1889年を生きた人々④ なつ
「架空の人物」とは、その実在を否定するものではない
髙松太郎、髙松習吉、坂本鶴井。この『追い風ヨーソロ!』で過去シーンに登場する彼らは、いずれも実在した人物です。少なくとも、資料には名前が残っている。
一方、太郎を父の仇として狙い、1889年の安田村(現在の安田町)へやってくる女性、なつ。劇中で名前が語られるシーンはありませんが、彼女の名は「なつ」といいます。過去シーンには、お遍路さんも登場しますが、彼と同じ顔をしているかどうかはともかく、お遍路で四国を巡礼している人物が1889年に安田村の唐浜を通った可能性は限りなく高い。架空の人物と言い切れない部分は残ります。ただ、この「なつ」だけは、今作の過去シーンで唯一の「架空の人物」です。
出身は播磨、現在の兵庫県。幕臣の忘れ形見、という設定です。大政奉還ののち、これに反発して、新政府に対して徹底的に抗戦した旧幕臣たちは少なくありませんでした。太郎の師匠でもある勝海舟の尽力で江戸城は無血開城。旧幕臣たちは江戸を退き、各地で抵抗します。優勢なのは新政府軍。旧幕臣たちは北へ、北へと逃れ、ついには北海道へ。
このとき、旧幕臣たちを追い詰める新政府軍にいたのが太郎でした。叔父の坂本龍馬を幕臣(諸説あり)に暗殺された太郎。剣の達人ながら生涯1人も斬らなかったと伝わる龍馬や、北海道の開拓やキリスト教の伝道に尽力した習吉ら平和的なイメージのある坂本家、髙松家にあって、太郎だけが武闘派だった可能性もないわけではないでしょうけど、龍馬と行動を共にしていた太郎も穏健派だったと考えるほうが自然な気がします。そんな太郎が戦場に身を投じ、北海道まで転戦したのは、亡き龍馬の仇を討つためだったのではないか。それが太郎が背負っている暗い過去である……というのが、今作における太郎の設定です。
戦というのは、いつの世も残酷なものです。因果は巡り、時を経て、多くの人たちが戦を忘れる時代になってから、太郎も仇として狙われることに。その刺客こそが、旧幕臣の忘れ形見であり、未亡人となった母に女手ひとつで育てられ、武芸を仕込まれて、遠路はるばる安田村へやってきた「なつ」です。回りくどくいえば、脚本家の創造の世界に誕生して、映画の世界に登場した人物、ということになります。
でも待て。「架空の人物」であることは、その実在を否定しきれるものではないんです。そんな人物がいた、という証拠は一切、残っていませんが、それは実在しなかったという証明ではないんです。「なつ」も、いたかもしれない。そんな「なつ」を果敢に演じたのは、我らパートナーシップの最年少、八洲承子。自身だけでなく、鶴井を演じた我妻美緒の着付けも担当しています。
ちなみに、習吉、鶴井、なつの衣裳は、和服の知識では十指に入るであろう、西槇絵里子さんから提供していただいたもの。時代考証もしていただいて、1889年に存在していた生地や柄の和服を選んでドンとくださいました。どうもありがとうございます。
さて、八洲。過去シーンでは人を殺めるために安田村を訪れた「なつ」を演じていましたが、現在では高等遊民(ニート?)的な移住者、瀬沢唯として登場します。呑んで潰れて眠り倒すような日々を送る唯のラストシーンは『追い風ヨーソロ!』を象徴するものになっています。是非、大心劇場で!
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『追い風ヨーソロ!』
【出演者】
大野仁志 我妻美緒 山川竜也 八洲承子 愛海鏡馬 豆電球
【上映日時】
2023年6月24日(土)~6月30日(金) 毎日13時~・19時~
各回、出演者による舞台挨拶・トークショーあり。
【木戸銭】
大人/1,500円 中学生・高校生/1,300円 小学生/1,000円
【会場】
大心劇場
〒781-6427 高知県安芸郡安田町内京坊992-1
http://wwwc.pikara.ne.jp/mamedenkyu/
【あらすじ】
1889年、安田村。唐浜では通りすがったお遍路の男に看取られながら、ひとりの女が息を引きとった。そして安田川のほとりでは安田村を離れていた兄弟が偶然の再会を果たしていた。その前に父の仇だと刀をかまえる女が現れた……。
時は流れて現在、安田町。かつての安田村にいた面々と同じ顔をした者たちが集ってくる。他人の空似か、あるいは前世か。交錯する過去との因縁。時を超えて、彼らを包むように風が吹く。
全編高知・安田ロケ、上映は大心劇場による地産地消映画がここに誕生!
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