と2番の美しい情景が好き♪

1番 ABサビ

買ったばかりのペダルを
息切らせて漕いでは桟橋へと向かう
深呼吸で吸い込んだ風は
少し石油の匂いがして
その大きな川に流れてた

君を待ってる 手持ち無沙汰に
ぼんやりした幸せが満ちてく
向こう岸から ゆるいスピードで
近づいてくる水飛沫は君かな?

水上バスの中から僕を見つけて
観光客に混じって笑って手を振る
そんな透き通った景色を
僕の全部で守りたいと思った

作詞:Kazutoshi Sakurai

2番 AB

君乗せて漕ぐペダルにカーラジオなんてないから
僕が歌ってた
そのメロディーに忍ばせて
いとしさの全部を
風に棚引かせて歌ってた

「この間偶然見つけたんだよ
新しいカフェ きっと気に入るよ」
君と過ごす日のことをいつでも
シミュレートしてこの街で暮らしてるんだ

作詞:Kazutoshi Sakurai

好きな理由をあげるとすると、まず楽曲が透き通っていて穏やかで美しいところかなと思います。
語弊と偏見があるかも知れませんが、ミスチルのいつものラブソングは曲も歌詞も歌もどこかねっとりして濁りがあると思うんですよ。
それはそれで好きなのですが、この曲はサラッとしていて綺麗な感じがします。

1番では水上バスで遊びにやって来る彼女との待ち合わせが描かれ、2番は彼女との何気ない日常のデート風景が描かれています。
これらの日常を切り取った穏やかで透明感のある情景描写がとても好きなんです。
ミスチルにかかれば、待ち合わせも自転車二人乗りも素敵なデートです。
この曲の歌詞は特に情景を思い描きやすいものになっているんですよね。


■2番サビの妖艶さが好き♪

2番 サビ

夕日が窓際の僕らに注ぎ
君は更に綺麗な影を身につける
君への思いが暴れだす
狂おしいほど抱きしめたいと思った

作詞:Kazutoshi Sakurai

1、2番は全体的には初々しくピュアで爽やかなデート風景が描かれているのですが、2番のサビになると大人な雰囲気を醸してきます。
窓際・・・カフェなのか僕の部屋なのか、たぶん僕の部屋・・・、夕日が彼女に当たって影ができ、その光と影のコントラストで綺麗な彼女の綺麗さがさらに際立ってきます。
夕日に照らされている部分は「昼の顔」であり、影の部分は「夜の顔」であり、僕は彼女がただ綺麗な「昼の顔」から妖艶な「夜の顔」へと変貌していく姿を感じ取っています。
その様子に「話したくない。返したくない。抱きしめたい」という感情が暴れ出す。
夕方ということでこれからの夜の過ごし方を意識しているわけで、“狂おしいほど抱きしめたい”というのは、「泊まっていってほしい。‘そういうこと’したい気持ちになっちゃった」ってことを示しているようですね。
2番サビ前までのピュアで爽やかな描写を台無しにすることなく、下品さも感じさせずに‘そういうこと’まで表現しているのですね。
桜井さんは、この2番の歌詞はうまく書けたなと思っているようですよ。


■Cメロで明かされる恋の行方が好き♪

Cメロ

川の流れのように
愛は時に荒れ狂ってお互いの足をすくいはじめる
僕が悪いんじゃない でも君のせいじゃない
「さよなら」を選んだ君はおそらく正しい

作詞:Kazutoshi Sakurai

さて、2番までは良い雰囲気のラブソングだったのですが、この穏やかな日常は不穏なCメロに入ると崩れてしまいます。
この曲は別れを選んだ二人のストーリーになってしまうんですよね。
伏線0からの急展開、まさかの失恋ソングでした!
頭を抱えて膝から崩れてしまいます。
櫻井さんは曲が先にできることが多く、「曲が訴えかけてくることを歌詞にする」みたいな発言を過去にしています。
この曲も曲が先に出来たようで、「Cメロの不穏なメロディーが別れの詩を書かせた」というようなことを桜井さんはライブMCで話していたようです。


