恐れと踊る 社交場で
(投げ銭形式で全文公開しています)
人が行き交う、眠らない街 渋谷。
招待制の音声配信アプリClubhouseをダウンロードした翌日、
僕はコロナウイルスが流行する前の騒がしいスクランブル交差点を
横切り、行きつけのバーに向かっているような錯覚を覚えた。
起業家やクリエイターっぽい人たちがそこかしこでガヤガヤしていて、
常に精神的なプッシュ通知がピコピコ飛び交う感じ。
僕にとってのClubhouseの感触は、渋谷と恵比寿の間の
シェアハウスに住んで、仕事と酒に明け暮れていた時代への既視感だった。
押し寄せる熱狂
Twitterを眺めていると、1月中下旬頃から「#Clubhouse」が
トレンド入りするようになった。
最初のうちはさして気にならなかったけれど、そのうち招待枠に
群がる熱狂的なツイートにある種の恐ろしさを感じて、
「一体何が起きているんだろう」と思い、起業家の仲間に招待してもらって
Clubhouseのドアを押し開けた。
今回は、この新しく出来た社交場をうろうろしてみて、そこにいる人たちと
言葉を交わしたり、場を観察してみて気づいたことを記録に残すことにします。
Clubhouseとは何者か
Clubhouseに向かう少し前に、このサービスは一体全体何者なのかが
気になって、ForbesやBloomberg、Techcrunch等の英語媒体の記事を
ざっと読んだところ、だいたい次のような事実がわかってきました。
2020年3月にサービス開始。同5月には、テストユーザー5,000人以下の
状態で、シリコンバレーのベンチャー投資家 Andreessen Horowitz氏から
1億ドルの評価を受け、1,000万ドルを資金調達。その後、スタートアップ
界隈だけではなくセレブや政界につながるユーザーを獲得し、2021年1月に
週間アクティブユーザー数が200万人に到達。
起業家支援を生業にする立場からすると、サービスインから1年経たない
時点でここまで資本を集められた背景と、起業家やセレブリティなど、
影響力あるユーザーを獲得出来た理由が気になりました。
古き良きインターネットへの郷愁
初期ユーザーであるクリエイティブ・クラスがこぞってClubhouseに登録し、発信やネットワーキングに勤しむ理由は「古き良きインターネットへの郷愁」ではないでしょうか。
2000年代のTwitterには、今よりも遥かに登録者が少ないかわりに、価値ある情報
を140文字で発信でき、ネットリテラシーも高いユーザーが集まっていました。
安全で良質な情報が流れるインターネットの中では、クリエイティブ・クラスたちは
安易なジャッジによる誹謗中傷やヘイトを恐れることなく、新しい知恵や
ネットワークを積極的に醸成していました。
Clubhouseは、インターネット上で影響力の高い層へ、かつてのTwitterのように良質なひとと情報が自由に、対等につながっていける
体験を今一度提案しているように見えました。
「安全な場」と「秘密の匂い」
黎明期のSNSの有り難みを享受した、30-40代のクリエイティブクラス。
その人たちが安心して発信やネットワーキングを行えるインターネット上の社交場を
つくるのがClubhouseの仕事だとすると、招待制かつ音声配信のログが残らない設計は、
非常に合点が行きます。
社交場を運営する側としては、特別感のある情報を発信出来る人たちに優先招待チケットを
配り、まずはそこかしこでセレブやリーダーが最先端の業界話やよもやま話が行っている状況
を作ります。起業家のまわりには起業家が、アーティストのまわりにはアーティストがいるもの
ですから、まずは影響力のある「会話をつくる人」たちが常連として足繁く通い始めます。
やがて、招待によってお客さんが増える過程で、少しずつ「会話をうけとる人」の数が増えて
いきます。相対的に感度の高いこの人たちは、「クリエイティブクラスのここでしか聴けない
秘密の話」の匂いを嗅いで、この価値のある(ありそうな)体験に自分も乗り遅れまいと
参加するようになります。
恐れと承認のプラットフォーム
しかし、会話をつくる人にしても受け取る人にしても、また新しいアプリを
インストールするのは、正直めんどくさいはずです。
このめんどくささの壁を越えさせる「決定力」は、一体何なのでしょうか。
(事実、私もFacebookアカウントと連携させて数タッチではじめられる設計でなかったら、
途中で離脱していたと思います。笑)
その答えは、恐れです。自分だけ友だちが持つ招待枠に選ばれていないかも知れない。自分も選ばれたい。
