
WSBK 2025開幕戦フィリップアイランド・後編
今年は2003年以来の「ドゥカティカップ」?
今回、SPレースで上位5位までを、レース2で6位までをドゥカティが占めたのは近年では非常に珍しいことです。ラズガットリオグルはこれではまるでドゥカティカップだと批判していますが、WSBKがドゥカティカップと揶揄されるほどドゥカティが支配的だったことは過去にもあり、その典型とも言える2003年シーズンは全12大会24レースを全てドゥカティが勝利しています。オッシャースレーベンレース1では上位7位までを独占、モンツァのレース1では3位にスズキが食い込んだので表彰台の独占こそ逃したものの、Top10のうち9台をドゥカティが占めていました。翌2004年にもオッシャースレーベンレース2、イモラレース2で上位5位までを、ミサノレース2で6位までを独占しています。
ただ、この2003年と2004年と今とでは状況があまりにも違いすぎます。2003年のWSBKは前年から始まったMotoGPの4ストローク化の影響を大きく受けており、ヤマハは2000年、ホンダとカワサキとアプリリアは2002年限りでMotoGP参戦に注力するためWSBKのワークス参戦を終了させていたので、この年ドゥカティに対抗できたメーカーはドゥカティ以外に唯一ワークス参戦を続けていたスズキだけでした。2004年シーズンはこの年から導入されたピレリタイヤワンメイクに国産4メーカーが猛反発しメーカーとしての参戦をボイコット、国産勢は欧州の現地法人が独自にプライベーターを支援する形で行われたこともあり、ワークス参戦はもちろん、本社のサポートも受けていません。合わせて国産勢やアプリリアの参戦台数減少を補う形でドゥカティのプライベーターがグリッドの半分かそれ以上を占めていたので今回とは条件が違いすぎます。
開幕戦の結果だけで一喜一憂すべきではないのですが、もし次戦以降も今回と同様、上位入賞者をドゥカティが占めるようであれば、これは極めて深刻な状況だと言えます。2003年や2004年当時とは異なり、今は参戦する全てのメーカーが公式のレース活動としてワークスチームを参戦させているのにこのような一方的なレースが続くのであれば、早晩撤退を決断するメーカーが現れかねません。
次戦以降勢力図に変化はあるのか?
今後の展望について好材料があるとすれば、フィリップアイランドというサーキットがWSBKのカレンダーの中では極めて特異なサーキットだということでしょう。フィリップアイランドは少数派の左回りで低速コーナーが極めて少ない中高速コーナー主体のレイアウトで、現在のWSBKが行われるサーキットでは最も平均速度の速いサーキットです。そのため路面のタイヤへの攻撃性も高いのですが、2024年の開幕前に行われた再舗装によりタイヤへの攻撃性はさらに高まり、2024年と今年のメインレースは安全性確保のため同一のタイヤを11周を超えて使用することが禁じられ、タイヤ交換を義務化して行われたほどです。ここまでタイヤに厳しい開催地は他にありません。今回ピレリが供給したタイヤもグリップよりも耐久性を重視して他の開催地よりも2段階は固目の組み合わせでした。今回ピレリが持ち込んだレース用のリアタイヤはSC1のデベロップメントが2種類と予選用のSC0でしたが、近年SC1は他のサーキットではほとんど使用されることがなく、SC0はむしろハード寄りのレース用タイヤとして使用されています。


近年のWSBKではリアのSC2・SC3は使われていない。
欧州のサーキットでは主にSCXが使われることが多く、SC0はアラゴンやポルティマオといった比較的タイヤに厳しいサーキットのレースに使用されています。オフシーズン中にヘレスとポルティマオでテストが行われましたが、これらのテストで主に使用されたタイヤもヘレスはSCX、ポルティマオはSC0でした。
次戦ポルティマオまでに5週間ありますが、それに先立ち2日間の公式テストがポルティマオで行われます。このテストでもまだドゥカティが支配的であれば、今シーズンはドゥカティがこのまま独走してしまうかもしれません。
BoP適用はほぼ既定路線
開幕戦を見る限り、メーカー間の戦力差はドゥカティが頭一つ二つ抜け出しており他社は昨年と似たりよったりといった印象があります。ドゥカティ以外はむしろ接近しているかもしれません。ドゥカティとそれ以外でこれだけ差があるので早くも第3戦以降、BoPによる燃料流量削減が適用される可能性が高まっています。今年シーズン中に適用されるBoPはコンセッションポイント差によるものと、ラップタイムの相対評価によるオーバーパフォーマンスペナルティの2つがありますが、両方のBoPが重複適用されることはなく、オーバーパフォーマンスペナルティが適用されていればコンセッションポイント差によるBoPは適用されません。
