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金魚鉢を探しています。(シロクマ文芸部×金魚鉢)

『金魚鉢』が父の頭に当たって割れた。
ガラスだから、危ない。
金魚鉢は、他のガラス細工よりもずっと、綺麗で実用的だから、他のとは違う音がするのかと思ったら、ガラスは全部同じ音を立てて割れる。
考えてみたら風船だってそうだ。どんな大きさだったり、トイプードルだったり、キリンだったりしても、同じ音で割れる。

もしかしたら、人だって同じ音を立てて壊れてしまうものなのかもしれない。
だって、風船だって、ガラスだって最後には同じ音を立てて萎んだり、バラバラに砕けてしまうのなら、人だって、何か同じ音を立てて死んでしまうのではないだろうか。

二分の一成人式を来週に控えた小学3年生の僕は、そんなことを考えていた。
あと二段降りたら一階と言えて、本当だったら暖かなストーブとか、最近朝にしか帰ってこない母の茹でただけの冷めた味気のないマカロニがコタツの上に載っていたりしているはずだった。
僕はあと二段、階段を降りれなかった。
足は生まれる前からずっと何かの暖かさを知らなかったみたいに冷たい。

僕はいつも、母に「妹より自分のことが好きか?」と聞いていた。
母はいつも「うん、そうだよ」と言ってくれていたが、きっと妹だって同じことを聞いていたと思う。
それだけ、僕らは母の中に僕らに対する気持ちや想いのようなものを見つけるのに難しかった時期を過ごしていたってことなのだろう。
だから、いつも僕らの心の中の空は悲しげだった。

「うん、そうだよ」と僕の頬をいたずらに撫でてくれた母のその手は、今や父に投げつけた金魚鉢の埃がついている。

父は頭を抑えて、母を睨み、会社へ行った。
男遊びをやめろ、と言って後頭部に金魚鉢を投げつけられたのだった。

それは僕のお気に入りの金魚鉢だった。
毎年、夏の祭りで取ってくる金魚を入れて数ヶ月だけ育てる。

どうして数ヶ月かと言えば、僕には金魚の面倒を見る才能がないからだ。
だから毎年僕は、夏になると新しい金魚を掬ってこなければならない。

結局、母は出ていってしまい、そのショックで父も頭がおかしくなってしまった。
夜な夜な叫ぶように泣く父に僕も気が狂いそうだった。
決まって父は頭が痛いといって、泣くのだが、そんなこと嘘だというのは子供の僕でもわかった。

だから僕は父が宇宙人だったらよかったのにと、思った。
父が宇宙人だったら、この惑星から抜け出してどこか遠いところへ行けるし、きっと地球人とはまた違う、感情や知能を持っていたから、そんなに泣かなくてもすんだのかもしれないからだ。
人は泣く時、みんな同じ音で泣く。
金魚鉢の割れる音も、風船の割れる音も、男遊びをやめられない母の心も、それを失った父の心も、僕の中にある悲しげな空みたいに、最後はずっと泣いていたのかもしれない。

それから僕は似たような金魚鉢を探している。
なけなしのお年玉を集めて。
同じ金魚鉢があれば、また同じ形の家族に戻れるかもしれない。
それを父に話したら、顔をひどくはたかれたけれど、僕の使命は変わらないように思えた。

それに何より、まだ母親が暖かった頃の思い出の金魚鉢なのだ。

おもちゃなんて殆ど買ってもらったことがないのに、どうしてか、近くのホームセンターの買い物についていったら買ってくれた。

僕があんまりにもその金魚鉢から離れなかったからだろう。

帰りの道も割ると危ないからと、金魚鉢を取り上げようとする母を止めて自分で持った。
そのかわり母は僕の手を握ってくれた。

その手で割られてしまった金魚鉢を僕は探している。
近くのホームセンターはいつの間にか潰れてしまったから、もう少し遠くへ行ってみたが、なかった。

自転車では行けないような遠いところにあるのかもしれない。
もしかしたら、大人になったら、もっと遠くへ行けるようにかるかもしれない。
そうしたら、必ずあの金魚鉢を買おうと思うんだ。
金魚鉢が買えたら、それを持って、僕はもっと、もっと、遠くへ行きたいと思うんだ、きっと。

でも、大人になった僕は金魚掬いをしなくなっているかもしれない。

そうしたら、僕は空っぽの金魚鉢をずっと持って遠くへ行くしかないんだ。



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