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鯨山

「浪板海岸から山頂まで2kmほど。約2時間少々で登れる」なんてガイドブックに書いてあるものだから、地元の人が気軽に登る山なのだろうと思って、ふらっと登ってみた。大槌町と山田町の境にあって、その突き出た形が印象的な鯨山。かつてこの近くの浜に打ち上げられた巨鯨の肉を食べたことで流行病が治まったという伝説による。

 浪板海岸から歩き始めて、最初は順調だった。車も通れるなだらかな登山道。ほどよく茂った木々の間から漏れる日差しがくすぐったい。ところどころで聞こえてくるせせらぎが心地いい。この道をほどなく行けば山頂が見えてくるのだろう、と期待で歩はずんずん進む。

 少し様子がおかしいと思い始めたのは、登り出して三十分ぐらいした頃だろうか。登山道がいつの間にか人一人しか通れない道幅で、勾配がきつくなっている。少し登っただけで驚くほど心拍数が上がり、全身から汗が噴き出る。木漏れ日よ、もう射してくれるな。これが登山道だろうかと不安になる坂を登り続けること一時間。ようやく七合目である。思えば、登り始めてから一人の人間にも遭遇していない。いるのは頭上をぶんぶん飛び回る虫たちと、せわしなくおしゃべりする鳥たちばかり。大型連休中のよく晴れた日だというのに、ここは地元の人が気軽に登る山ではなかったのか。

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