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わたしの文化

こんにちは。
かもノすの塩田素也です。

この記事は、わたし言動の背景にある人生の断片をおおよそ年代順に並べ、いわゆる自己紹介のかわりとしたものです。その意図は「あとがき」に書きました。くだらない自分語りといえばそれまでですが、お付き合い頂けたらこれ幸い。

なお唐突に挿入される商品リンクも「わたしの文化」を反映したものです。

埼玉生まれ、長野育ち

埼玉にいたのは2歳頃まで。土地勘があるのは長野だけど、埼玉は里帰りなどの楽しい記憶も多く、愛着は半々。どこが地元ともいえない根無草的な感覚もある。どちらも山と田畑と猫に囲まれた田舎の暮らし。街で暮らした経験はない。

教養の源泉

家のテレビはなぜかNHKしか映らず、ほぼ図書館にある本しか読んでこなかったため、日本の主要なマンガ・アニメ・芸能人などにはいまだに疎い。子供時代の愛読雑誌は「子供の科学」である。母が若いころ知る人ぞ知る伝統芸能「江戸糸操り人形」の劇団に所属していたため、そうした舞台を観た記憶も何度か。フランス語や英語が妙に達者な父と、ロックやジャズが好きな母の影響で、洋楽や洋画など外国の文化も身近にあった。

大人と仕事とお金と

物心ついたときから両親は自営業。いまでこそパン屋に落ち着いているけれど、初期は「つくったものをなんでも売る」という節操のない露天商。親しい大人も農家から宗教家まで、多種多様な自由業者ばかり。経済的に豊かではなかったはずだけど、とくべつ貧乏でつらい記憶もない。でも客観的にみたらやっぱり貧乏?いまだに仕事やお金の基準が偏っている気がする。

アバウト・タイムっぽい

知るかぎり自分の育った環境にいちばん近いと感じたのが、映画「アバウト・タイム」の主人公の家。細部は違うけど家族のキャラクターとか家庭の空気感のわかりみが深い。ちなみにタイムトラベルも試したことはあります。

祖父はキリスト伝道者

すこし時代を遡って、父方の祖父についても。時代的に珍しいキリスト教徒なうえに「無教会」という日本独自の方法で活動していたらしい。生まれるまえに亡くなっているし、自分は信徒ではないけれど、無意識のうちに受けた影響が大きい気がしている。以下はそんな祖父の手記をもとに書かれた本。主題は中勘助という文筆家の話だけど、祖父の人となりも見えてくる、個人的に貴重な一冊。

国会に通う小学生

自営業のゆるさを利用して、フリースタイルな社会運動を展開していた両親。それに振り回された部分もあるけれど、半分は学校に行くより楽しいという理由であちこちついて行っていた。当時はまだ注目されていなかった原発の問題について、妙に詳しくなったりした。これまでの大人とはまったく別の「大人」にたくさん出会い、社会や政治との付き合いかたの基礎ができた。ある法案の可決が迫る議会で傍聴にいったとき、賛成と反対のそれぞれの議員さんが「自分の想いを子供にも伝えておきたい」と挨拶しにきたことがある。いまもそんなことを思い出す。

はじめてのMacintosh

中学生の頃。Appleの歴史でいえば、すでにMac OS Xへの移行が進んで、iPodの全盛期だった時代。わるい大人から「Performa」という太古のMacintoshを譲り受けたために、妙に古くさいApple教の知識を刷り込まれてしまう。もちろんOS 9。新年の挨拶をしてくれる律儀なやつ。ネットの世界への進出もここから。

中学を卒業して専門学校へ

いわゆる高校時代は、長野県内の専門学校で家具製作の基礎を学んだ。本当は高卒でないと入れないはずだけど、ゆるゆるの私立だからか「研修生」という立場でほかの生徒とおなじ授業を受けられた。同級生はみんな年上。ここでクラフトを中心にアートやデザインの素養をひと通り身につけられたのが、いまに生きている。なお学校はゆるゆるすぎて?卒業と同時に事実上の廃校となる。

作家からの脱線

卒業後しばらくは、家具製作の技術を生かした仕事を細々と続けた。いわゆる「木工作家」のような状態。しかし3.11などをきっかけに「社会」への意識が強まるにつれ、自分の目的は作家になることなのか?という疑問が大きくなっていく。その違和感が後に「かもノす」の原動力となる。

マッチングアプリに手を出す

上記と並行して、人生をともに歩む人の存在を漠然と考えるようになる。そんなとき音楽家として好きだった星野源が出ているというだけの理由でなんとなく観はじめた「逃げ恥」にまんまと乗せられ、勢いでマッチングアプリに登録。条件がニッチすぎてまったくマッチングが成立しないなか、最初にして唯一の返事をくれたのがいまのパートナーだった。これは惚気なのか…?

そんなこんなで、いまに至る。

あとがき

他者との交流のなかで「うまく噛み合わないな…」とか「なにか勘違いされているぞ…」と感じることがある。そういうすれ違いの要因を探ると、言動の背後にある経験の蓄積が相手に理解されていないときに起こりやすいのだと気づく。

いわゆる「文化がちがーう!(ヒストリエ ©︎ 岩明均)」という状況だ。

あらかじめ「わたしの文化」を共有しておけば、すれ違いは減らせるだろう。

でもそれは、いわゆる自己紹介では足りない。性格や職業などの属性だけでは、表面的な結果の説明にしかならない(それも必要だけど)。その背後にある文化まで理解してもらうには「なぜいまここに私はいるのか」というレベルの、人生のプロセスそのものを語る必要があるだろう。

片手で数えるほどではあるけれど、外国の知人と交流した経験を思い返すと、彼らはみな訊ねもしないのに生い立ちや過去の経験について話してくれた。向こうがそんな感じだから、こちらも自然に自分の話をする。そうして信頼できる相手だとわかると家に招いて、また頼んでもいないのに家族の紹介や部屋の案内をしてくれたりした。あれがまさに「わたしの文化」の共有だったと思う。

日本は全体としてみると文化の共通項が多い国かもしれない。とはいえ個々の「わたしの文化」をみていけば、完全に理解しあえる人なんていないだろう。しかもあらゆる物事の流動性が高まる時代、おなじ国に住んでおなじ言語をしゃべるというだけで共有できることは、ますます減るばかりではないだろうか。

人の多様性とは理想ではなく、もともと存在する現実だ。

わたしはその現実に目を向け、隣の誰かの文化をよりよく理解していきたいと思う。それでまずは自分から「わたしの文化」を共有してみることにした。

あなたの文化はどんなですか?

最初の写真は子供の頃からみてきたパン酵母の泡

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塩田素也|かもすハウス
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