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WSBKポルティマオ

 WSBKポルティマオ大会が終了しました。またしてもと言うべきか、トプラク・ラズガットリオグルが3レース全てを勝利、チャンピオンシップのリードをさらに広げています。SPレースでの勝利はWSBKの最多連勝新記録の12連勝、レース2ではさらにこれを13に伸ばしており、この記録が一体どこまで伸びるのかも興味深いところです。

 今回、ラズガットリオグルは前戦までに比べ余裕が無いようにも見え、フリー走行では一番時計を逃しており、3レース共比較的接戦のレースでした。特にレース2は序盤にストレートでアレックス・ロウズを抜く際に左のウイングレットが接触、破損してしまい残りの周回を片翼状態で戦わねばならなくなり、これが最終コーナーを困難にさせていたようです。実際、中盤以降はドゥカティワークスの二人の方がペースが良く、16周目までに背後に迫っていたアルバロ・バウティスタにあと僅かの慎重さがあって転倒を回避していたなら、あるいはラズガットリオグルの連勝にストップが掛かっていたかもしれません。バウティスタに代わって猛追したニッコロ・ブレガもインフルエンザに罹患していたこともあってか決め手を欠いており、ラズガットリオグルの背後に迫りながらも抜くことはできませんでした。

 ラズガットリオグルは昨年、ここポルティマオでのレース2はバウティスタとの一騎打ちでコーナー毎に順位を入れ替える程の大接戦を繰り広げましたが、ヤマハとドゥカティのパワー差は如何ともし難く、最終コーナーの立ち上がり加速の差で敗れ去りました。ラズガットリオグルはチェッカーを受けた後、怒りの余りスクリーンを叩き割っていましたが、普段あまり感情を顕にしないラズガットリオグルがあのような行動に出るというのはよほど悔しかったのでしょう。あの敗北はヤマハの非力さ故のもので、エンジンの出力差はライダーのテクニックだけでは補いきれないもだったのでしょう。今年は昨年と違い、エンジン出力ではドゥカティとほぼ互角なBMWでラズガットリオグルは過去に無い圧倒的なシーズンを送っています。パワーさえ互角ならば後はテクニックでどうにでもなる、といったところでしょうか。

タイトルの趨勢はすでに決した?

 ラズガットリオグルはこれでアッセンレース2から数えて13連勝、チャンピオンシップポイントを365に伸ばし、ランキング2位のブレガとのポイント差は92に開きました。WSBKのポイントシステムでは、1大会3レース全て勝利すると62pt、全て2位なら49ptなので、残り5大会全てのレースをブレガが優勝できたとしてもラズガットリオグルが全て2位になれば逆転はできません。つまり、ランキング2位のブレガ以降のライダーはすでに「自力優勝」の可能性が無くなっているのです。3位のバウティスタとの差は142ptに開いており、もはやラズガットリオグルのタイトル獲得は既定路線で誰がタイトルを獲るのかではなく、誰がラズガットリオグルの連勝記録を止めるのかに話題が移ってしまった感すらあります。

誰(何)がラズガットリオグルを止めるのか

 現在のラズガットリオグルに他のライダーが勝利するイメージがなかなか沸かないのですが、一点、ラズガットリオグル自身がどうする事もできずに連勝記録が止まる可能性があります。ラズガットリオグルは開幕戦フィリップアイランドのレース2でエンジンブロー、リタイヤしていますが、トラブルによるリタイヤはライダーの技量ではどうにもできないものです。これに関連してエンジンの残数にも不安があります。WSBKは1年間に開催数の1/2(端数切り上げ)のエンジンを使用することができます。今年は全12戦なので6基ですが、ラズガットリオグルは開幕戦のレース2で1基失っているので11戦を5基で戦わなければならない事になります。さらにポルティマオでは午後のフリー走行をトラブルのため残り10分ほどで切り上げていますが、その際マフラーからは薄っすらと白煙が出ていました。もしエンジンが壊れたのであれば、開幕戦に続く2基目であり、残るシーズンに影響しかねないものです。未確認情報なのですが、現時点で未使用のエンジンは1基のみ、残りのエンジンもすでにある程度の距離を走っていると言われており、事実なら残り15レースを乗り切るにはあまりにも心許無い状況です。もし7基目のエンジンを使わなければならなくなった場合、ペナルティにより次のレース1及びレース2(SPレースはペナルティ対象外)、2つのレースで最後尾グリッドスタート、さらに2回のロングラップペナルティが課せられます。いかにラズガットリオグルといえどこのペナルティを覆して勝利することはできないでしょう。

