”先輩あのね”
『先輩、あのね?』
スピーカーにしたスマホから聴こえてくるのは
元気すぎる君の声
「どうしたの?」
『へへっ……先輩!』
謎のやり取りを繰り返し話し始めたのは
今日の夢の話
夢の話から始まり、1日のあらすじを
これまた嬉しそうに話す
僕はただそれを静かに聴いているだけ
いつから始まったか、寝る前の電話
僕はこの時間が好きだ
何にもなかった1日が
意味あるものに変わる気がするから
『それに、今日の夕飯は唐揚げだったんです!』
「おっ、それはいいな。奈央の母さんの唐揚げは絶品だもんな」
『はい!で、どうですか?』
「ん?」
『会いたくなったんじゃないですか?』
「そうだね」
『本当に!?』
「奈央の母さんに」
『なんでー!』
そのリアクション1つで
どんな表情をしているのか分かってしまう
笑い声が抑えきれずもれてしまう
『あぁ~笑いましたね!もうしらない!』
『ふん!』とそっぽ向く声が聞こえる
本当に顔を逸しているんだろうな
頬を膨らましているところまで想像してしまう
「ごめんよ」
『そんなんじゃダメです』
「あはは……困ったな」
ほら、だって言うじゃないか
好きな子には悪戯したくなるって
「どうしたら許してくれるんだい?」
『……―と』
「と?」
『デートです!デート!』
恥ずかしさを隠すように声を荒げる
『で、どうなんですか?』
「そっか……どうしようか」
『せ・ん・ぱ・い?』
「じょ、冗談だよ、冗談」
最近、圧をかけるのが上手くなったな
でも、実際に会うとそんな姿も
可愛く思えるんだろうけど
『先輩こそ、どうなんですか?』
「僕?」
『大学での話、私聞きたいです!』
「おもしろくないよ?勉強ばっかりだし」
『いいから!なおが聞きたいんです!』
そんなふうに言われると
僕も断ることなんかできない
仕方なく、なんの面白みもない僕の話をする
そんな話でも君は
『うんうん!』と楽しそうに相槌を返してくれる
まるで僕が漫談師にでもなったかのように
笑ってくれる
「どう、つまらない1日だろう?」
『……そうですね!』
「おい」
『ふふふ……。でも先輩のことが知れて良かったかもです!』
そんな楽しそうに言われたら
何も言い返せないじゃないか
「まぁ僕もだけど」
『先輩も?』
「うん。奈央のしょーもない話を知れて」
『ちょっとヒドい!』
「そんな事を嬉しそうに話す君が好きなんだ」
『え、え、えへへ……』
動揺が真っ暗な画面からでも伝わってくる
本当に弱いよね。突然の言葉に
君はあんなにもわかりやすく伝えてくるのにね
久しぶりに会うときなんか
まるで犬が大きくしっぽを振っているってくらい
わかりやすい
目の前にするといつも頭を撫でたくなる
姿が見えない今でさえ
わしゃわしゃと撫でたいくらいなんだ
いや、本当に惚れ過ぎだな
うん。やっぱり会いたいな君に
その後も君をからかいながらも二人の会話は続く
でもそんな時間にも終りがくる
「あれ?」
君の声が聞こえなくなった
確かに少し声がしゃがれてきていたけど
しばらくして、規則的なリズムで
『スーッ、スーッ』と寝息が聞こえてくる
いつも「また明日」を言えないんだ
だってお別れみたいで悲しいじゃないか
僕は部屋の電気を消し、布団に入る
まだ電話の向こうからは君の寝息が
「おやすみ」
聞こえないと分かっていても、ぼそっと呟く
君の嬉しそうな笑い声が聞こえたような気がした
窓の外には見えないけれど満点の星がきらきらと輝いているんだろう
僕もそっと目を閉じる
浮かんでくるのは星空じゃなくて
無邪気で無防備な君の笑顔
君はどんな夢を観ているのかな
それは明日が来ればわかること
でも星に願ってしまう
その夢の中の君の隣に
僕がいたらな
なんて
そしていつもの笑顔で
呼んでくれるかな
「先輩、あのね!」
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