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J1復帰2年目の名波ジュビロが年間最少失点を実現した要因を紐解く3つのワード

 第一弾は2017シーズン最少失点を記録した要因を分析しました。

 この分析では名波監督がシーズン中に頻繁に用いた『縦ズレ』、『横ズレ』、『中締め』という3つのキーワードを軸に紐解きました。まずそれぞれのキーワードを解説すると下記のようになります。 

『縦ズレ』DFライン、中盤、前線の上下動
『横ズレ』ボールサイドに寄せる横移動(スライド)
『中締め』ゴール前バイタルエリアの閉鎖 

 ディフェンスを組織として機能させる上で重要な3つの要素を自らの言葉で語り、それを実践し切れたからこそ実現出来たシーズン最少失点。それでは1つずつ紐解いてみましょう。


8メートル上がった最終ライン『縦ズレ』

 この分布図はJ1各クラブのフォーメーションがどれだけコンパクトかを表したものです。縦軸は最前線と最終ラインの距離、横軸は両サイド端の距離を表したデータで、この距離が狭ければ狭いほどコンパクトなフォーメーションで戦っていたと言えます。コンパクトであればあるほど相手にプレースペースを与えず、守備が効きやすい状態を生むわけですが、磐田の分布を見てみると縦幅28.5m、横幅38.1m、どちらもリーグ5本指に入るコンパクトネスを実践していました。が、特筆すべきは最終ラインの高さの改善でした。

 上記は磐田の縦幅と最終ラインの高さを時間帯別で数値化したものを16、17シーズンで比較したものです。縦幅のコンパクトさについては正直あまり変化ありませんでしたが、最終ラインの高さは8mも上がっています。8mといえばマンションの3、4階あたりの高さになるのですが、名波監督は昨季終わりにインタビューでこのように語っていました。

「2016年シーズンのことを言えば、うちはまったくボールがつなげなかったわけですよ。それで、昨季はボールを奪う位置をより高く設定して…」

 つまり『ボールを繋げないなら奪う位置を敵陣ゴールにより近い場所にして速攻で決めよう』という狙いだったかと思いますが、そのために守備を仕掛ける位置を高く設定し、かつコンパクトさを保つために最終ラインを8mも上げたわけです。

 結果として昨季の磐田は【高い位置でボールを奪い効率良くゴールに迫るサッカー】で6位進出を果たしたのですが、何よりコンパクトさと高い最終ラインを保った『縦ズレ』を実践出来たことで、自陣ゴールから相手とボールを遠去け、そもそも攻撃を受ける回数、シュートを打たれる回数が減り、リーグ最少失点を実現しました。


少数派3バックによる最少失点を実現した『横ズレ』

 3バックでは両サイドにスペースが空きやすく、ボールサイドに寄せるスライド『横ズレ』をする際には、逆サイドのウィングバック、もしくはボランチの選手が最終ラインに下りて来なければ自陣ゴール前で数的不利になってしまうリスクが高い、つまり最終ラインはもちろん、チーム全体が連動した『横ズレ』が出来なければ失点のリスクが高まるシステムと言えます。そのため攻守の安定を図るために4バックを採用するクラブが増え、現代サッカーはサイドバックが鍵になると言われるほど、4バックが主流の時代になっています。

 昨季のJ1クラブでも磐田以外に3バックを採用していたクラブは浦和、札幌、仙台、F東京、広島の5クラブと少数派でした。各クラブの失点数もそれぞれ15位、12位、14位、8位、13位と中位以下、浦和と広島に至っては守備の安定化のために3バックから4バックにシステム変更しているくらい、現代サッカーにおいて3バックは安定した攻守の実践が難しいのかもしれません。
 そんな中で磐田が3バックながら最少失点を実現出来たのは、磐田の最終ラインが最もハードワークが出来て、戦術眼の高い選手たちだったからだと分析しました。

 上の図は3バック採用試合数が多い3クラブで最終ラインを形成した選手の走行距離とスプリント数をまとめた表ですが、磐田の選手平均が走行距離、スプリント数ともにトップでした。
 前述した高い最終ラインを保った上での『縦ズレ』と、ボールサイドへ寄せる『横ズレ』をサボらず徹底し切りながら、常にボールの位置に合わせて適切なポジションを取る動きを繰り返した結果、どのクラブよりも走行距離とスプリントが伸びたと言えるでしょう。ハードワークを厭わず、高い戦術眼で適切なポジションを取り続けられる3バックだったからこそ、リーグ最少失点を実現する守備組織を構築出来たのでしょう。


ボールを“持たせて”堅める『中締め』

 昨季の磐田のデータを振り返った時におもしろいのが、全試合平均支配率が45.7%(リーグ14位)と低いにも関わらず、被攻撃回数、被シュート、被チャンス構築率も低いことでした。

 一般的には支配率が高い方が主導権を握り、攻撃を仕掛ける、シュートを打つ、チャンスを作り出す回数を増やせるはず。

 が、磐田は『縦ズレ』と『横ズレ』を徹底しながら、時にあえて相手にボールを“持たせて”ゴール前、中央のエリアにブロックを作ることで危険なスペースを潰す『中締め』を実践していました。

 上の図は勝ち試合と負け試合のスタッツ平均値を比較した表ですが、磐田の勝ち試合は「支配率が低く、パス、クロス、ドリブルと攻撃を仕掛けられた数が多い」という傾向がありました。一方でクリア、インターセプトの数も勝ち試合の方が多いということで、「相手にボールを持たせても『中締め』がしっかり出来ていれば守備網にかかり対処出来ている」と言えます。

 コンパクトさを保ちながら最終ラインを押し上げることで、自陣から相手を押し出してリスクのそもそもの発生数を抑える『縦ズレ』、3バックはじめ徹底したボールサイドへの寄せとポジション修正によってサイドの危険なスペースを潰す『横ズレ』、あえてボールを持たないことで守備陣形を整え、バイタルエリアを埋めてシュート数、あるいはシュートまでいかれる回数を減らした『中締め』、この3本柱が高次元で成立したから、J1復帰2年目の名波ジュビロは年間最少失点を達成出来たのでしょう。
 今更ながら、ベストイレブンや東アジア選手権日本代表に、磐田の守備陣が一人もいなかったことが不思議でなりません。

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