【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』19章
昨日はじいちゃんに助けられた。
「おい、お前ら黙ってそんなとこで何やってるんだ、今日はもう寝ろ」
とあの時に入ってきてくれなかったら、どうなっていただろう。
自室に戻ったあとも、ビーチサンダルから鬼のような連投でメッセージが届いた。
ーーうそつきやろうが
ーーお前らぜったいセックスしでんだろう
ーーくそ野郎が
ーー明日時間作れ、いや、今から来い
ーーおい、無視すんな
ーーお前の部屋どこだ?
ーー警察にいうぞ
ーーお前高校生じゃねぇじゃん、くそ嘘つき野郎だな
ーー普通に話そうぜ、アジサイと三人でさ
ーー世間話くらい付き合えよ
ーーこんなところで会うなんて奇跡だぜ?
ーーお前もういいよ、アジサイだけ向かわせろ
僕はすべてのメッセージを無視した。
通知もオフにした。
まさか、ビーチサンダルが『大学生』だったなんて。
僕はすっかり彼は高校生なのだろう、そこには偽りはないと決め込んでいたが、完全にやられた。油断した。
そもそも、不幸が過ぎる。
何の目的があるのか知らないけれどビーチサンダルが僕らに会うためにわざわ福島にきて、郡山にきて、僕らが迷い込んだ場所にピンポイントで短期バイトしにくるなんて。
どんな確率なんだそれって。
おそらくビーチサンダルは、郡山にきて僕らと会うために住み込みの短期バイトを選んだのだろう。手段で目的を達成したということだ。
ふざけた話だ。色んな考えが頭を巡って眠気が全くこなかった。
僕は一睡もできなかった。
アジサイもなかなか眠りにつかなかった。
僕はアジサイを不安にさせないように隠していたビーチサンダルとのやり取りを話した。
当然の反応として怯え、制御できない体の震えがアジサイを襲う。
僕は正面から抱きしめた。
彼女の体は恐怖からかすっかり冷たくなっていた。
大丈夫と、僕は繰り返したが僕にも何が大丈夫なのかわからなかった。
それこそ、何度も考えたビーチサンダルの目的が分からなすぎるのと、彼がストーカー気質で、頭に血が上ると何をしてくるかわからないからだ。
ビーチサンダルは一緒にゲームをしていても、たまに急に何かに怒りだすことがあった。
怒りのスイッチが入るとコントロールできないらしい、捲し立てるように汚い言葉をはいたり、八つ当たり染みたことをしていた。
その時の僕は別に人がどうしようと興味もなかったし、ただぼんやりとゲームが出来ればよかったから何も考えなかったけれど、よくよく考えればビーチサンダルは最初から歪だったのだ。
そのうちに怯え疲れたのか、アジサイは寝息を立てた。
僕はそれだけでもずっと安堵したが
夜中に階段を昇ってくる音がして、僕は身構えた。
沢山の感情が去来。
ビーチサンダルが登ってきたに違いない。
部屋を小さくノックする音。
僕は最悪の事態を想定して扉をあけた。
そこには
「じいちゃん」
「わりぃな、こんな遅くに」
「どうしたの?」
じいちゃんは扉からアジサイの様子を見て微笑んだ。
「寝てるか」
「ついさっきね」
「明日、お前ら畑仕事休め」
「え、どうして?」
僕はなるだけ動揺を表に出さないよう、いつも通りを装う。
「いいんだ、お前ら色々あんだろ、明日ちょっと話でもするか」
肩の力が抜ける思いがした。
それから全部話をしてしまいたい欲求も起こった。
でもそれはだめだ。
アジサイは僕が守らなくてはいけない。
それにこんなにお世話になったじいちゃんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
さらには、この話をしてじいちゃんが、どう反応するのか、全くわからなくて怖い。
事情はあれど、人を殺してしまった少女と、匿って逃げいてる青年。
それが僕らの正体なんだ。
気づけば、僕は痛いくらい両手を握っていた。
「おやすみ」
「うん、ありがとう、おやすみ」
じいちゃんが去っていく表情が少し寂し気に見えた。
僕らを孫だと言ってくれているのに、じいちゃんから見たら今の僕は壁を作っているように思えたのだろう。
僕だって、本当のじいちゃんのように思っている。だからこそ言えない。
もっと違う形で会っていたら、こうはならなかっただろう。
でもあの日の夜、僕とアジサイが納屋に侵入しなければ、翌日じいちゃんが納屋にこなければ、僕らは一切会うことがなかった。
少し違えただけで、永遠に他人のままだったのだ。
それこそ、あの日、アジサイとの待ち合わせを僕がドタキャンしたら、
一緒に逃げようと言わなかったら、人生はたった一言でも一つの行動でも、大きく変わっていくらしい。
どこまでも僕は運命に弄ばれているような、そんな気がした夜だった。
朝、通知をオフにして無視していたビーチサンダルの連絡を確認した。
ビーチサンダルから10件以上着信が来ていた。
ーー寝たのか?
