『希望の光』
「宙(そら)にまします我が母よ。
この土地はとても暗く、そして、とても淋しい……。
なぜ、私はこのような淋しいところにいなければならぬのですか?
さっきから頭がぼうっとして、記憶が徐々に薄まってきているような気がします。愛する母上の顔も、今はまるで紗(しゃ)の向こう側にいらっしゃるように思えております。
愛する母よ。私も早く母の御許(みもと)に戻りとうございます。」
「愛する我が娘よ。
そなたの気持ち、大変よくわかります。そして、もうすぐに、そなたはこれまでの記憶をすべて失くして、今いる土地の娘として、しばしの時を過ごすことになるでしょう。
その前に、今一度、そなたに与えた使命についてお話ししておきましょう。
そなたが暮らすことになったこの国は、大きな発展を遂げてきました。
一つの国として、領土は増え、国の形も固まってきました。大地を耕す力も増し、民が飢えることも少なくなりました。国は法によって動き、帝の力は隅々まで行き届くようになりました。帝を補佐する貴族たちが争うこともなくなり、安定した政(まつりごと)が続くようになってきました。
そう、『安定』がこの国を包み始めたのです。それは良いことのようで、必ずしもそうとばかりは限りません。
飢えることの少なくなった人々は、以前ほど仕事に精を出すこともなくなりました。特に帝や貴族たちは、安定した国土にあぐらをかき、常に酒色に溺れ、国をこれ以上発展させることになど少しも関心を示さなくなりました。
このまま放置すれば、この国は徐々に衰退していくことでしょう。我が祖先が建国にかかわったこの国が、滅亡の道を歩んでいくのを黙って見ているわけにはいかないのです。
この国に足りないのは、『向上心(より高きところをめざす心)』です。
それゆえに、そなたをこの国へ送り込んだのです。
美しいそなたを見た、この国の帝や貴族たちは、是非ともそなたを手に入れようとするでしょう。そして、彼らは、そなたを手に入れることは容易ではないと思い知るのです。
それゆえ、人々は努力し、工夫し、力の限りを尽くすことでしょう。それが、彼らの心に、努力することの大切さ、美しさを思い起こさせ、再び向上心をもたらすことにつながっていくはずです。
娘よ。よいですね。そろそろ記憶も失くし、眠りについた頃でしょう。しかし、その使命だけは、記憶を失くした後でも、忘れることはないのです。
そなたは、この国をもう一度活気ある国としてよみがえらせるための、たった一つの希望なのです。さあ、淋しさに立ち向かい、使命を果たすのです。そなたが無事に使命を果たした時に、母は使者を遣わし、そなたを再び天界へと呼び戻すでしょう。」
***
「驚いた……。
なぜ、こんなところに小さな娘がいるのだ?
しかも、なんて美しい娘なんだ……。
眠っているのか? なんて美しい寝顔なんだ。それに、なんともいえぬ良い香りがする娘だこと。
こりゃぁ、きっと神様からの贈り物に違いねえ。そうだ、うちへ連れていくことにしよう。
安心しろ、うちにはおらと婆さんしかいねえから……。
しかし、見れば見るほど美しい女子(おなご)じゃのぉ。
今日から、おらのことを『おっ父(とう)』と呼ぶがいい。それとも『父上』のほうがよいかな? お前さんの父親にしては、少しばかり歳をとりすぎているかもしれんがの。
そうじゃ、名前をつけてやらんとな。それにつけてもお前は美しい。そして、なんとも芳(かぐわ)しい香りがする。
そうだ、今日からお前のことを『かぐや』と呼ぼう。
美しいのぉ。そなたは私たちの希望の光じゃ。のぉ、かぐや姫。」