
WSBK 2025開幕戦フィリップアイランド・前編
2025年のWSBK開幕戦が終了しました。直前に行われた公式テストから日曜のレース2までをドゥカティが圧倒しており、何かと考えさせられる開幕戦でした。
ブレガ、フィリップアイランドを「完全制覇」
今回、ドゥカティのニッコロ・ブレガが3レース全てを勝利、自身初のハットトリックを決めましたが、ブレガは3つのレース全てを制しただけではありません。フィリップアイランドでは開幕に先立ちレースウィークの月曜と火曜に2日間の公式テストが行われましたが、ブレガはこのテストの4つのセッション全てで1番時計を記録、レースウィークに入ってからも金曜のFP1・FP2、土曜のFP3、スーパーポール(予選)、レース1、日曜のウォームアップ、スーパーポールレース、そしてレース2、全てのセッションを制しています。まさに完全制覇でした。これほどまでの圧勝劇はちょっと記憶にありません。
開幕戦は「ドゥカティカップ」
開幕戦を制したのはブレガだけではなく、メーカーとしてのドゥカティにも言えることで、むしろブレガのハットトリック以上にドゥカティが上位を独占したことが印象的でした。レース1こそトプラク・ラズガットリオグルが2位に食い込みましたが、SPレースとレース2ではドゥカティが表彰台を独占、のみならずSPレースは上位5位、レース2に至っては6位までを占め、Top10に7名が入賞しています。表彰台独占を逃したレース1も3位から6位までをドゥカティが占めています。ドゥカティのライダーが全8名であることを考えると、これはあまりにも圧倒的、支配的だと言わざるを得ないでしょう。ラズガットリオグルは開幕戦をドゥカティカップだと批判、この状況が続くようなら参戦を続けるつもりはない、とまで言っています。
ドゥカティ・覆った事前の予想
開幕までは今年から導入された新たな性能調整手段、燃料流量制限はドゥカティに大きな影響を与えるのではないかと言われていました。グリッド上で最も高回転型のエンジンを搭載するパニガーレV4Rはそれだけ多くの燃料を消費していたのではないかと考えるのはある意味当然なのですが、蓋を開けてみればこの燃料流量制限の影響が最も少なかったのはドゥカティだったのではないでしょうか。
燃料流量制限の導入に合わせて昨年まで適用されていたレブリミット規制は撤廃されており、今年は各メーカーが各々の裁量で自主的にレブリミットを適用しています。そして、今年ドゥカティがパニガーレV4Rに設定しているレブリミットはなんと16,400rpmなのだそうです。これは昨年まで適用されていた16,100rpmよりも300rpm、パニガーレV4Rがデビューした2019年の第3戦まで適用されていた16,350rpmよりも50rpm高いものです。つまり、ドゥカティは過去最も高いレブリミットを適用しているのです。
エンジンをより高回転まで回せば同じ時間においてそれだけ多くの回数燃焼するので燃費に良いはずがないのですが、これができるということはパニガーレV4Rのエンジンは一般に思われていたよりもずっと燃費が良く、昨年まではむしろドゥカティに有利と言われていたレブリミット規制によって本来の性能を抑制されていたのかもしれません。市販車のパニガーレV4Rに設定されているレブリミットはこれよりさらに100rpm高い16,500rpmなので、まだ伸び代がありそうです。もしレブリミットや燃料流量の制限なしにこのエンジンをチューニングした場合、一体どれだけの性能を発揮するのか、非常に興味深い物があります。