コンセッションポイントによるBoPは、2大会毎のコンセッションポイント獲得数首位のメーカーが2位のメーカーに12pt以上の差を付けると次戦から燃料流量が0.5kg/h削減されるというものです。開幕戦の3レースで各社が獲得したコンセッションポイントはドゥカティが全てのレースで優勝したので10+5+10=25pt、BMWがレース1の2位による8p、全3レース中5位以内に入賞したのはレース1のラズガットリオグルの2位を除けば全てドゥカティのライダーなので、残る4社は皆0ptです。開幕戦終了時点で1位のドゥカティに対し2位のBMWのコンセッションポイント差は17pt、残る4社は25pt差です。これらの差が次戦第2戦で11以下に短縮されなければドゥカティに対して0.5kg/hの燃料流量削減が適用されます。最も差が少ないBMWが大きく改善したとしても、ドゥカティを圧倒するほどになるとは考えにくく、BMWはグリッド上2台だけなので5位以内に入賞できるのはどうあがいても2名のライダーだけで、当然ながら今回のドゥカティのように1位から5位までを独占することはできません。仮にBMWが次戦までに大きく改善して第2戦のレースを全て勝利すると獲得できるコンセッションポイントは25ptですが、全て2位にドゥカティが入れば8+4+8=20pt、5ptしか差は縮まらずポイント差はちょうど12pt残ってしまいます。第2戦終了後BoPが適用される可能性は極めて高いと言えるでしょう。
オーバーパフォーマンスペナルティは「パフォーマンスカリキュレーター」によって2大会毎に全ライダーの予選と決勝の有意なラップタイムの平均とメーカー毎のラップタイムの平均を比較、全平均よりも一定以上速いメーカーに対してその速さに応じて燃料流量を削減するものです。もしコンセッションポイント差によるBoPが行われなくてもこちらの条件が成立すればこのオーバーパフォーマンスペナルティが適用されることになります。ただ、開幕戦のリザルトにはコンセッション情報が記載されていません。全てのライダーの全周回のラップタイムを集計するわけにもいかず、現状正確な計算方法もわからないのでこれの適用がどうなるかは次戦の結果が出るまで待ちたいと思います。
BoPは機能するのか?
前述の通り、第3戦以降ドゥカティに燃料流量削減が適用される可能性が高いのですが、この燃料流量制限によるBoPが有効に機能するのかどうかという点は疑問が残ります。今季開幕時の燃料流量は47kg/hと規定されていますが、この数値は「基準環境」におけるもので、この数値がそのまま適用されるのではなく実際の環境に応じて変動するようです。現時点では肝心の基準環境の気温、湿度、気圧の値は不明です。
実際に適用された燃料流量制限値
今回、公式テストの各セッションと燃料流量制限の対象となった、スーパーポール、レース1、スーパーポールレース、レース2で適用された燃料流量と各環境の値は以下の表のとおりです。

おそらく最も大きく影響している環境の要素は気温でしょう。全体的に見て気温が高いほど流量は少なく、低いほど多く調整されています。気温が上がれば空気の密度が下がり、容量当たりに含まれる酸素の量も減るため、燃料の噴射量が同じなら空燃比は濃くなります。逆に気温が下がれば空気の密度が上がり、容量当たりの酸素量も多くなるので燃料の噴射量が同じなら空燃比は薄くなります。同様に湿度や気圧によっても空燃比は影響を受けるので、この空燃比の変動を抑えようということでしょう。ただ、この環境による変動の幅はBoPによって適用される燃料流量削減の最大量である、2.0kg/hよりも大きく、公式テストからレース2の間で適用されていた燃料流量には実に4.1kg/hもの幅があります。これでは効果が現れるのかどうか疑問に思ってしまいます。もう一つわからないのが、BoPによって適用される削減量を適用してからその値に環境による調整をするのか、環境による調整をしてから削減量を適用するのか、という点です。妥当性が高いのは前者だと思いますが、現時点では開幕戦が終了したにも関わらず、FIMは一度は公開していた2025年レギュレーションを2月28日現在まだ再公開していないので確証がありません。
いずれにせよ、第3戦からドゥカティに燃料流量0.5kg/h減のBoPが適用される可能性は極めて高いのですが、これが実効性を伴うかどうかは別問題です。もしこの先ドゥカティに対してBoPの最大値である2.0kgの燃料流量削減を課せられてもなお、ドゥカティが圧倒的な速さを発揮するようであればもはや打つ手なしです。ドルナとFIMは昨シーズンを通して各社2台ずつの車両に燃料流量計を装着させデータを採取、今年からの燃料流量制限に備えていました。今年のレギュレーションはこのデータに基づいて決められているので、まさか実効性の無いBoPではないと思うのですが。
アンバランスには対症療法よりも原因解消を
