蜜柑山の桜奇譚(朗読版) さやのもゆ
桜の花は身頃を迎えていた。あとは、花びらが散っていくのを惜しむばかり。
綿菓子の雲がふんわりと、空を包みこんだ日の夕方。浜名湖の西のはずれ、ゆるやかな丘の上に私は立っていた。見渡せば、北から南に、だんだん低くなっていく湖西連峰。今、新緑の淡い芽吹きと山桜のうす桃色が、まさに競演しているのだった。
こんな光景はきっと、今日だけのものだろう。だから、少しでもそばを通って帰りたい。
どことなく空の色が、少しずつ陰っていく。夜までの時間を気にかけながら、この日は通勤路ではなく、山の斜