2024.9.7 25:04 再び書き始めた。 前回の投稿を見ると41歳の手前だったらしい。 僕は、もうすぐ43歳になる。 過去の自分の文章を読むと恥ずかしい。 恥ずかしいけど、それも自分なので、こうして残しておくのも悪くないと思って書くことにした。 公にしなくていいんじゃないか? 自分の中だけのマル秘日記の方が、剥き出しで、自分らしい? そうも考えたけど 公になることを前提として書いた方が、それも併せて、僕らしいと思った。 ので、ここに書く。 相変わらず、本題にいくま
昔は、なんかカッコいいこと言いたくて。 そんな憧れがあって、文章で表現していたような気がする。 なんでも真似から、憧れではじめる事、カッコつけることは大事だと思っていて、当時のその表現を決して卑下しているわけではなく、そういった側面において現在の自分が変化していると感じた。 現在、ちょっとはカッコつけている(モテたいって気持ちはちょっとどころじゃない)部分もあるけど、様々なものが腑に落ちてきたと感じるものがあり「なんとなく好き」だったものの(自分なりの)真を捉え始めてきた
「本棚を見ればその人がわかる」みたいな言葉があると思うんだけど、僕もいろいろなマンガからインスピを得て形成されている部分が多いと思う。 シンヤマンからオススメされたマンガは面白い。 『サンクチュアリ』『へうげもの』『ああ播磨灘』 そのほかにも多く薦められ読んだが、どれも面白く、あえてこの3作品に絞った(『美味しんぼ』に関しては、必読書なので今回、取り上げることはしなかった)。 『サンクチュアリ』は政界と裏社会の話だ。 僕は渡海さんに痺れた。 痺れ過ぎて、あの頃「刺せオラ
僕はどんな子どもだったか。 もうすぐ3歳になる息子の姿を見ながら思い返す。 その頃、僕は、なめくじを食べた。 6歳上の姉が、学校で「なめくじに塩をかけると溶ける」という事を習ったらしく、家のベランダでも嬉々として実験をしていた。 「塩をかけている=食べ物」という思考があったのだろう(嗜好?)、姉が塩をかけたなめくじを、僕はパクリと食べた。 らしい。 自身の記憶として残ってはいない、母から聞いた話。 そう言われてみれば、料理で塩をつまんだ時、指先が溶けるような感覚が。
先日、小学生くらいの男の子が3人、自転車を漕ぎながら、僕の横を通り過ぎた。 「あそこの川で、めっちゃ釣れるねん、アメリカンザリガニ」 「こないだ、お前、めっちゃ釣ってたなあ」 「アメリカンザリガニ、うち、めっちゃおるで」 「今度、一緒にいこうや」 「誰がいちばんでっかいアメリカンザリガニ釣れるか勝負やな」 非常に微笑ましい会話で颯爽と駆け抜ける。 アメリカンザリガニか。 僕の頃は『アメリカザリガニ』と呼んでいたけど。 時代と共に変化したのかと思い、だけどやっぱり気になって
チョコレートピエロとしての顔が広く知られているかな。 僕の30代の印象は尾道での生活であり、その、チョコレートピエロとしての活動だろう。 2011年3月11日の出来事がきっかけで、僕の人生は大きく変化したのだが『東京から尾道に引越しをする』という出来事に加えて『USHIO CHOCOLATLを立ち上げる』というのが、この人生においての大きな財産となっている。 2011年12月24日、尾道に住み出して、1ヶ月くらいだろうか。 クリスマスムードの街を、トナカイの格好で独り歩い
そう、森山直太朗の曲。 元から好きな歌だったけど40歳を迎えて(その何日か前から)ずっと脳内再生されていて、朝の電車の中とか、夕方の自転車でイヤフォンして聴くと涙が出そうになって、毎度それをじんわり噛み締めている。 聴くたびに、毎度毎度、涙が出そうになっているから、相当強く今の心境に刺さっているのか、眼科へ行くべきか、どちらかだろう。 そんな僕が、ミスターピエロと共にピエロパレードをスタートさせた。 https://piepara.base.shop 彼にはゴリゴリキラ