あなたがあなたでいることが何より尊い【短編小説】
「しんどい」
と私がそう彼に告げた時、
「別に誰に何と言われたって生きているってのはそれだけで尊いことだよ」
と言ってくれた。
先輩に愚痴を言われて苦しくなった。言われたことができない自分を、私自身がで追い詰めていくことに、少し嫌気がさしていたのもあるかもしれない。
「生きていることが尊い」というのは彼の決まり文句だった。
生まれてから、あまり人から認めてこられなかった私は、その言葉が私に向けられているという事実が何よりも嬉しかった。いつも「ありがとう」と言うと彼が笑ってくれることが、私の何よりの支えだった。
けど彼から向けられるその言葉が嬉しかったのは、初めの頃だけだった。
彼の気持ちは嬉しかった。あなたは私を必死に励まそうとしていることが。そのこと、私も心の中ではわかっていたけれど、その時の私は、それでも、満たされなかった。
不思議だった、前まで満たされていた言葉に自分が満足しなくなっていたことが。決まり文句みたいに彼が言ってくれたことが心に響かなくなっている自分がいた。
「生きているのが尊い」多分それはとても大切なことで、彼もそれをそうやって思ってくれているのだと思う。でもその時の私は「生きていることが尊いことか」なんてどうでもいいことだと思っていた。
私が求めていたのは私を認めてくれる言葉だった。最初の頃は彼がくれたその言葉は私に対する言葉だと思っていた。けど彼のその口癖は、私だけのものではなく、困っている誰にでも向けられるものだと後から気づいた。
そうやって気がついてから、私には彼の言葉が響かなくなった。自分勝手だとは思っている。それでも私には、響かなかったんだ。
私が求めていた言葉は、
「あなたがあなたでいてくれることが尊い」
という意味だったのに。
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