戻る場所があるから
映画「サイダーハウスルール」
「可愛い子には旅をさせよ」と言いますが、この映画はまさに、そのとおりの物語です。
主人公はメイン州の片田舎にある孤児院で育った青年ホーマー。二番目の人物は孤児院のラーチ医師。ラーチ医師は自らの信念に基づいて、違法である堕胎手術を行っており、ホーマーはラーチ医師の指導で、外科医の技術を身に付けていきます。ラーチ医師はホーマーに自分のあとを継いでほしいと期待しています。主人公の日常を描く第1シークエンスは、昨今の映画では非常に短く、すぐに転換点がやってくるものが多いのですが、この映画では長くとられています。この第1シークエンスでホーマーは孤児院に留まるべきか、外の世界に出ていくべきか葛藤します。
ある日、ホーマーに転換点となる出会いが訪れます。一組の若いカップル、ウォリーとキャンディーがポートランドから車で孤児院にやってきたのです。秘密裏に中絶手術を受けるためです。手術後、町に帰る二人に、ホーマーは一緒に乗せていってほしいと願い出ます。ウォリーとキャンディーは「医師が付いてきてくれるなんて安心だ」とホーマーの同乗を快諾します。ホーマーの旅の始まりです。
ラーチ医師は、ホーマーの突然の旅立ちを見送りませんでした。
孤児院から出たことのなかったホーマーは、この旅路で初めて海を見ます。
ウォリーの実家はアップルサイダーを作る農場で、敷地内に季節労働者が住まう小屋サイダーハウスがあります。ホーマーに行く当てがないと知ったウォリーはホーマーを自宅に招き、ホーマーはりんご農園に住み込みで働くことになりました。ウォリーとキャンディーは親も交際を認める仲なのに、どうして結婚しないのかには、ウォリーが空軍少尉として太平洋戦争のビルマ戦線に志願しているという理由があるようです。ウォリーがホーマーにビルマは地球のどのあたりにあって、いかに飛行がハードなエリアか、ビーチの砂に記して語るシーンがあります。ホーマーが孤児院から出たかったように、ウォリーもりんご農園から出たかったのでしょう。戦時下で海外渡航が難しかった当時、若く健康な男子が未知の世界へ旅立つには、軍に入隊して外国戦線に向かうのは、ごく一般的な手段だったのだと思います。
ここからは、ホーマーとキャンディーの関係がストーリーの主な展開軸となります。ウォリーは出征し、残されたキャンディーとホーマーが切ない仲になるのは、ごく自然な成り行きです。キャンディーの美しいことったら! マリリン・モンローみたいな容姿なのに、実家のロブスター漁業を手伝うアウトドアスタイルはマニッシュで、かっこいいです。
ビルマで負傷したウォリーが帰国することになり、二度目のりんご収穫期が終わる頃、ホーマーは人生の大きな決断をします。
ホーマーを演じたのはトビー・マグワイア、キャンディーはシャーリーズ・セロン、ラーチ医師はマイケル・ケインです。劇場公開当時の鑑賞以来、二十数年ぶりに見ましたが、最初、ホーマーがトビー・マグワイアだとすぐには分かりませんでした。孤児院でホーマーに淡い思いを寄せている女の子はパス・デ・ラ・ウエルタです。
原作はジョン・アービング。多くの著作が映画化されていますが、この作品に関しては脚本もジョン・アービング自身が手がけています。