見出し画像

初めての海外旅行 ニューヨーク編 part6 NYクラブカルチャーの衝撃

その黒人男性の名前はレイザーというらしい。「これから他のクラブへ行くけど、お前も来ないか?」と誘われた。この頃のニューヨークはまだ何かと物騒な時代である。何か騙されたり事件に巻き込まれるんじゃないか?見知らぬ人に連れていかれ、ひょっとすると殺されたりするんじゃないか?という考えが一瞬頭をよぎった。しかし、ニューヨークを散策するといっても自分一人で知らない街を彷徨ったところで行ける場所は観光地ぐらいだ。それではたかが知れていると感じていた。だからここは冒険してみようと判断した。

どうやらこのCBGBには彼の黒人の友達が他にも二人来ているらしく、四人で次のクラブに行こうという話になった。一人でニューヨークまで来たんだからもうなるようになるしかないと、なかば捨て身のノリで便乗することにした。今考えると危険極まりない行為かもしれないが、当時の自分は全くの世間知らずで向こう見ずの若者だった。それが若さということなのかもしれない。


ライブハウスを出てすぐにレイザーの車に乗り込んだ。今まで一人でぶらぶらしていたマンハッタンが車から眺めると異様にキラキラして見えた。これもこの急展開によるものだろう。自分にとってはすべてが映画のワンシーンのようであり、この時にはじめてニューヨークの街に受け入れてもらった気がした。彼らは皆いい人たちで、自分に優しく接してくれた。久しぶりに人の優しさに触れて、4日目にしてはじめてそこの土地に足を下ろすことが出来た気がした。

車はレイザーが運転するなか、英語がわからないまでもその場の雰囲気で少しずつ他の二人がレイザーをからかっていることがわかってきた。黒人三人に日本人の自分が一人というなかで永遠に英語でのジョークが続いた。覚えている内容は、お互いに俺の家にはお前の家より部屋が多いとか、トイレが二つあるとかそんな他愛ない自慢話だったと思う。今まで一人でニューヨークを散策してきて孤独を感じていた自分には、初めてあった人達とはいえ、そんな会話にさえなんともいえない暖かさを感じた。

その日の夜に何軒かクラブをハシゴしたのだが、一番覚えているところはWebster's Hallというクラブだ。車を降りるとクラブの前には長蛇の列が出来ていたのだが、レイザーが警備員と顔見知りということで顔パスですぐに中に入ることが出来た。だが他のクラブとはどこか雰囲気が違う。どうやらこの日はGay Nightらしい。レイザー曰く毎週水曜日はその類のイベントがよくあるみたいだった。当時はまだLGBTQという概念は浸透しておらず、自分は性的マイノリティということについては全く知識がなかった。その後気付いたのだが、どうやらレイザーと他の友達もゲイ仲間だったようだ。

そのイベント名を聞いた時に一瞬怪訝な顔をした自分に対してレイザーが「ニューヨークのGay Nightは普通のカップルも遊びにくるから心配するなよ。」と言われ、ニューヨークでは普通なのか?とそれに従うことにした。そのクラブに入る前に空港の荷物検査よりも厳しいボディーチェックを受けた。そして会場に入ると、そこはまるで異次元の別世界だった。


天井から二箇所ロープがぶら下がっていて、それをランジェリー姿の女の子が登ったり降りたりしてダンスしていた。暗闇のなかでスポットライトに照らされたそのパフォーマンスはさながら世紀末のサーカスを連想させた。ステージからランウェイが客席に伸びていて、そこの踊り子たちもランジェリーだけをつけてウォーキングしていた。ちょっと想像してみて欲しい。田舎育ちで性的知識の大して無い若者が、いきなりそんな場所に放りこまれた状況を。

そのセクシーなファッションショーにあっけに取られていると、レイザーに「彼らはみんなボーイズだよ。」と言われてさらにショックを受けた。自分にとって性別とはなんだろう?という疑問が浮かんだ。そして、「ニューヨークのクラブは東京よりすごいだろ?」と言われたのでそれには大きく頷いた。もっとも、東京のクラブどころか全てが初体験だったのだが。


このクラブは各フロアがそれぞれ違う音楽ジャンルとテーマに分かれていて、ハウスからレゲエまで様々な音楽が流れていた。衝撃だったのがファッションショーをやっていた吹き抜けのエリアから一つ扉を開けた会場に足を踏み入れた時だ。そこには長いバーカウンターがあり、ボンデージスタイルの革のベストや帽子を被った人が溢れていた。その姿はまるでクィーンのフレディマーキュリーを彷彿とさせた。

ドラッグクィーンがテーブルの上で踊り、ブルーやパープルの照明が煌々と輝き、その中でハウスミュージックが大音量でかかっていた。あたりを見回すとゲイカップルでひしめき合っていて、これがニューヨークのゲイカルチャーなのか!と大きなショックを受けた。しかしあくまでもこれは一つのパーティーなんだと自分に言い聞かせて、なんとかその状況を理解しようと務めた。

この日はレイザーが車で送ってくれたので簡単にホテルに帰ることが出来たが、ニューヨークのクラブカルチャーを初めて体験した日になった。この夜の出来事の全てが未知の世界の体験で、強烈なインパクトだった。現在ではこういったクラブシーンはイメージとして有名になった感があるが、この時の自分にとってはまるで異世界の出来事であり、今でもそういった話題が出るたびに自分にはこの時に見たニューヨークのクラブの光景が鮮やかに蘇るのである。


いいなと思ったら応援しよう!