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Yさんの顔

 Yさんはがんの末期患者だった。ある時、彼の主治医である友人から「君は渓流釣りが好きだったよな。大の釣り好きのYさんにそのことを話したらぜひ会いたいと言っていたよ。一度顔を出してやってくれ。」と頼まれた。面識のない患者さんに趣味の話をしに行くのは気が引けたが、時間の取れたある日の午後、思い切って行ってみた。
 個室のドアを開けると、Yさんはベッドに横たわって苦しそうに息をしていた。これでは話はできないだろうと思ってドアの方に向き直ろうとした瞬間、Yさんは目を覚ました。
「釣りの話をしに来ました。」
と告げると、彼の顔に笑みが浮かんだ。
「どうぞこちらに座ってください。」
彼の勧めるままベッドの横に腰掛けた。枕元には手製の浮きがいくつも並んでいる。小一時間も居たろうか。彼は実に楽しそうに自分の釣りの思い出を話してくれた。
「息子は3歳の時から釣りに連れて行きましたよ」
目を細めながら思い出を語る彼の顔は末期患者とは思えないくらい安らぎにあふれていた。
「秋にはぜひ一緒に行きましょう。」
と約束して病室を後にしたが、自分の病気を悟っている彼はそれがかなわない夢であることを知っていたと思う。
 Yさんが亡くなったのはそれから10日後だった。自分だったら死ぬ間際、彼のような顔になれるだろうか、と私は自分の人生を考えた。


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