ーー起きろ
ーーアジサイだけ連れてこい
ーーそしたらお前は寝ればいいだろう
ーーマジで無視すんなよ
ーーおい、電話でろって
ーーマジで通報すんぞ
ーーもういいわ、嘘つき野郎が
ーー明日の朝までに連絡返してこなかったらマジで通報するわ
ーー自己中人間がよ、お前ゲームも下手で足引っ張てたくせに、何が出来るの?何もできないからゲームしてたのか
大学生たちは全員畑仕事に行った。
各方面から農家の人が迎えにきて、グループ分けされた大学生がそれぞれ畑仕事に連れていかれた。
僕は窓の隙間から外を見ていた。
そこにはビーチサンダルの姿もあった。
リョートさんに無理矢理引っ張られていた。
ビーチサンダルはその間何度も振り返り家を見ていたが、きっとあの視力では窓の隙間から見ている僕の姿は捉えれないと思う。
じいちゃんも大学生を連れて畑へ行ったが2時間後くらいに一人だけ坂を上ってきた。
ーー明日ちょっと話でもするか。
何を話せばいいのかさっぱりわからないけれど、じいちゃんは僕とアジサイと何か話をするために大学生に畑仕事を任せて、一旦帰ってきてくれたのだろう。
僕とアジサイは下に降りていった。
じいちゃんがタオルで汗を拭っている。
「おう、今日は暑いなぁ、今年一番の猛暑じゃねぇかな、テレビでもあればそれもすぐわかるんだがな」
といつもの豪快な笑い方だった。
「ったく、お前らどうしたんだ、そんな深刻な顔をして、まぁ座れ、ちょっと話をするか」
アジサイが淹れてきてくれた3人分の麦茶をテーブルに僕らは居間に座った。
これまでのここで過ごしてきた安穏とした世界が欠けてしまったような気がして、喉が渇いているのに麦茶を飲もうという気持ちにはなれなかった。
ここを離れる。それも今日のうちに。
朝、アジサイとも話をした。
「ここを出るか」
今まで多くの者を見送ってきた、という表情だった。
口元の穏やかな笑みと、人生にはどうしようもないことがあると言わんばかりの目元の皺から僕は視線を外せなかった。
「うん」
「あの眼鏡の小僧と何かあるんだな?」
「少しね、じいちゃんはどうしてわかったの?昨日の空気?」
アジサイはうつむいている。
「いや、迎えにいったときから、今年はこういう奴も迷い込んできたかと、思ったさ」
「あんまり来ないタイプなんだ」
「来ないな、ああいう危ない奴は、お前が呼んだのか?」
「まさか」
「さすがにそうだろうな、ああいうのとは関わっちゃいけねぇ」
「そうなの?」
「俺の長年の感だ、ああいう人間はその時が来れば平気で問題やら事件を起こす、きまって女や自分の思い通りにいかない場合にな」
じいちゃんは麦茶を一口飲んだ。
束の間の静謐。
蝉が猛ける。
僕ら三人は世界からぽっかりと切り取られた影のなかにいるような気がした。
唐突に「ごめんください」と玄関から。
「見てきてくれるか?」
じいちゃんに言われて僕は開けっ放しにされた玄関を見にいき、瞬時にさっと身を引いた。
ーー警察だ。
二人組。
「ごめんください」
ともう一言。
よく考えてみたら、警察は僕の顔を知らないだろう。
アジサイの顔はどうだろう?
