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【エッセイ】カルボナーラの美学

前回(肉を干す)の続き


パンチェッタを作ったら何を作るか。そう、カルボナーラである。
とても悲しいことに妻はカルボナーラが好きではないため、不在時を突いて作る必要がある。そのため妻の予定をチェックしておくことは、はやぶさ家におけるカルボナーラの重要な下拵えといえる。

さて、私はパスタを雪平鍋で茹でる。いわゆるお味噌汁とかに使うあれだ。そんなに大量のお湯は要らない。1ℓくらいで良い。塩は1%なので、大体小さじ1。茹で汁そのものに味があることが大切で、これがパスタの塩味を決める。湯量が少ないことでエコであるし、お湯の中に溶け込む麺のグルテン量の割合が必然的に高くなることも重要で、ソースにとろみが付きやすい気がする。

なんだか偉そうなことを書いたが、お店でパスタを茹でることを想像するとわかりやすい。お店は同じお湯で何度もパスタを茹でる。そうするとパスタの小麦成分が水に溶けていく。それが何度も繰り返されると、水分中の小麦量が増えていくことがわかるだろうか。一般家庭でそれは難しいので、簡易的に湯量を減らすことで割合をちょろまかすのである。

じゃあなんで小麦成分がいるのかと突き詰めてはいけない。なんか美味しそうだから。最後はこれくらいラフにしておく心が美味しさの決め手なのである。

さて、カルボナーラに余計な具材は要らない。
パンチェッタと卵とチーズのみ。生クリームはあっても旨いけど、パスタは引き算の美学だと思っているので入れない。入れたい人は入れても良い。私だって入れたい。でも生クリームって高いから引き算を美学にしておくのだ。

パンチェッタを小さく短冊状にしたら、ごく弱火で火を入れていく。呼び水、ならぬ呼び油としてちょろっとオリーブオイルを回し掛けると、パンチェッタから美味しさを引き出しやすい。パンチェッタの強みは肉自身の旨味よりも脂の旨みだと思うのでゆっくり時間をかける。

その間に卵をとく。
本当は卵黄だけが良いのかもしれないが、ちょっとくどい気がするのと、どうにも貧乏性なところがあるので白身を含めた全卵と卵黄をそれぞれひとつにする。一人前で1:1なのでわかりやすい。

そこにチーズを入れる。
やっぱりハードチーズ、パルミジャーノあたりがいいが、グラナ・パダーノくらいでも十分幸せになれる。本当はペコリーノ・ロマーノなのだが、「それを言ったらパンチェッタじゃなくてグアンチャーレだろ」等とカルボナーラ原理主義から怒られそうである。
何度も言うけど最後の方はちょっと良い加減にしておく方が良い。何を言ってるのかわからないくらいが正解なのである。

考えすぎると不味くなる。
完璧に作ると次はない。

ちょっと遊びがあった方が、また次に調理する楽しみが出てくると私は思う。それは決して私がO型だからとか、ガサツだからではない。

卵をといたボールにチーズを削る。
私はマイクロプレイン社の削り器を使っているが、ストレスフリーなのでおすすめする。以前、某社のチーズ削り器を使っていたが、すぐに目が詰まって全然削れないため変に力が入り、結果手を削る羽目になった。地味に痛い。面白いこと言えなくなるくらい本当に痛いので、チーズ削り器はケチってはいけない。
そしてチーズもケチってはいけない。脂肪とかコレステロールとかは考えてはならない。山盛り入れるのだ。入れれば入れただけ美味いから。これが味の決め手と言っても過言ではないので、健康診断のことは一旦忘れて、思う存分入れて欲しい。

チーズを心置きなく入れたら卵とよく混ぜる。するとどうだろう、あんなにあったチーズの粉雪は、春を迎えて雪解け水になったかの如く卵と馴染んで流体になる。これが巷で話題の0カロリー理論の実証なのかもしれない。
ついでにブラックペッパーも削っておく。当然香辛料は0カロリー(?)なのでしっかり目に入れると、チーズのくどさも問題なくなる。

さて、パスタは残り1分。
ここで茹で汁をフライパンに入れる。この頃にはパンチェッタから芳醇な脂の香りが立っている。そこに茹で汁を加えてソースのベースを作る。個人的なイメージとしては、パンチェッタと茹で汁のソースを麺に吸わせて下味をつけた後、卵とチーズのソースを纏わせるという二段構えで考えている。なので、茹で汁にフライパンについた脂をしっかりと混ぜて乳化させて美味しいソースを作るのだ。そこに、まだ少し茹で切れていない麺を入れて、少し泳がせる。これで麺にソースを吸わせる。

ここでおもむろに火を止める。ちょっとフライパンを煽って麺とソースを馴染ませつつ、フライパンの温度を下げる。安物のセーターと卵のソースはダマが出来やすいので気をつけたいが、多少ダマが出来ても美味いから気にしすぎない方がいい。

少しフライパンが落ち着いたところで卵とチーズのソースを投入。そしてゆっくり混ぜる。ここからはフライパンは煽らない。あんまりぐちゃぐちゃやると変に泡立ってしまって口当たりが悪くなる(気がする)ので、ここはゆっくりと混ぜる。日本の伝統料理、卵かけご飯と同じだ。あまり勢いよく混ぜると、米粒たちは遠心力に乗ってお茶碗から飛び出してしまうから、僕らは古来より慎重を期してきた。その技術を使う時が、今、来たのだ。

そんな気持ちで全体が混ざったら、ここで火をつける。そして引き続き混ぜ続けると、液体が半固体に凝固してくる。目で見るより、かき混ぜる手に集中すると、少し手応えが出てくる瞬間がある。それが合図だ。

ここで、僕らはパスタを皿にあげてもいいし、あげなくてもいい。もう少し固くと思うならギリギリを攻めても構わない自由は担保されているのだから。ただ、もし君がその固さを好まないのならば、方法はある。一度火を止めてフライパンを熱するのをやめて、茹で汁を入れ直すことで、凝固をプロセスをリセットすることもできるのだ。ただ、これもあまり繰り返しすぎると、茹で汁の塩分を常に追加し続ける羽目になるので注意して欲しい。脂肪やコレステロールは味に関係ないが、塩分過多は許されない。食えたものではない。

そうして良い塩梅になったら皿にあげる。私は少しソースにゆとりがある方が好きだが、これはゆとり教育の弊害かもしれないので、その辺りはお好みで。もちろん最後にブラックペッパーをかけ直すのを忘れないで欲しい。煮詰めて火の入ったスパイスはエッヂに欠けるので、やはりフレッシュなスパイスが欲しい。黄色に黒も映えるから、皿の余白にまで入念に散らしたら、カルボナーラがあなたを待っている。

近くから
少し遠くから



【あとがき】
本当は食レポまで書こうと思ったんだけど、文字数多いのと、「こんなん誰が読むん?」と自問自答し出したのでやめる。そういうのはレオンさんとか、浮世さんとかが信じられないくらい美味しそうにやってくれてるので、是非そちらで堪能して欲しい。なんであんなに美味しそうに書けるんだろうね。

お腹減ったね。

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はやぶさ
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