数量限定の招待制という設定は、わたしたちの生存・承認欲求を見事にえぐりながら、
インターネット上のバズになっていきました。
そして、アプリを使いはじめると、著名人や業界リーダーの裏話が聴けるかも知れない可能性を
探して、または仲間が集まっていないか気にかけて、時間を溶かすお客さんが続出するのです。
これは、人間心理としての「大事な何かを逃してしまう恐れ(Fear Of Missing Out)」を
的確に理解し、招待制と時間同期性を重視する運用(音声のアーカイブが残らない)によって、
つながりに取り残され、機会を逃するかも知れない恐れでユーザーを動かしていく仕組みです。
社交場で酒を飲んでみてわかったこと
さて、Clubhouseのはしっこで酒を呑みながら人間観察をしていて、ヒトは結局、
自分が生み出したサービスに踊らされるかも知れない紙一重で生きてるんだなあと思いました。
マルクスも資本論の中で、資本主義においては人間は自らが生み出した商品によって
行動が規定されると指摘していたけれど(どのページのどんな文脈だったかはごめん
忘れた、けどevernoteに記録しているから調べられる)、現代のわたしたちも、気づいたら自分たちが作った
サービスに行動や習慣が影響を受けているのは実はよくあることでしょう。
気づけばSNSのフィードだけで誰かのことを価値判断したり(深く話を聴くことも
なく)、気に入られたい業界の有力者の投稿に反射的にいいねを押したりリツイート
する(内容を自分の頭で吟味することなく)のは、日常茶飯事じゃないでしょうか。
この社交場でも、「凄い人(どのへんが?)」の「ここでしか聴けない話(なんだってそ
うでしょ)」を聴けるかも知れない、何なら自分も登壇出来るかもと思って長い時間
座席を温めて、何かを学んだり達成した気になってしまう怖さを感じました。
この社交場は、近い将来、壇上に登って発信する人に対してチップを渡したり、
月額制の会員の密談部屋なんかが始まるんだろうなと思う。投資家からお金を集めておいて、
僕らは無料で集まってお酒を呑んで喋って(酒代は私達もちだけれど)、未来永劫無料
な訳がない。
そうなったら、「凄いひとたちの仲間に入って、凄いことを学んでいる感覚」を求めて
お金を払う人たちが、この社交場の財務上のエンジンになるんでしょう。
結局、人間は否定されたくないし、褒められたい。それだけ。
サービスやプラットフォームが人間の行動をあっという間に変えてしまう世界で自分を
生きるには、自分のどんな欲求が操られそうになっているのかを自分で気づくのが
非常に大切だけれど、それが実は難しい。
社交場 Clubhouseの可能性
ここまで敢えて斜に構えてみたけれど、もちろん可能性についても記録しておきます。
僕にとってこの社交場の活かし方は、気心の知れた友人や仲間たち(とそのまた友人くらいの)
規模感で、敢えて話題も目標も決めずにホームパーティ的に雑談を楽しむ形だと思った。
ある夜、スナック川端亭と称してRoomを立ち上げてみました。
するとお互い親になってなかなか会えなくなった古い仲間や昔住んでいた街でよく飲んだ友人
と、偶然その日その時間にオンラインだったおかげであれこれ雑談と、ほんの少し、
仕事の意見交換や相談が出来ました。
特にパンデミックのなかで子どもを育てる世代にとって、対面で人と会うことや、何らかの約束
をすること自体、相当ハードルが高いです。だから、アプリを何回かタップするだけで
肩肘張らずに世の中とつながれたのは非常に有り難かった。(かつて渋谷の街に飲みに
出かけて人とのつながりを深めた時のような体験が、自宅にいながら出来る感じでしょうか。)
この社交場の(自分にとっての)ほんとうの価値は、日程調整や会場決め、イベント集客や
感染症対策をしなくても、だれかと言葉を交わせること。
文字よりも少し気持ちを乗せやすい音声で。
そしてログが独り歩きしない安全さの中で。
大事なことは、サービスに踊らされず、自分で付き合い方を決めること。
よく設計されたサービスであればあるほど、それはわたしたちの根源的な欲求を突いてくる。
気づいたら時間を溶かしていたり、フォロワーの数が気になってしまうのはひとのサガだけど、
サービスの思想や狙いをよく理解して、わたしたちの暮らしを豊かにしてくれる活かし方が
あるなら使えばいいし、それが見当たらなければ使わなければいい。
皆さんは、自分の意志でこの社交場を使うとしたら、どんな風に使っていきたいですか?
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