今年のWSBKではBoPを適用する方法が複数用意されており、2大会毎に支配的なメーカーに対し燃料流量の削減が行われます。また、従来からあるコンセッションルールによって劣勢のメーカーにはより広範囲のアップデートが、さらにはスーパーコンセッションの対象になれば通常の改造範囲を超えた改造が認められます。ただ、これらは皆対症療法でしかありません。今年BoPを積極的に適用することが前提であるかのようなレギュレーションになったのは、むしろ最初から戦力の不均衡が生じていることを見越していたためのように思えます。はっきり言ってこれは良い方法とは思えません。
WSBKにBoPが導入されたのは2008年、2気筒車両の排気量を1200ccに拡大することが認められた際、かつて1000cc2気筒車両が750cc4気筒車両を圧倒したように、特定のコンセプトの車両が支配的になるのを抑制するためでした。ですが、現在グリッド上に並んでいる車両は全て1000cc4気筒です。同じコンセプトの車両であるにも関わらず、これだけの差が付いた原因を解消しなければ、今後も同じような問題を繰り返すでしょう。
今の状況は一昨年前、バウティスタが圧倒的だった2023年序盤の状況にも似ているのですが、深刻度は更に高いと言えます。この年の不均衡を受けてドルナとFIMはレギュレーションを変更し、その結果昨年はメーカー間の戦力差がかなり縮小していたように思えましたが、今年また、開幕戦のみとはいえ当時よりもさらに戦力格差が拡大しているように見えるのは、やはりレギュレーションの改定内容が戦力不均衡を解消するのに不十分だったからではないでしょうか。結果論ですが、昨年もシーズンを通してみれば最も優れていた車両はマニュファクチャラーズタイトルを獲得したドゥカティのパニガーレV4Rだったことは明らかです。ライダーズタイトルをラズガットリオグルが制する事ができたのは、パニガーレV4RとM1000RRとの戦力差がライダーのスキルによって逆転可能な範囲に収まっていたからでしょう。それも、M1000RRにはスーパーコンセッションによってフレームに通常の改造範囲を超えた改造を認めるという「下駄」を履かせた上でのものです。
進化し続けたタイヤと旧態然としたレギュレーション
今シーズン、BMWがモデルチェンジをしておきながらスーパーコンセッションパーツのフレームを継続使用するつもりだったのは虫が良すぎる話だとは思いますが、これも仕方のない話なのかもしれません。現在のWSBKは年々柔らかくなり続けるピレリタイヤへの適応が勝敗の鍵を握っています。
かつてジョナサン・レイはカワサキで6連覇しましたが、2018年までは最も柔らかいレースタイヤはSC0でした。2019年にスーパーポールレースと共にSCXタイヤが導入され、これがメインレースにも使われるようになっていくとレイとカワサキの支配も終焉へと向かいました。近年最も多く使われているSCXタイヤは剛性の低いフレームとの相性が良いと言われており、ZX-10RRのフレームはSC0との相性は良好だったものの、SCXには固すぎたのかもしれません。ホンダは結果にこそつながっていませんが、昨年行われたCBR1000RR-Rのモデルチェンジではピレリタイヤとの相性を改善すべくフレーム剛性を下げています。BMWが昨年使用したスーパーコンセッションフレームは市販車から数%の範囲で剛性を「最適化」したものだとBMWのテクニカルディレクター、マーク・ゴンショールは明らかにしています。今年モデルチェンジされたM1000RRのフレームも剛性を最適化しているという話ですが、開幕戦でのラズガットリオグルのインプレッションを見る限りスーパーコンセッションフレームの方がより柔軟で剛性の低いものだったと考えられます。
では、メーカーはもっと剛性を下げてモデルチェンジすれば良い、という話になるのですが、それができるかどうかは別問題です。公道を走る市販車である以上ある程度の頑丈さは必要で、立ち転け程度で大きなダメージを受けるようではユーザーにはなかなか受け入れがたい物があります。社内の品質や安全基準によってはそのような市販車を販売することを良しとしないメーカーもあるでしょう。
現在のWSBKレギュレーションではガゼットやプレートの溶接によって剛性を上げる改造はできますが、逆に切削したり穴を開けたりして剛性を下げる改造は禁止されています。唯一、スーパーコンセッションの対象になれば剛性を下げる改造もできるのですが、それができるのは一定以上成績が低迷したメーカーだけです。
フレームに対し剛性を上げる改造だけが認められていて剛性を下げる改造を全く認めない車体に関するレギュレーションは、10年以上前からずっと変わっていません。その間ピレリは新たにより柔らかいタイヤを導入し続けており、それによって車両に求められる剛性は変わっているのですから、レギュレーションもそれに合わせて変更されるべきでしょう。一定の歯止めを設けた上で剛性を下げる改造も認めるべきではないでしょうか。
アンバランスの原因
