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居場所って。

どうも、地方底辺大学生のもつです。

場づくりに奔走する人を見ていて、僕ってなんだろうな(?)って思ったのでnoteを書いてます。

反省、反省。

僕も一時期、自分の居場所がなくて悩んでいたことがあります。

でもそれって誰かに誘われることを待つみたいで嫌だなと思ったり。小学生の頃に通っていたピアノ教室の先生が宗教にのめり込んでいく姿を見て、すがるしかなくなっていく姿を見て、居場所がなくなった先に拠り所としてあるのが偶像崇拝や宗教なのかなと漠然と思ったり(すごい偏見)。

でも、子どもながらにすがるなら僕にすがっていればいいのにって思ったわけです。僕だってお話聞けるし先生のことちゃんと褒めてあげられるのにって。多分そういうことではないんですけど笑

他にも色々あって、そのうち、僕が誰かの居場所になれたらいいなと思い始めました。相手に向ける言葉や気遣い、自分に向けられる色んな感情と現実、それらを少しづつ嚙み砕いて、自分の中にインストールしていくのを意識的にやるようにしてました。要は、ひたすら反省の繰り返しです。僕って基本スペックがめちゃくちゃぽんこつなので。

僕こそが君の居場所、とは言えないけど。

ここ最近の、僕にとっての居場所の考え方(?)って、自分の余白に誰かが入れる隙間を作るってことなんだと思います。

優先順位は特になくて、常に自分と相手の一対一という認識で生きてます。向き合うってそういうことだと思っています。自分が誰かの居場所になるって思ったら、変えるのは自分だけで、周りを巻きこむ必要がないんです。

僕はみんなが思ってるよりも全然いい人ではないけど、このnoteを読んでる人にとって僕がいい人だったらいいなぁと思っています。ひとつの居場所として捉えてくれていたらもっと嬉しいです。なんちって。

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