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浜松の象徴 松菱百貨店⑤  さやのもゆ


お客様との信頼関係・学び続ける仕事
    ―外商部勤務三十年間を振り返ってー
 
 僕は松菱百貨店で三十年間、外商部の仕事に従事して参りました。浜松市内の大手企業を始めとした、いわゆる店外のお客様をメインに担当させて頂きましたが、お客様のご信頼を得て、人としての相互の繋がりを持つことで意思の疎通を図り、それを販売計画にも反映させてきたのです。やはり、店側が一方的に決定した商品の販売を計画して、いきなりおすすめするのではなく、お客様のお求めになる物との温度差が少ないところで商品を企画・ご提案した上で販売する方がやり易いですからね。それには、お客様のお求めになっていらっしゃる物についての事前の情報収集が不可欠です。また、需要に関する情報をいただけるのは、日頃のお付き合いあっての事なのですから。
 外商部で販売する商品や販売数・価格等を企画し、実際の販売まで漕ぎつけるまでに最低一年はかかりました。商品は、一部既製品もありますが、基本的には作家物のオーダー品。まずは作家さんのもとに直接お伺いして、どんな商品にするか、価格はいくらにするか、などを決めてきます。もちろん我々がオーダーして買い取るわけですから、返品はできません。また、その時点でお客様とのコンタクトを取っておくのは言うまでもありません。例えば「来年の何月に○○という商品を販売する計画ですが・・」などという風に、あらかじめ標榜(ひょうぼう)しておく必要があります。いきなり商品をお客様のところにお持ちして買って頂こう、などというのは無理です。
販売例としては、人間国宝の陶芸家が作陶したぐい吞み・徳利セット三十万円を百セット・総額で三千万円、という物から、一点で五百万円~一千万円という商品もざらにありました。そうした商品をお買い上げいただくわけですから、外商マンの仕事としては、お客様との人間関係・信頼関係が構築出来てないと、商品を売ることはできません。
商品については、来店されたお客様にも「松菱で買ったものだから」という、品質へのご信頼をいただきました。例えばコート類にしても、ある程度事前調査をした上で販売しましたので。
女性向けの商品では他に呉服や宝石、男性では紳士服とか時計・美術品、といったところでしょうか、どちらかと言えば、男性の方が趣味が少ないんですよね。最近は女性をターゲットにした商品の開発が注目されていますが、我々の時も大体において女性中心でした。でも、女性だけでは売り上げとしては芳しくない。やはり、ご夫婦の場合ならご主人も交えて双方の了解のもとで販売しないとーお互いに内緒で購入されているのでは長続きしません。
いわゆる外商のセールスマンには、「男型セールス」と「女型セールス」、この二つのタイプがありました。
男型セールスは、男性のお客さま(会社社長や学校の先生)のふところにスーッと入っていけるような人で、紳士服とか記念品などの言わば必要品の受注・販売を得意としています。
一方の「女型セールス」は、ご家庭の奥様に信用をいただいて婦人用品を販売するタイプなのですが、どちらがいいとか悪いとかではありません。入口はその二択であっても、ずっとそのままでは限界がある。いずれは両方のセールスができるようにならないと、一流のトップ・セールスとは言えないという事です。そこで初めて一人前となるわけですが、なかなかに難しくて-。外商は奥の深いお仕事ですから、トップ・セールスになる人は男女双方のお客様のお気持ちをしっかりと掴んでいなくてはなりません。
当時のライバル店―マルイ・西武百貨店、最後は遠鉄百貨店でしたが―との競争を勝ち抜くには、お客様との信頼関係をどれだけ築いているかが重要だったのです。
でも、我々がやっていた業務は個人的なものでしたから、結局、「会社×会社 」という構図での戦いには負けてしまったことになりますけれども。
遠鉄百貨店を経営する遠鉄グループさんは、多角経営で電車やバスの交通網も持っている。しかも駅前にステーション百貨店として店舗を構えているのだから、お客様のアクセスにも断然有利なわけです。それは充分承知していた事で、動かしようのない事実。ただ、そこから先の事は我々現場の社員ではなく、上に立つ経営陣が考えるべき事ですよね。その点、遠鉄百貨店は交通網を中心に事業を展開し、駅前の商業地域を戦略的に変えて行きました。これはやはり経営陣の力、ではないでしょうか。
長い歴史の末に閉店とはなったものの、松菱もまた、浜松の街を大きく変えて行ったことも事実です。松菱百貨店の創業者・谷政二郎氏は京都の出身ですが、開店当時の浜松市は、京都に比べて市民の文化度が格段に低いレベルでした。だけど、そこは考え方。逆に、文化度が低い方が(お客様のお手元に)何も無いのですから、むしろ商品が売れるわけじゃないですか。なかには「浜松は文化度が低いから商品が売れない」という考え方の人も随分いましたが、そうじゃない。ゼロの状態から始めたほうが、一から十まで段階を上げていく形でお客様の文化度を向上して行くことが出来るのです。