現在のコンセッションルールはあくまでも対症療法です。アンバランスが生じた際に、勝てないメーカーを救済し、支配的なメーカーの開発を制限するというのは一見筋が通っているようですが、これは事後的に結果の平等へ導こうというもので機会の平等ではありません。モータースポーツは興行である以前に競技なので、本来あるべきは機会の平等であって結果の平等ではないはずです。今のコンセッションルールは目の前にあるはずの機会の不平等から目を背け、結果の平等にばかり目を向けている極めて歪なルールに思えてなりません。
2022年まではグリッド上に並ぶ車両は全て同じ改造範囲でした。その結果、メーカー間の成績に格差が生じ、これを是正するためにスーパーコンセッションが導入されています。レギュレーションには「異なるコンセプトのモーターサイクルの性能を均等にするため……」という文言がありますが、結果的にこれが死文化しているといっても過言ではありません。本来考えるべきはアンバランスが生じたらどうするかよりも、アンバランスを生じさせないためにどうするか、です。
個人的にこのアンバランスを生じさせている最大の原因は、車両価格だと考えます。現在の車両レギュレーションでは最高価格は44,000ユーロですが、グリッド上で最も高価なパニガーレV4Rはこれとほぼ同じ価格です。一方、最も安価なのはYZF-R1でしょう。2025年型が欧州では公道用として販売されていないためか販売価格を見つけることができなかったのですが、レース仕様車の国内価格は244万2千円、これをユーロ換算すると約15,640ユーロ、さすがに欧州でこの価格とは考えにくいので北米価格(27,699ドル)からユーロ換算すると直近の為替では約26,600ユーロです。おそらくこちらの方が実際の価格に近いでしょう。このようにパニガーレV4RとYZF-R1では1.7倍近い価格差があるのです。
FIMの車両価格上限は2段階あり、SBKクラスの44,000ユーロの下にEWCのSSTクラスの価格上限として36,300ユーロが設定されています。今年グリッドに並ぶ車両の中で、この36,300ユーロを超えているのはドゥカティのパニガーレV4RとBbKのKB998リミニの2車種だけです。KB998の正式な販売価格はまだ公表されていませんが、FIMのホモロゲーション車両リストではSSTクラスは対象外なので、SSTクラスの上限価格を超えていると見て間違いないでしょう。価格上限を超えているため、この2車種はEWCのSSTクラスに参戦できません。残るBMW、ホンダ、カワサキ、ヤマハは皆SSTクラスの上限価格に収まっています。デビューレースだったKB998はともかく、今回パニガーレV4Rが上位を総なめにし、他のメーカーとの間に明らかな差を見せつけたことには、この車両価格の差が無関係だとは思えません。
2015年の大規模なレギュレーション改定で改造範囲は大幅に縮小され、ピストンやコンロッドといったエンジンの内部部品の変更はできなくなりましたが、パニガーレV4Rの価格が高価なのは、こういった今では交換が認められなくなった部品を市販車の時点で高性能な物にしているためです。一例を挙げると、2023年型パニガーレV4Rで新たに導入されたチタンコンロッドには大端部から小端部へガンドリル加工によってオイルラインが設けられています。これはMotoGPでは2006年にはすでに採用されていたものですが、市販車では初めての採用でした。このような部品が高価であることは想像に難くありません。
2014年まではこのような部品をアフターパーツとして導入することもできましたが、今のレギュレーションでは禁止されています。つまり今のレギュレーションでは車両の価格差によって生じている性能差を埋めることは不可能だということです。果たしてこれで機会の平等が保たれていると言えるでしょうか。成績が低迷してスーパーコンセッションの対象になればこのような部品も導入できるのでこの差を埋めることができますが、そのためには元から存在する不均衡を受け入れて敗北しなければならないのです。これをおかしいと思うのは私だけでしょうか?
車両価格に応じた改造範囲の適用を
車両価格と性能が比例しているのですから、車両価格に応じた改造範囲を設定すべきでしょう。車両価格が安い車両は改造範囲も広くするべきです。具体的には、SSTクラスの上限価格で線を引いて、それ未満の車両にはより改造範囲を広く設定する、あるいはSBKクラスの上限価格との差額に応じて安価な車両は広く、高価な車両は狭く、段階的に改造範囲を設定するといった方法が考えられます。もちろん、参戦コストの高騰を招きかねないので価格には上限を設ける必要はあるでしょう。
来年、2026年にドゥカティはパニガーレV4Rをフルモデルチェンジします。現行モデルからさらに改善されることは間違いないでしょうから、このまま何もしなければWSBKはさらなるドゥカティカップ化へと向かってしまうかもしれません。一ファンとしてはそうならないことを祈るばかりです。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご指摘、ご感想等ございましたらコメントをいただけると幸いです。