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五官で感じる

 目が覚めて、深い森の中に駐めた車の窓から外を見ると真っ青な空が広がる快晴だった。森を流れる川の河原に駐めた車から降りてキャンピングチェアに座り、森の梢から顔を出したばかりの太陽を見ていた。

 北海道は誰も使う人がいない自然河川の河原が無数にあり、わざわざ人工的に作られたキャンプ場に行かなくても、キャンプをするところはいくらでもある。昨日は誰もいない行きつけの河原で車中泊をしたのであった。

 近くの森で名も知らない鳥たちが快活な声でさえずっている。夕方、うるさく飛び回っていた虫たちは葉陰でまだ寝ているのであろうか、ブンブンと耳障りだった羽音もほとんど聞こえない。太陽は森の梢から少しずつ離れ、それにつれて8月の日差しは次第に強くなっていく。今日も暑い日になりそうだ。

「川で泳いでみようか」

 ふとそんな考えが頭に浮かんだ。目の前を流れる幅20メートルくらいの川はちょうど浅瀬になっていて、深さはせいぜい足首辺りまでであった。はるか山奥から流れ下ってくる水は夏の日差しの中で温められて、春先のしびれるような冷たさはなく、ひんやりはしているがちょうどいい加減の水温であった。トレパンを膝上までまくり上げてビーチサンダルを履いた足で川に入ってみた。気持ちがいい。

 声を掛けて一緒に川の中に入っていた妻は、知らない間に流れの中に寝そべっていた。妻はサウナ後に浸かる水風呂が大好きで、サウナで火照った体を冷やすには冷たければ冷たいほど好ましいらしい。妻にとって夏の川の水に浸かることなどお茶の子さいさいで、早々と天然の水風呂を全身で満喫していた。


 私はといえば、水風呂は大の苦手で、なぜ水風呂に入れないのと難詰気味に発言する妻に「お前とは脂肪の厚さが違うからな」と言い逃れるのが常であった。しかし、きょうはあまりの気持ちよさに全身浸かってみるかという気になった。まず、川の中にそおっとお尻を漬けてみた。

うわっ、冷たー!

 ものの数秒もするとその冷たさにも慣れ、今度は思い切って川の流れの中にゴロッと仰向けに寝てみた。綿のジャージはたちまち水を吸い込んでびしょびしょになったが、冷たくないどころか夏の日差しの中で微温湯に浸かっているような心地よさであった。川の中に浸かるなんて一体何年ぶり、いや何十年ぶりであろうか。

 空の青さ、木々の緑、鳥たちのさえずり、フィトンチッドの香り、沢水のほのかな甘さ・・・そして川の流れの清々しい冷たさ。深い森に抱かれた私は五官の塊になって幸せな気持ちに満たされる。そんなことを感じている私の頬を、川面を渡る爽やかなそよ風が気持ちよくなでていった。

                          (2022年8月8日 記)










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