 ただ、タイトルが決まった後なら7基目のエンジンを投入しても何ら問題はありません。最終戦以前にタイトルが決まるのは第11戦エストリル終了時なら2位との差が62pt、第10戦アラゴン終了時なら124pt、第9戦クレモナ終了時なら186pt以上開いている必要があります。現在の2位ブレガとの差は92ptなので、第9戦クレモナはさすがに無理でも第10戦アラゴンの終了までにはタイトルが決まる可能性は十分にあるでしょう。なので、ラズガットリオグルは次戦マニクールからの3大会までを残り少ないエンジンで乗り切れさえすれば、エンジン使用数の問題は無視できるとも言えます。

 今回、BMW勢はマイケル・V.D.マークとギャレット・ガーロフが共に1大会での今季自己最多ポイントを獲得しており、表彰台まで後1歩に迫っていました。ラズガットリオグル以外のライダーも成績が上向いているので、今季のマニュファクチャラーズタイトルもBMWの初戴冠となるかもしれません。

ポルティマオ終了時のコンセッション情報

 ポルティマオ終了後のコンセッション情報は以下の通りです。ドゥカティとBMWはすでに対象から外れています。

Pirelli Portuguese Round, 9-11 August 2024 Results Race 2

カワサキは新しいスーパーコンセッションパーツを導入

 今回からカワサキが新しいスーパーコンセッションパーツを導入しています。ただ、これが具体的にどのようなものであるのかはわかりません。スーパーコンセッションパーツがどのような物であるのかは公表されないので、昨年ホンダが導入していたフレームのように外観に変化が表れるような物でもない限り、第三者がそれが何なのかを知ることはできないのです。ただ、レースの映像やリザルトを見る限り、エンジンのパワーアップを目的とした物では無い様です。

 レースではアレックス・ロウズが日曜のレースで共に3位表彰台に立つなど、開幕戦、ドニントンに次ぐ好成績を残しており、マニュファクチャラーズランキングはヤマハを抜いて3位に浮上しています。

ホンダの復調はコンセッションとは無関係

 ホンダは前戦モストでも一時はTop10圏内を二人共走っており、今回ポルティマオでもビエルゲがSPレースで7位、レース2で9位でした。レクオナは予選で転倒、最後尾グリッドスタートだったため今ひとつだったものの、成績が上昇傾向にあるように思えます。ただ、ホンダは今季まだ新たにコンセッションパーツおよびスーパーコンセッションパーツを導入していないので、この改善はコンセッションとは無関係の部品あるいはセッティングや電子制御の進展によるものと思われます。

ヤマハはパワーアップできるのか?

 ヤマハはまたしてもアップデートを見送ったようです。ヤマハは今回のレースを見ても明らかなように、ストレートスピードにはかなりのディスアドバンテージがあります。過去何度か述べてきた通り、ヤマハは昨年それなりに善戦していたのでオフシーズンのコンセッションパーツのアップデート権がありません。そのため、今年の新レギュレーションで可能になったクランクシャフトとバランスシャフトの大幅軽量化以外には昨年とほぼ同じ仕様のエンジンだと考えられます。レブリミットは昨年(開幕時)より250rpm増加していますが、カムシャフトのアップデートができなかったため、この増加分をパワーアップに結びつけることができていません。ですが、ヤマハは今季2回目と3回目のコンセッションチェックポイントでは2項目のコンセッションパーツのアップデートが行える状態が続いています。なのでレブリミットを更に250rpm追加してカムシャフトをアップデートすればエンジンのパワーアップを行う事ができるはずです。にも関わらず、ヤマハこれまでアップデートを見送っています。

 ヤマハがエンジンのアップデートを見送っている理由としては、エンジンの年間使用数制限の影響が考えられます。前述の通り、今年は年間6基のエンジンが使用可能ですが、もし使用可能数を超えてエンジンを使った場合はペナルティが課せられます。エンジンは封印されており、メンテナンスのためであっても封印が破られれば使用数はカウントされてしまうのでエンジンの仕様変更が可能な状態であってもむやみに行うことができず、現在使用中のエンジンのマイレージを使い切って新品のエンジンと入れ替えるタイミングで行う必要があり、このタイミングと合わなかったのかもしれません。

 もう一つ考えられるのが、すでにエンジンの機械的な限界に達しており、現在の改造範囲ではこれ以上のパワーアップができない可能性です。今季、ヤマハ勢は開幕戦でロカテッリのエンジンが壊れたのを始め、過去にないペースでエンジンが壊れています。特にエガーターはすでに2基失っており、今回もガードナーのエンジンが派手に白煙を上げていました。同一仕様の車両を使用するワークスとGRTの4人のうち、エンジンが壊れていないのはジョナサン・レイだけではないでしょうか。