■3番の切ない余韻が好き♪

3番 Bサビ

悲しみが満ちてく
僕は待ってる 今日も待ってる
想い出の中に心を浸して

水上バスの中から僕を見つけて
観光客に混じって笑って手を振る
そんな穏やかな景色を巻き戻すように
川の流れに沿って
ひとりペダルを漕いで

作詞:Kazutoshi Sakurai

3番では別れた後が描かれます。
3番の“悲しみが満ちてく”が1番の“幸せが満ちてく”と対照的に描かれているの憎いですよね。
3番サビでは、川沿いを想い出に浸りながら1人で自転車を漕ぐ姿が描かれます。
これが1番や2番があるからこそ切なく感じます。

1番で“石油の匂い”を描いたことがここで効いてくると思うんです。
嗅覚や味覚から過去の記憶が鮮明に蘇ることがあると言われていますね。
恐らく1人で川沿いを走っている時にも、石油の匂いがしてきて、彼女にまつわる景色や感情がより鮮明に思い出されたのではないかと思うのです。
諸説あるとは思いますが、そんな匂いに誘われて、意識が“君”を待っている過去の自分へ飛んで、”僕は待ってる 今日も待ってる’感覚になってしまったのかなと思います。
石油の匂いと共に楽しかった時幸せな時間をまた辿って悲しくなる“僕”に気持ちを寄せてしまって、切ない気持ちになります。
』水上バス』がただ失恋シーンが描かれているのではなく、恋愛真っ只中のシーンが描かれていることで、“僕”の恋を追体験して、リスナーはより感情移入してしまうんですよね。
くぅ~心に沁みます。


■『 水上バス』の仕掛けが大好き♪

素直に聴くと、『水上バス』という曲は、1番→2番→Cメロ→3番と順番に時間が経過して、恋愛してお別れして1人になってという物語が描かれていると捉えられますよね。
でも一方で、この曲が、時間経過のない、失恋後の3番視点の物語だとすると、1番や2番は恋愛していた過去の「回想」とも捉えられると思うのです。
一言で言えば、『水上バス』は、「恋愛して失恋する物語」と「失恋した後に恋愛中を回想する物語」が重なり合っていると思うんです。
1番や2番は「“僕”が今経験しているデート風景」が描かれているとも言えるし、「“僕”が回想している過去のデート風景」が描かれているとも言えると思うんです。
3番の“想い出の中に心を浸して”や“巻き戻すように”という歌詞があったり、1番サビで景色がっ透き通っていることが暗示だとすると、「1番と2番は実は全部『回想』でしたー」という意味合いはあるのではないでしょうか。
また、桜井さんが恋愛を描くときは渋みや苦味を入れて情景を濁らせると思うのですが、1、2番が妙に美しく描かれているのは回想だったからなのではないかと思ったりもします。
恋人同士ではなくなったら良いとこばかり思い出しますもんね!『幸せのカテゴリー』より。
うまく言語化できていないですけど、「恋愛真っ只中の歌だと思っていたら、2人はわかれていたことが明かされて、さっきの話は回想しているだけの『幻』だった・・・」という仕掛けも感じるのです。
私たちも小説読めるのですけど、結末を知ると世界が一変する道尾秀介さんの小説見たいで凄いと勝手に思っています。
しかも小説より遥かに少ない文字数で描いているんだ。
これ、読み違えていますかね?

1番、2番の2人の物語が美しくて好みなだけにラブソングのまま終わらせてほしかった気持ちもなくはないですが、こういう風に恋愛の歌から失恋の歌へどんでん返ししてくるなんて面白いですよね。
温かい気持ちで2人のラブストーリーを想像していたら、急に切ない気持ちへと心を振ってくるこの展開も大好きなのです。
『水上バス』を描くに当たって、「さよなら」をえらんだ桜井和俊さんはおそらく正しい!


【桜井】作詞について

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