また、ドゥカティは昨年コンセッションポイントを最も多く獲得したメーカーだったのでオフシーズンにカムシャフトをアップデートすることは許されておらず、今年も昨年までと同じカムシャフトを使用しています。肝心のカムシャフトを変更できないのはこの燃料流量制限に対応する上で大きな足枷になるのではないかと予想しましたが、開幕戦を見る限りそれすらも全くものともしていない印象があります。元々希薄燃焼でも十分な性能を発揮でき、信頼性も確保できるエンジンだったということでしょう。これに加え、電子制御についても希薄燃焼によって損なわれる扱いやすさを補うだけの高度な制御ができているのかもしれません。これらはおそらくMotoGPからの技術移転の賜物なのでしょう。ラズガットリオグルは、ドゥカティは自分たちよりもコーナー出口で遥かに早くスロットルを開けて信じられないような加速をすると述べているので、エンジン、電子制御、車体、全てが極めて高いレベルで仕上がっていることが伺えます。
これに加えて総勢8台という参戦台数の多さもドゥカティの支配を強める要因だったと考えられます。昨年のMotoGPをドゥカティが席巻したのは記憶に新しいところですが、これを支えていたのも参戦台数の多さです。ドゥカティは全てのチームで走行データを共有しているそうで、当然ブレガのデータもドゥカティを使用する全てのチームが見ることが出来ます。これによってワークスのみならず、プライベーターのセッティングの助けになり、ドゥカティ勢全体の底上げにつながったのでしょう。
BMW・牙を抜かれたチャンピオンマシン
ディフェンディングチャンピオンであるラズガットリオグルはレース1こそ2位表彰台を獲得しましたが、日曜のスーパーポールレースでは1周目の4コーナーで止まりきれずコースアウト、復帰するも12位でノーポイント(SPレースのポイントは9位まで)、レース2もタイヤ交換のためのピットイン前後でトラブルが発生していたらしく、ピットアウト後わずか1周でまたピットに戻りリタイヤしてしまうのですが、その途中2023年ポルティマオレース2のクールダウンラップのように怒りに任せてスクリーンを叩き割ってしまいました。まさに憤懣やる方なしといった感じで、ラズガットリオグルはレース後メディアへの取材対応すらしなかったそうです。こうなったのも、例のスーパーコンセッションフレームが使えなくなったたせいだとラズガットリオグルは考えているようです。ラズガットリオグルは新しいフレームはグリップが無くまるで氷の上を走っているようだった、昨年と同じフレーム(スーパーコンセッションフレーム)が使えればブレガと戦えるかもしれないが、このフレームでは戦いようがないと述べていました。結局、2025年ベースの新フレームがテスト不足だったことがここへ来て露呈した格好です。マイケル・ファン・デル・マークも昨年終盤のような速さは無く、レース1は転倒リタイヤ、SPレースとレース2は共に14位と低迷しています。
ラズガットリオグルは今はともかくテストが必要だとも言っています。第2戦ポルティマオに先立って同じポルティマオで3月中旬に行われる公式テストがおこなわれますが、BMWに限らずこのテストを最大限活用する必要があるでしょう。そこで改めて新フレームのセットアップを進め、ドゥカティ勢に対抗できる速さを見つけなければなりません。
ヤマハ・逆境のスタートから予想外の健闘
