5/31 志賀直哉「小僧の神様」
大学生の頃、塾講師をしていた時に知り合った同い年のMさんがいた。彼は読書家で、私の読んでるような本は大抵読んでいた。
あるとき志賀直哉の「小僧の神様」の話になった。
私はあの話にあまり良い印象がない。期待を持ったまま待ち続ける少年の姿があまりにも憐れに見えるからだと思う。
という話をMさんにしたら、彼はこう語った。
「俺はあの話、すごく好きなんですよね。小僧が鮨を奢ってもらう場面が、すごく」
「でも、もう二度と男は小僧のところに現れないんですよ?」
Mさんはちょっと静かに言った。
「俺、家が子供の頃から貧乏だったんで、ああいう神様みたいな存在がいることって大きな希望になると思うんですよね。待ち続けることができるのも幸せじゃないですか」
本から受け取った世界は読者の数だけ存在するというが、ここまで真逆の受け取り方があるのかと、学生の頃の私は驚いた記憶がある。
読書会などで読んだ本について話し合う時、私はいつもMさんのことを思い出す。英語が流暢で、聡明で、音楽が好きなMさんは今何をしているだろうか。同じ世代で私の小説を好きだと言ってくれたのも彼が初めてだった。 「小僧の神様」について語ってくれたことを、もうわすれてしまっているだろうか。