昨日のラジオでも、ここまで操作を伸ばしている情報なんてなかった。
思い当たる節と言えば……
僕は携帯を取り出した。
通知が一件。ビーチサンダルだ。
20分前。
ーーもうお前めんどくせぇから通報したわ
思わず天井を見上げた。
アイツをどうにかしてやりたい憎い気持ちが沸き起こる。
ここまで人を憎めるなんて。
「はい、どうされました?」
「あ、こんにちは、警察の者ですが、ゲンジさんいらっしゃいますかね?」
二人組のうち、一人は愛想がよかった。もう一人は目つきが悪く意地悪そうに見える。
「あ、はい、今呼んできますね」
僕は居間に向かった。
「じいちゃん」
「ん、誰だったんだ?」
「警察」
「お前顔真っ白じゃないか」
「え、そう?そんなことないと思うけど」
じいちゃんは数秒間何も言わずに僕を見た後で、頷いて警察官の待つ玄関へ向かった。
「隠れてろ」
アジサイが俯いたまま手を重ねて握っている。
僕はじいちゃんの後を追って柱の陰に隠れた。
話しの内容が気になる。
「いや、ゲンジさんわざわざすいません、大学生の受け入れ今年もやってるんですね、お元気そうで何よりです」
「そうだ、昨日からだ、で何の用だ」
「いや、何か物騒な通報がありましてね、電話口では何やら感情的な男性の声で、殺人犯がいるだのどうのこうのって」
「殺人犯?ここにか?」
「まぁそうですね、イタズラに近いものなのかなぁとは思いましたが、一応は確認の為ですね」
「大学のやつらは全員、出計らっていねぇさ、また夕方ごろに出直してくれ」
「さっきのも大学生っすか?」
ようやく意地悪そうな警察官が口を開く。
「あれは俺の孫だ」
「孫ですか、おかしいですね、失礼ですが、ゲンジさん奥さんとの間にお子さんもうけていらっしゃらなかったような記憶があるのですが」
「俺の孫だ、てめぇらには関係のないことだろう」
「さっきから聞いてりゃ、なんすかその態度、なめてます?いくら現役の頃偉かったからって退職してりゃ、ただの一般市民ですよ、それとも何か、公務執行妨害でしょっぴきますよ」
「でかく出たな、お前警察官が一般市民より偉いと思っちゃいねぇか、お前ら警察官は一般市民様が安心安全に暮らしていけるように業務を全うするのが仕事だろうが、それがそんな態度で務まるってのか?お前こそ警察官という職務を勘違いして舐めているんじゃねぇか?」
意地の悪そうな警察官が食ってかかろうとしたときに、横にいた愛想のいい警察官が帽子を脱いで頭を下げた。
「ゲンジさん大変申し訳ありません、コイツにはあとでしっかりと教育しますので、どうかご容赦ください」
「ちょっと何なんすか、アケチさん、なんで頭下げてるんすか」
「お前も頭を下げろ、それ以上この人にそんな口の利き方をするな」
「意味わかんないっすよ、この人に子供いないんですよね、だったら孫だっていないでしょう、じゃあさっきのあの若い男は誰なんすか、相手が元上司だからって忖度するんすか」
「ちょっと静かにしてろ、元上司だからってわけじゃない、俺は随分と世話になったんだ、もっと礼儀をもって接しろ、俺に恥をかかせるな、聞くことは聞く、仕事だからな、ただお前はもう口出しするな」
じいちゃんが元警察官だった?
