ホンダがMotoGP用にV3エンジン?
フランスのモータースポーツニュースサイト、Paddock-GPが2027年からの新レギュレーションで行われるMotoGPに向けてV型3気筒エンジンの採用を検討しているという記事を公開しています。今回はこの記事を検証したいと思います。
最初に結論から言ってしまうと、これはガセネタです。残念ながら実現の可能性はありません。
2027年以降3気筒はレギュレーション違反
ホンダにはV型3気筒の市販車発売の噂もあり、市販車用のエンジンであれば研究開発していてもおかしくはありませんが、2027年以降のMotoGP参戦を前提として検討しているというのははっきり言ってありえません。理由は極めて単純で、レギュレーション違反になるからです。以下はFIMが6月に出した2027年からの新レギュレーションに関するリリースの抜粋です。
”Engines will remain 4-stroke only, with 4 cylinders.”「エンジンは4ストロークのみで、4気筒とする。」と書かれているので4気筒以外のエンジン形式では参戦できません。Paddock-GPの記事には、”Ces règles prévoient un maximum de quatre cylindres, mais ne précisent pas de minimum.”、とあります。Google Chromeの自動翻訳では「これらの規則では最大 4 つのシリンダーが規定されていますが、最小値は指定されていません。」となりますが、上記の通り、これ自体が誤りなのです。
現行レギュレーションなら違反ではないが、勝ち目が無い
これが現行のレギュレーションであれば「最大4気筒」なので3気筒エンジンで参戦してもレギュレーション違反にはなりません。恐らくPaddock-GPの記事を書いた人は気筒数についてのレギュレーションが変更されることを認識していなかったのでしょう。とはいえ、現行レギュレーションにおいても、4気筒以外を選択しているメーカーはありません。はっきり言って3気筒以下では勝負にならないのです。
以下は現行のレギュレーションの該当部分です。
”maximum 4 cylinders”、最大4気筒なので3気筒を選択する事もできますが、最大ボアが81mmに制限されています。そして、この最大ボアは気筒数に関わらずこの値が適用されます。従って、4気筒だろうと3気筒だろうと2気筒だろうと、全てボアは81mm以下で作らなければなりません。排気量1000ccでボア81mmのエンジンを作る場合、ストロークは4気筒が最も短い48.5mmで、気筒数が少なくなれば、その分ストロークが長くなり、3気筒は4気筒より約1.33倍の64.7mm、2気筒は4気筒の2倍の97mmになってしまいます。この時点で4気筒以外の選択肢が無い事に気づかれる方もおられるのではないでしょうか。
一般にレシプロエンジンは気筒数が多ければ多いほど高回転化に有利とされていますが、それは往復運動する部品、ピストンやコンロッドが小さく軽くなるので同一回転数での負荷を小さくできる事と、ストローク量が小さくなるので同一回転数でのピストンスピードを抑制できるためです。また、同一気筒数同一排気量で高回転化するにはボアを大きく、その分ストロークを短くしてピストンスピードをなるべく小さくする事になります。少ない気筒数でより高回転化を目指すのであれば、ピストンスピードを抑えるためにより多い気筒数のエンジンと同等か、それ以上にストロークを短くしてその分ボアを大きくする、さらなるビッグボア・ショートストロークにする必要があるのですが、気筒数に関わらずボアの最大値が同じではそれができません。気筒数が少なくなるほど極端なロングストロークを強いられ、高回転化に不利なエンジンになってしまいます。
わざわざ非力なエンジンを作るのか
ストロークが大きくなれば同一回転数でピストンが往復する速度、即ちピストンスピードもそれに比例して大きくなっていまいます。現在の4気筒車両は19,000rpmまで回していると言われていますが、ストロークは48.5mmなのでこの時のピストンスピードは30.72m/sです。ピストンスピードは一般に25m/sが限界と言われているのでかなり無理をしている事が伺える数字です。現在のMotoGPエンジンの回転数はピストンスピードによって制限されているのでこれ以上のピストンスピードでエンジンを回すのは難しいのですが、3気筒ではストロークが64.7mmになるので、これを19,000rpmまで回そうものならピストンスピードは40.98m/sに達してしまいます。実際にはもっと低い回転数で壊れてしまいここまで回す事はできないでしょう。4気筒が19,000rpmで回っている時と同じピストンスピードなら3気筒では14,250rpmにしかなりません。エンジン出力はトルクと回転数の積であり、同じ排気量なら1回転当りのトルクにそう大きな違いは無いので単純計算で4気筒の75%程度の出力しか出せない事になります。実際にはもう少し出せるかもしれませんが、これでは4気筒に太刀打ちできるはずがありません。
990cc時代はアプリリアのように3気筒を選択するメーカーもありましたが、これは当時のレギュレーションに最大ボアの制限が無く、3気筒が4気筒よりも最低重量が軽かったためです。ですが、今のレギュレーションにはそのような規定はありません。なので現行のMotoGPレギュレーションでは最大気筒数である4気筒より少ない気筒数を選択してもデメリットしか無いのです。
なお、990cc当時のアプリリアの参戦車両RS CUBEのボア✕ストロークは92mm✕48.49mmで、ストロークは現在の1000ccMotoGPの4気筒エンジンとほぼ同じです。
4気筒に制限されるのは無意味な選択肢の削除
2027年以降のレギュレーションが仮に気筒数が最大4気筒であっても、気筒数に関係無く一律の最大ボア(75mm)が決められているので3気筒にするのが無意味なことに変わりはありません。前述のように、現行レギュレーションでは4気筒以外の気筒数を選択することが事実上無意味になっているので、2027年からの新レギュレーションでは4気筒に限定されたのでしょう。ただ、これではMotoGP車両が画一的になってしまうのではっきり言って面白くありません。
画一化へ向かうMotoGPマシン
今現在、すでにエンジンの形式は唯一ヤマハが採用する直列4気筒(直4)とそれ以外の4社が採用する90度V型4気筒(V4)の2種類に集約されています。そして、最近になってヤマハがV4への転向を検討している事が明らかになっています。現時点ではV4への転向ありきではなく、V4車両を実際に作った上で直4とV4、それぞれの長所短所を見極めてから転向するかしないかを決めるようですが、このままヤマハがV4に転向してしまえばMotoGPは全車V4になってしまいます。KTMは逆に直4への転向を検討しているという話もありますが、最近になって欧州メーカー勢が揃って参戦コストの縮小に向かっているという話も出ているので可能性は低いでしょう。一時期盛り上がっていたBMW参戦の噂もモータースポーツ活動予算縮小により立ち消えになりそうです。
個人的にはこのようにエンジン形式が画一化してしまうのは面白く無いのでホンダがV3エンジンに挑戦するのであればできることならやってほしいのですが、残念な事にレギュレーションがこれを許してくれません。レギュレーションが車両の多様性を奪っているのは残念に思います。
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