ドゥカティが支配した開幕戦で予想外に健闘したのはヤマハだったと言えるのではないでしょうか。ヤマハは昨年の成績不振によりスーパーコンセッションの対象メーカーで、今年はこれを利用してエンジンのパワーアップを図ってくるものと見られていましたが、この新エンジンは開幕戦には間に合っていません。また、昨年過去最悪のシーズンに終わったジョナサン・レイは心機一転、クルーチーフを交代させこれまでのテストは比較的好調でしたが、公式テストでハイサイド転倒、運悪く落下してきた車体が直撃し左足を複数骨折、欠場を余儀なくされています。新エンジンは間に合わず、ワークスの一角を欠いた状態で迎えた開幕戦でしたが、全てのレースでアンドレア・ロカテッリが国産勢では最高位でフィニッシュしています。ロカテッリ本人はこの結果に不満があるようですが、事前の状況と他社の成績を見る限りこれは大健闘と言ってもよいのではないでしょうか。
ただ、不安要素はもちろんあります。レイの怪我は思ったよりも長引くようで、第2戦ポルティマオも欠場が確定しており、第3戦アッセンでの復帰を危ぶむ声もあります。ヤマハはレイの代役として、今年からMotoGPのテストライダーとして契約しているアウグスト・フェルナンデスの起用を発表、フェルナンデスは3月中旬にポルティマオで行われる公式テストからレイの代役を務めます。もう一つ不安なのはレース1でGRTヤマハのレミー・ガードナーのエンジンがブロー、今年使用可能な6基のエンジンのうち1基がすでに失われたことです。前述の通り、ヤマハは新エンジンの投入を予定していますが、このエンジン喪失により新エンジンの導入スケジュールにも悪影響が出るかもしれません。ガードナーはレース2でも高速コーナーである1コーナーでかなり派手な転倒を喫しています。この転倒により2基目のエンジンにもダメージが無ければよいのですが。
BbK・膨れ上がった期待と現実とのギャップ
ヘレスやポルティマオで行われたオフシーズンのテストでは好調を維持していたビモータbyカワサキは開幕戦でも表彰台登壇への期待が高まっていましたが、結果はSPレースでのロウズの7位が最高位でドゥカティ相手には全く勝負にならず、正直なところ期待外れだったと言えるでしょう。二人共全てのレースをTop10圏内で終えているのでそこまで悪くはないとも言えるのですが。ただ、これはBbK以外のメーカーについても言えることですが、前述の通りフィリップアイランドは全ての開催地の中で最もタイヤに厳しいサーキットです。KB998がSC1リアタイヤを装着して走行したのは公式テストが初めてだったそうですが、このタイヤは欧州のサーキットでは殆ど使われることはありません。ヘレスとポルティマオの事前テストでは好調だったので、本領を発揮するのは欧州に戦場が移る次戦以降でしょう。
一つ気になったのが、最高速が遅かったことです。同じエンジンを積むカワサキのガーロフよりも数km/hは遅かったのですが、見た所Kb998のアッパーカウルはかなり幅広で大柄に見えます。また、装備されている可変ウイングレットはまだ動作させていないそうなので、空力の影響が大きいのかもしれません。
開幕したばかりで気の早い話なのですが、オフシーズンテストのパドックではKB998は早ければ来年にもエンジンが新しくなるという噂が立っていたそうです。具体的にどのようなものかは全くわからないのですが、このような話が出てくるということは改造範囲内で行われるアップデートではなく、ベースとなる市販車のエンジンが新しくなると見るべきでしょう。さすがに完全新設計になるとは考えにくいのですが、シリンダーヘッドのアップデートはあるかもしれません。これとは別にKB998はまだEURO5+規制をクリアできておらず、対応するのは来年以降という話もあります。なのでこの噂はEURO5+規制対応とリンクしているかもしれません。
ホンダ・最大の敵は怪我?
