Motty

自然風景を対象に写真作品を作っています。

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自然風景を対象に写真作品を作っています。

最近の記事

めがね

このごろ、私はよくメンタルが悪くなってしまいます。 そんな時に決まって観る映画がありまして。救われる映画がありまして。お察しの通り、この文章もしんどい今、その映画を観た直後に書いてるわけです。時折目から流れ出る何かも拭かず、夢中でキーボード叩いております。 「ここはね、携帯電話が通じないの。」 その映画とは「めがね」という作品。 とある南の島に、一人の女性がトランクケース一つでやって来るところから物語が始まります。その女性は「ハマダ」という名前の小さな宿に滞在。先ほどのセ

    • 集落を歩く #日本の自然風景を求めて

      人間の生活と切り離せない、自然以前の記事で、高木正勝さんの音楽について触れた。 彼の音楽を聴いて、 「人間の生活は自然とともに存在してきた」ことに気づいた。 アルプスの急峻な山々や、緑にあふれた森だけが "自然" ではないのだ。 人間の営みをも含め、すべて "自然"。 私が写真で表現したかったのは、これだったのだと。 日本ならではの自然風景を求めて自然と人間の生活が近いところ… 「山あいにある農村に行ってみたい」 直感的にそう思った。 偶然にも、山梨に集落巡りを趣

      • 音楽のチカラ、写真のチカラ

        音楽が羨ましい写真表現をやっていると、 音楽の表現力には敵わないなと思わされることがしばしばある。 音楽*は、音色だけで何かを表現している。 鑑賞者は音を聴き、 頭の中でさまざまな情景を思い描くことができる。 鑑賞者自身の感情や生い立ちなど、 あらゆる要素が重なり、その人ならではの解釈となる。 音楽をやっていない私だが、 これは難易度が高い作業なのだろうと思う。 対して、写真はビジュアルで表現する。 表現したいことが目に見えてわかりやすいからこそ、 油断すると

        • 自然と対峙する

          朝の散歩会社を休職してしばらく経つ。 家に閉じこもっていてはダメだと、 時々、朝に散歩をするようになった。 ゆっくりと、川沿いを歩く。 会社を休まなければ、絶対に歩くことのなかった道。 サラリーマンの大群が次々と押し寄せてくる。 目を合わせたくない。視線は自然と川の方へ向く。 朝の太陽に照らされ、草たちは悠々と生きていた。 昼間の明るさが嫌いだった自分と真逆に見える。 草たちは電車に乗って通勤などしない。 ノルマもないし、面倒な人間関係も存在しない。 ただひたすら

          暗闇を泳ぐ。

          適応障害を診断された。 原因は仕事だった。 会社では期待されていた。 期待され、気づけば多くの仕事を抱えていた。 土日もパソコンと睨めっこ。120時間のサービス残業。 あれ以上頑張れなかった。今になって気づく。 会社を休んで2ヶ月が経とうとしている。 2023年の夏。ぽっかりと空いた穴。 優しい、夜昼間が嫌いになった。 窓から見える通行人、バス。 自分とは真逆に、"正しく"動いている社会。 現実を突きつけるかの様に、憂鬱が窓をすり抜けてやってくる。 カーテンは唯一

          暗闇を泳ぐ。