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NIRSの信号処理について考えてみる〜⑥PCAを用いた広範囲のノイズ除去〜
GUI による NIRS などの信号処理ツールによっては,ノイズ除去のために主成分分析(PCA: Principal Component Analysis)を使用するものもあるという。
本記事では,このような主成分分析を用いたノイズ除去を MATLAB を使って実演する。
広範囲にわたるノイズへの対応
NIRS 計測において最も考慮する必要があるノイズは皮膚血流によるものである。このシリーズの ① でも述べたが,NIRS で得られるデータには大脳皮質の賦活による血流変動だけではなく,それに関連しない皮膚血流の変動も含まれている。この問題への最も簡単な対応は,送光プローブ(emitter)と受光プローブ(reciever)の取り付けに使用するヘッドギアを可能な限りきつく装着し,なおかつ計測中は可能な限り身体を動かさないようにするというものである。別の方法として,皮膚血流のみを計測してその差分をとるというものもあるが,これを実現するための必要な機器や具体的な手順については勉強不足であるため,ここでは扱わない。
ここで,皮膚血流起因のノイズについて考えてみると,生理活動や体動などに由来する皮膚血流は複数のチャンネル(計測部位)に同時に発生し,また脳活動による反応よりも大きな変化を引き起こすと推測されるため,チャンネル間の相関を利用して第1主成分(または第1と第2主成分)に相当するデータを取り除くことでこのノイズを削減できると考えられる(図1)[1, 2]。
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PCA によるノイズ除去の実演
サンプルデータとして,全部で40あるチャンネルから得られたデータ全てに 0.05 Hz の正弦波ノイズを追加したものを使用する(応答成分は約 0.025 Hz)。ここではそのうち2つのチャンネルのデータを示す(図2)。
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ノイズを追加した全チャンネルのデータに対して PCA を適用し,第1主成分を取り除いた。その結果のうち,図2で示したチャンネルと同じチャンネルのデータを示す(図3)。追加した 0.05 Hz のノイズが,完全ではないが,取り除かれていることがわかる。なお,周波数成分のグラフにおいて,図2と図3とでは振幅の表示範囲が異なることに注意されたい。
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このように,PCA を使用することで広範囲にわたるノイズを除去することができる。ただし,この方法は対象のチャンネル全てに共通する変動を削減するということには注意されたい。
具体的には,NIRS 計測において前頭領域,側頭領域,後頭領域と頭部全体にチャンネルを設定した上で各領域で特有の変動に注目する場合は特に問題はないが,例えば視覚刺激に対する視覚野の反応に注目する際,後頭領域のみにチャンネルを設定した場合は,注目した変動が全てのチャンネルで生じると思われるため,本来観測したかったデータまで取り除かれてしまう恐れがある。
ゆえに,実験の目的や手法に応じて,信号処理の方法も適切なものを選択する必要がある。
なお,PCA を実行するコードは引用文献 [2] を参照されたい。
引用文献
[1] Zhang, Y., Brooks, D. H., Franceschini, M. A., & Boas, D. A. (2005). Eigenvector-based spatial filtering for reduction of physiological interference in diffuse optical imaging. Journal of Biomedical Optics, 10(1), 011014–1- 011014–11. https://doi.org/10.1117/1.1852552
[2] 市原茂ら (2017) 4.2.B NIRSデータの処理 阿久津洋巳 (編) 視覚実験研究ガイドブック 朝倉書店 pp167-176