例えば、の話ですが、もとより文化度の低いお客様がいらっしゃるとします。そのような方は、一枚の絵画すらお持ちでないわけですが、最初に先ず、一枚の絵画―春の風景画を買い求め、自宅に飾って毎日眺めているうちに絵の良さが解ってきて、今度は別の季節―秋の風景画が欲しくなる。偉そうなことを言うようですが、そうしてお客様ご自身が育っていかれるのではないでしょうか。
宝石にも、同じことが言えますね。指輪にしても、昔は今のような需要はありませんでしたが、お買い求めになるお客様の大抵の方は最初、ダイヤモンドの指輪が欲しい、とおっしゃいます。始めにひとつ、ダイヤの宝石をお持ちになると、今度はルビーの物が欲しくなる。そうなると、所持品も増えればお求めになる商品の金額も上がっていきます。さらには他の方の持ち物と比べるようになったり、眼も肥えてきて、「もうちょっといいものを買おうかしら」と、お考えになったりして。これがもし、最初からずっと何もお持ちでないのなら昔のままで、何ら変わる所もないでしょう。
浜松に松菱百貨店ができたことで、浜松市民の文化度が上がったのは事実です。店内の催事場でも、じつに様々な催しを開催しました。
茶道の家元による大茶会やお花・呉服の展覧会。「茶室のある百貨店」としての文化度もアピールしました。ちなみに、お花の展覧会は現在、遠鉄百貨店に引き継がれており、今年(2023年)で60回目を数えています。
 また、美術関係の展覧会も開催しましたが、焼き物では人間国宝か芸術院会員、もしくはそれに準ずる芸術家の作品を展示しまして、これは外商部がバックアップしたものです。
 呉服、焼き物の展覧会では色々な産地のものを扱いましたが、呉服で一番印象に残っているのは、「琉球織物」。これを如何にして売ろうかと思案した時、「着物に仕立てて、成人式を迎える女の子の晴れ着にしてはどうか」という話になり、着物として販売しましたところ、これが実によく売れました。特に琉球織物は結構派手な彩色の絵柄なので、若いお嬢さんには大変お似合いでしたね。
 他には大島紬(つむぎ)や結城紬など、数多くの呉服商品を販売致しましたが、おかげ様で随分勉強させていただきました。専門の方をお呼びすることも可能ですが、事前の説明をするにはやはり、外商マン自らが勉強しておく必要があります。そうして学んだものが身につくことで、自分にも、ひいてはお客様にも興味を持って頂けるのです。とにかく、商品が売れないことには何の意味もありませんから。
 ただ、美術品を販売するのは非常に難しいことです。焼き物ひとつにしても、産地(○○焼)や種類(磁器・土物など)が沢山ありますし、絵画であれば日本画・洋画から浮世絵まで・・実にもの凄い範囲ですから。このように、大変な仕事ではありますが、それを敢えて売る、ということは自分にとっての大きな力にもなりますしね。
 僕たちは商品のことを、「ごほうび」なんて言っていましたがー。
つまり、「ご」は呉服、「ほう」は宝石、「び」は美術品を指しており、この三つが出来ないと一流にはなれない、という事です。
 これが、外商部の目標でした。何よりもまず、自分で商品を販売出来るようにならないといけない。言うのは簡単ですが、実践するのは難しいですよね。ですから、外商部に配属になって1~3年の社員は皆、大変です。
 でも、商品を苦労して販売している分、商談が成立したときの達成感は格別で、それがセールスマンとしての自信や成長につながりました。金額の大小に関係なく、外商マンにはそういった思い出が多いのです。
外商部の売り上げは、浜松松菱百貨店全体の二割を占めており、全国的にも有名でした。のちに脅威となる強力なライバル店・遠鉄百貨店の開店による人流的なハンデを言い訳にせず、よく頑張ったと思います。
仕事において、自分に自信があるのは良いこと。何らかの専門的な部分を持っているからこそ、たとえ会社が倒産しても、独立して何とかやっていける、という自負が持てるのではないでしょうか。これは松菱百貨店に限らず、他の企業での勤務姿勢にも通じるものがあると思います。

今の時代はお金が中心になっています。それが良いか悪いかは別として、時代を反映して文化も変わっていくのですから、こういう時代があるのも、それはそれで良いのではないでしょうか。
                 (つづく)

【前回の松菱クイズ 四問目の答え】
①美しき受刑者 -フランス映画。ちょうどその頃は映画全盛期で、市内の至るところに映画館が乱立していました。そのため、松菱映画は競合する多数の映画館との差別化を図るべく、洋画のみを上映していたそうです。

【松菱クイズ 第五問目】

松菱百貨店では、バーゲンなどの催しを開催する際に、さまざまな方法で宣伝パフォーマンスを行いましたが…ここで問題です。
次の3つのうち、本当にやったパフォーマンスはどれでしょう?
① セスナ機に、宣伝の横断幕を付けて浜松の上空     を飛行した。
② 松菱社員が、社章マーク入りのパラシュートで急に空から降ってきた。
③ 航空自衛隊・ブルーインパルスが出動、ジェット雲で浜松の空に松菱マークを描いた

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