 昨年、ヤマハはコンセッションによって第8戦モストからレブリミットを250rpm追加、当初この追加分のレブリミットは一部のギアでのみ使用されていましたが、その理由としてヤマハのレーシングディレクターのアンドレア・ドソリは耐久性試験の不足を、ワークスチームの監督であるポール・デニングはエンジンの部品の耐久力の限界のためだと述べていました。

 この事からも、現在適用されている15,200rpmというレブリミットは限界に近いと考えられます。ちなみに、ヤマハのレース用キットパーツのマニュアルでは、SBK/JSBでのレブリミットは14,750rpmと定められており、WSBK車両の15,200rpmはこれを450rpm上回っています。

YZF-R1 KIT MANUAL 2020

 前述の記事(motorspors-total.com)の中でデニングは、価格の安い車両の改造範囲がエンジンの内部パーツにまで拡大されればより攻撃的なカムプロファイルが使用でき、260psの出力を発揮する他社車両に追いつくことが可能だと述べています。これは具体的にはピストンやコンロッドの変更を指していると思われ、当時まだ策定途上だった今年のレギュレーションに反映される事に期待していたようですが、結局エンジンの改造範囲拡大はクランクシャフトとバランスシャフトの大幅な軽量化だけで、車両価格に応じた改造範囲の拡大は採用されませんでした。これが今のヤマハに影を落としていると考えられます。より軽量なコンロッドやピストンに変更することができれば、今よりもより高回転まで回せるようになり、出力も上乗せされるでしょう。

 ヤマハは公道モデルとしてのYZF-R1の販売を終了し、モデルチェンジの予定も無い事を公表しています。今後はサーキット専用として現行モデルを継続販売するようですが、最近になって来年何らかのアップデートが行われるのではないかという噂が出てきました。ただ、そのアップデート内容はエンジンではなく空力に関するもので、カウルにウイングが付くのではないかという話です。

 来年はレブリミット規制に替わって燃料流量規制が導入され、出力の優劣が戦力に反映されにくくなると言われていますが、最大の弱点であるエンジンが何も改良されないのであれば、来年も厳しい戦いを強いられるのではないでしょうか。

「カワサキ」参戦継続

 プセッティレーシングが2025年に現在KRTが使用しているワークスマシンを引き継ぎ、ライダーにギャレット・ガーロフを起用する事が発表されました。来年もグリッド上にライムグリーンの車両が並ぶ事になります。

 以前、カワサキのWSBK活動がBbKに全面移行するのであれば、モデルチェンジが行われていないZX-10RRの開発が継続されるとは考えにくく、現在のワークスチームであるKRTがBbKに移行するのだから、プセッティもサテライトチームとしてBbKの車両を走らせるか、そうでなければ他メーカーに鞍替えする事になるのではないかと予想しましたが、これは見事に外れ、プセッティはカワサキを継続することになりました。これはかなりの負担となるはずですが、カワサキとしては自社のスポーツモデルを象徴するNinjaブランドをWSBKの舞台でも維持し続けたいということのようです。リリースには、「ファクトリーNinja ZX-10RRレース資産の貸与」とあるので、実質的なワークスチームと言っても良いでしょう。来年のカワサキはKB5(仮称)を走らせるBbKRTとZX-10RRを走らせるプセッティ、エンジンが基本的に同じとは言え異なる2種類の車両を使用する2つのチーム両方にメーカーとしてワークスサポートをすることになるので、カワサキは思った以上にWSBKに注力するつもりなのかもしれません。ただ、残念ながらプセッティは来年も1台体制のようなので、不利な戦いを強いられるのではないでしょうか。

 プセッティレーシングは来年、SSPクラスを2台に増やし、車両は636ccの現行ZX-6Rになるようです。この636ccのZX-6R(便宜上、以後ZX-636Rと表記)は排気量が大きい分従来のZX-6Rより戦闘力があるように思えますが、未だにライドバイワイヤ化されておらず、セカンダリーインジェクターも無い等レース用としては微妙な点があります。ただ、現在のネクストジェネレーションと銘打たれたSSPにおいては、FIMが認めれば何でもありです。ZX-6Rも市販車はライドバイワイヤでは無く、レギュレーション上後付は認められていませんが、FIMはコンセッションパーツとして使用を認めているので、他社車両と戦えるようZX-636Rにも通常の改造範囲では認められていない改造が認められることになるでしょう。


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