知らなかった。
けれど合点がいく。
納屋での視線もところどころ何も言わなくても事情を察知しているような口ぶりも、ビーチサンダルへの警戒を長年の感といっていたのも、元警察官という経験からくる職業病みたいなものだったのか。
それなら、僕らはずっと怪しかっただろう。
「いや、本当大変お恥ずかしいです、コイツは目つきは悪いんですけど仕事は熱心でね、その分熱くなりやすい性分なんですよ」
「いや、いいさ、誰だって通る道だろう」
「それで、さっきのお孫さんと言った方とお話させてもらってもいいですか?」
「今具合が悪いんだ、また数日後にしてくれねぇか」
「そうですか、ではゲンジさんから見て殺人に関してはイタズラだと思いますか?」
「あのなぁ、毎年毎年、何人の大学生がくる思ってるんだ?しかもそのほとんどが顔見知りでもないんだ、ほぼ全員が昨日初対面みたいなもんなんだぞ、殺人が起こるほどの関係性でもなければ、まだ遺体一つあがっちゃいねぇよ」
「あぁすいません、昨日今日誰かが殺されたという話ではないんですよ、いやね、どうにも電話の話しぶりだと、東京で今ニュースになっている42歳の男性が遺体で発見されて、外傷があるもので殺人と断定しているのですが、その娘さんが高校生なんですが行方不明なんですよ、で電話の話に戻りますと、男と二人で逃げているなんて話なもんで、突拍子もないのは十分承知ですが、短期バイトだとそこに紛れて逃げ込んでいる可能性も考えられますよね?その事件の話の確認ですよ」
そこまで警察に情報が渡ってしまっているのか。
脱力感。
逃げないと。
今すぐに。
「そうか、それはご苦労だったな、だが無駄足を運ばせたな、アケチ、お前俺が何らかの事件で手を抜いたり、何か見逃したりしたのを見たことがあるか?」
「いえ、ないです、ですから俺は貴方を尊敬しています」
「それにアケチ、夏の短期バイトはな、大学生限定で募集をかけているんだよ、なんでかわかるか?夏休みの長さの違いだ、一人一人の履歴書だって預かっているさ」
「履歴書は自分で書きますから、いくらでも適当を書けますよ」
「だから夕方に出直せと言ってんじゃねぇか、今女性陣もそれぞれの畑にいってるんだよ、お前もしつこいねぇ」
「このしつこさはゲンジさんの教えを守っている証拠です」
「それはよかった、お前は筋がいいからな、さて俺も畑に戻らなきゃいけないんだが、話はこれぐらいでいいか?」
意地の悪そうな警察官が控えめに口を開く。
「ちょっと待ってください。結局さっきの……あの男は……誰なんすか」
「ツネの息子のやーぼうだよ、ツネとは長い付き合いだから、俺の孫みたいなもんだってことだ」
「や、やーぼう?」
「ゲンジさんの知り合いの息子さんだ」
横から愛想のいい警察官が補足した。
「そういやアケチ、やーぼうにどれくらい会ってないんだ?」
「10年くらいですかね」
「もうそんなに経つのか、懐かしいだろう、でもアイツは今具合悪くてな、あんまり対応させられないんだ」
「でもどうしてやーぼうがゲンジさんの家に?具合悪いのであれば実家で休んでいればいいのでは?」
「ツネは今カミさんと旅行さ、毎年夏にあの一家は旅行行ってろ?本当はやーぼうも行くはずだったんだが、具合悪くてやーぼうだけキャンセルしたんだよ、それで具合悪いなか実家に一人は不安だからってツネのカミさんに頼まれたんだよ、まぁ最初の頃よか、随分と顔色は戻ってきたがな」
「そうだったんですか、すいません、お大事にってあとで伝えてもらえますか?」
「おう、ありがとうな、で、また夕方にくんのか?」
「そうですね、一応」
「ご苦労なこったな、暑いから気をつけろよ」
「はい、では、また」
「あの、さっきは、失礼なこといって申し訳なかったです」
意地の悪そうな警察官が頭を下げた。
「いいってことよ、ただ、全うしろ」
「はい!」
それから警察官2人が去っていく足音がした。
じいちゃんが頭を掻きながら戻ってきた。
僕の肩に手をおく。
「もう少ししたら、行くか、準備しとけ」
じいちゃんはどこまでも真剣な表情をしていた。
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