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■上杉(仮名)のはなし

上杉、君と僕が輝いていたあの時代、毎晩、朝まで語り明かしたな。(麻雀)
あの夏は、世界中のジャングルの虎が全て溶けてバターになってしまうくらい暑かったよな。

君は、村上春樹をこよなく愛していたな。
君の彼女は、ノルウェーの森の直子に似ていた。現実世界に直子がいたら、彼女みたいな人なんだろう。知らんけど。当時、僕はカティーサークを呑みながら、ふとそう思ったんだ。

僕は、何を思ったか、四半世紀振りに当時の手紙、写真、映画のパンフ、カセットテープなど想い出の整理をしたんだ。その中に当時の美術サークルの名簿が紛れていた。パラパラとページを繰ると上杉の生家の電話番号が目に留まった。何と無くかけてみると、あっさり繋がった。

「はい、上杉ですが」
どこか懐かしく、重みのある素敵な声だった。上杉に似ているが、おそらく父親だろう。

「大学時代、上杉くんと同じ美術サークルにいた者ですが、同窓会をすることになりましてお電話致しました。上杉くんは、ご在宅でしょうか。」
ありもしない同窓会を取り敢えずでっち上げてみる。

「あー、今日は土曜日で休みなので、家にはおりません。」
土曜日で休みだから家にはいない。よく分からないな。
平日は家にいる?実家が仕事場ということか。おそらく、父親は出版関係か建築、あるいはデザイナー、兎に角フリーランスの自宅兼事務所なんだろう。上杉は、その仕事を継いだんだなと0.2秒で考えた。

「では、上杉くんの携帯番号をお教え頂けないでしょうか」

「いいですよ。090-わわやわ-わわわわ、です。
まあ、かけても知らない番号には出ないと思うけど。」
不覚にも笑ってしまった。確かに。上杉なら知っている番号にさえ出ない。

「それでは、僕の電話番号をお伝え致しますので、月曜日、上杉くんにお伝え頂けますか。」

「それだけは、勘弁してください。面倒くさいから。」

面倒くさいから。
衝撃だった。

2006年サッカーワールドカップ、柳沢は、無人のゴール前で最高のパスを受けた。しかしながら、彼はなぜかゴール外にいたキーパー目掛けて蹴ってしまい得点出来なかった。決定的チャンスを外した彼のコメントは、こうだ。
「急にボールが来たので。」

それ以上の衝撃だった。
つまりは、そういうことだ。

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