ホンダは昨年後半頃から大きく改善が進み、終盤にはカワサキやヤマハよりも良い成績を上げることもありました。ホンダとしては今年のさらなる飛躍につなげたかったでしょう。ですが、開幕戦ではワイルドカード参戦の長島哲太によるレース1、チャビ・ヴィエルゲによるSPレースとレース2の11位が最高成績とシングルフィニッシュに届かず、良い結果にはつながっていません。何よりも痛いのはイケル・レクオナの怪我による欠場でしょう。レクオナは土曜のスーパーポール(予選)で転倒、左足の中足骨を骨折したため以後欠場となってしまいました。レクオナは昨年最終戦でヴィエルゲと接触転倒、この時負った怪我のためポストシーズンテストを欠場、さらにトレーニング中にも怪我をしてしまい年明け最初のテストも欠場しています。昨年末以来レクオナはずっと怪我に付きまとわれている印象しかありません。
SPレースではヴィエルゲが無責任な走行としてロングラップペナルティを課せられましたが、これはどうやら運営側がガーロフを巻き込んで転倒した長島と見間違えたためだったようです。長島には改めてレース2でペナルティが課せられたので、ビエルゲは冤罪で課せられたペナルティを無駄に消化したことになります。これについては運営側の猛省を促したいところです。
ホンダは今年からサスペンションの銘柄をショーワからオーリンズに変更しています。開幕戦で成績が振るわなかったのにはこのオーリンズサスペンションへの変更とテストでは使用していなかったタイヤとの組み合わせのデータ不足によるものだったと考えられます。ホンダは2021年まではオーリンズを使用していましたが、この3年間で車両も2回モデルチェンジしており、オーリンズも改良されているでしょうから当時のデータはあまり役に立たなかったのかもしれません。
サスペンション銘柄が変更されたのはワークスのHRCだけで、MIEは今年もショーワのサスペンションを使用しています。昨年後半からはHRCの協力が得られるようになったという話があったように記憶していますが、開幕戦を見る限りではそれも失われてしまったのではないかと疑いたくなります。また、ザクワン・ザイディ選手が予選落ちしてしまったというのは非常に残念です。ザイディはビザの発行が遅れたため年明けのテストに参加できず、公式テストが初めての走行でした。ところがこの公式テストでも到着の遅れで初日は参加できず、2日目も1周目に転倒、以後全く周回しておらず、金曜のFP1が実質的な初乗りだったようです。これでは予選落ちしてしまうのもやむなしではないでしょうか。ザイディへのビザの発行が遅れたのはライダーラインナップの決定が遅れたためと言われていますが、ホンダがザイディの起用を発表したのは1月10日、年明け最初のテストは1月22日と23日なので10日以上の余裕があります。マレーシア政府のビザ発行がどれだけの日数を要するのかわからないのでなんとも言えませんが、ヘレスのテストに間に合わなくても翌週のポルティマオテストまでには発表から2週間以上の余裕があり、公式テストまでは実に1ヶ月以上の余裕があったはずです。いくらなんでもビザの発行に1ヶ月も掛からないでしょうから、公式テストにまで間に合わなかったのは何か手続き上の不手際があったのではないかと疑いたくなってしまいます。
カワサキ・1台体制の不利
新たなカワサキのワークスチームとなったプセッティレーシング改めカワサキワールドSBKチームにとって、開幕戦は極めて不本意なものだったでしょう。欧州で行われたオフシーズンのテストでは唯一のライダーであるギャレット・ガーロフが好走しており、昨年の開幕戦はSPレースとレース2をカワサキのアレックス・ロウズが勝利していたのでチームとしても期待は並々ならぬ物があったはずです。しかし、レース1はトラブルによりリタイヤ、SPレースは長島にぶつけられて転倒と踏んだり蹴ったりで、レース2でようやく13位完走、獲得したチャンピオンシップポイントはわずか3にとどまり、オフシーズンテストでの快走からは期待外れな結果に終わりました。前述の通り、開幕戦の行われるフィリップアイランドは極めて特異なサーキットであり、公式テストの行われた月曜・火曜に比べ週末は温度が大幅に上昇、この環境の変化への対応はすべてのチームにとって困難なものだったでしょう。この環境の変化に対してワークスチームとは言えまだ成りたてで、1台体制では収集できるデータも限られます。今回ドゥカティが全メーカー中この環境の変化に最も上手く対応できたのは総勢8台という台数から得られるデータの多さによるものもあったでしょう。なので1台体制というのは圧倒的に不利と言わざるを得ません。レース1のトラブルやSPレースでのもらい事故によるリタイヤも2台体制であったならばノーポイントは回避できていたかもしれません。
プセッティ代表は、来年からは2台体制に移行したいと述べていますが、そのためにも来年このパッケージでレースをしたいとライダーに思わせるだけの成績を残す必要があります。厳しい状況ですが、プレシーズンテストの内容を見る限りその可能性は決して低くないと思います。
以下、後編に続きます。
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