見出し画像

日常の中に非日常が少しあるだけ。

日常と非日常との禅問答的な日記です。

新型コロナウィルスが世界中で猛威を奮っていて、日本でも感染拡大を防ぐために外出自粛モードが日に日に強まってきています。
学校も休み、会社もテレワーク。
「家から出ずに人との接触を控えましょう」という対策。
自宅に引きこもる、ということが人間生活にとっていかに非日常か。

フリーランスの自分は、自宅で仕事をしているので、今は自宅に引きこもることに慣れています。でも気持ちは分かります。私も昔は会社員だったので、フリーランスになりたての頃はずっと自宅にいることが出来ませんでした。喫茶店やファミレスに行ったり、プロダクションの端っこで作業させてもらったり、一日中自宅にいることにソワソワイライラしてました。自宅での仕事に慣れたのは、それから5年ぐらいかかりました。
ですので、自宅に一日中いることがいかに辛く非日常か、は分かります。

9年前、巨大地震が起きて巨大津波によって東北の太平洋側沿岸は壊滅状態になりました。
その日その瞬間に、非日常が始まったのです。徐々にではありません。突発的に非日常となったのです。そして、生きる時間と共に、その非日常が日常になっていきました。でもその日常は元々あった日常ではありません。
また、原発事故の影響で自宅に帰れない方々は、まだ非日常、なのかもしれません。

それに比べたら、、、比べるというのもオカシイですが、すいません。
いまの新型コロナウィルスの状況は「日常の中に徐々に浸食してきた非日常」という感じがします。今の自宅待機、外出自粛、その非日常を6週間我慢すれば、もしかしたら、元の日常に戻れるかもしれません。
我慢です。
元の日常を取り戻すために、今は感染を拡大させないためにジッと我慢、という非日常を体験してみるのです。

いいなと思ったら応援しよう!