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国産メーカーはなぜMotoGPで低迷しているのか?前編

 MotoGPでは昨年来国産メーカーであるホンダとヤマハがかつて無い程に低迷しています。両社がかつての栄光が嘘のように低迷しているのはなぜなのでしょうか。今回は近年のMotoGPにおける国産メーカー、ホンダとヤマハの低迷について考察してみたいと思います。

 なお、これはあくまでも素人の考察です。的はずれなことを書いているかもしれないことを最初にお断りさせていただきます。


散々な結果に終わった地元GP

 先日モビリティリゾートもてぎで開催されたMotoGP日本ラウンドでは、土曜に行われたスプリント、日曜の決勝レース共にドゥカティが席巻、スプリントでは優勝したフランチェスコ・バニャイア以下表彰台を独占するのみならず7位までを、決勝レースではまたも優勝したバニャイアから5位までをドゥカティのライダーが占めています。両レース共に次点のメーカーはKTM、次いでアプリリアでした。国産メーカーはと言えば、スプリントの最上位は12位のヤマハでホンダは13位。決勝レースは11位にホンダ、12位がヤマハでした。この様に、自国GPでありながら国産メーカーは10位以内にすら入れていません。もてぎは屈指のストップアンドゴーレイアウトのサーキットで、特に加速と減速に長けた車両が強く、その優劣がそのままリザルトに反映される傾向の強いサーキットです。このリザルトは現在のMotoGPにおける、動力性能の勢力図だと言えるかもしれません。

 国産メーカーは今年、まだ1勝も挙げていないどころか、表彰台にも一度も立てておらず、シングルフィニッシュすら満足にできない状態です。国産メーカーは昨年も大きく低迷していた印象がありますが、それでもホンダ、ヤマハ共に複数回表彰台に登壇しており、ホンダはアメリカGPでアレックス・リンスが優勝、今となってはあまりにも貴重な1勝を挙げていました。

 昨年、国産勢はどん底に落ちた様に思えましたが、今年はどん底の底が抜けて更に1段も2段も落ちた感があります。低迷は今年になって更に深まっているのです。

ECUソフトウエア共通化は原因ではなく転換点?

 ホンダとヤマハはなぜここまで低迷しているのでしょうか?これについてよく、2016年のECUソフトウエア共通化がその原因だと言う声があります。このECUのソフトウエア共通化はメーカー間の戦力バランスを均一にさせる目的がありました。同時に当時低迷していたドゥカティを始めとする欧州メーカー、さらにはスズキを救済するためでもあるのですが、2011年から2015年までの5年間、優勝したのはホンダとヤマハの2社に限られており、電子制御が両社の強みと見られていたので今にしてみれば致し方ないことだったのでしょう。このECUソフトウエア共通化とともにワンメイクタイヤのサプライヤーがブリヂストンからミシュランに交代しましたが、結果として2016年以降ライダー間・メーカー間のタイム差は縮小され、ホンダとヤマハ以外のライダーも優勝できるようになっています。

 とはいえ、ECUのソフトウエアが共通化された2016年以降も2019年までホンダのマルク・マルケスがタイトルを連覇しており、2020年はスズキのジョアン・ミルが、2021年はヤマハのファビオ・クアルタラロがライダーズタイトルを獲得しているのでECUソフトウエア共通化が国産勢低迷の原因と言うのは辻褄が合いません。2016年以降ホンダ、ヤマハ以外のメーカーも勝てるようになったとは言え、これが直接の原因だったのであれば、2016年から即成績が下り坂になるはずですが、必ずしもそうはなっていないのです。そういう意味ではECUのソフトウエア共通化が直接の原因というのは無理があります。

 ただ、このECUのソフトウエア共通化は直接の原因ではなくても間接的な原因、その後の歴史の転換点だったと言えるのではないでしょうか。ECUソフトウエア共通化以後の開発方針の違いが今の国産勢の凋落へとつながっていると考えられるのです。

既存の物を伸ばすか?新しい物で補うか?

 ECUのソフトウエア共通化によってこれまで行えていた、事前にリアタイヤの空転を予測して空転が起きないように制御する予測型のトラクションコントロールが使えなくなりました。トラクションコントロールはリアタイヤの空転を検出してから事後的に制御を行う原始的なフィードバック型に退化してしまい、これまでのような緻密な制御はできなくなったのです。2011年には市販車でも予測型トラクションコントロールは採用されているので当時のECUの制御は市販車よりも劣っていたと言えるでしょう。トラクションコントロール以外にも電子制御は低機能・低性能になりました。ECUソフトウエアの共通化によってMotoGPの電子制御は7〜8年後退したと言われています。

 このECUの退化によって失われたものをどうやって補うかでドゥカティと国産勢は異なる判断をしています。国産勢はこれまでの範囲内、延長線上で車両の開発を続けますが、ドゥカティはこれまでのMotoGPには無かったものを取り入れて補おうとしたのです。この判断の違いが今のドゥカティとホンダ・ヤマハの差を生んだ最大の原因ではないかと考えます。

 なお、ECUのソフトウエアは参戦メーカー全会一致の合意があればアップデートされるので現在は2016年当時よりは高度な制御ができるようになっていると考えられます。

次々に新アイテムを投入するドゥカティ

 ドゥカティはECUのソフトウエアが共通化された2016年の開幕戦からウイングレットを装着していました。これは、前年までの独自ソフトでは抑える事ができていた加速時のウイリーが共通ソフトでは十分に抑制できなくなったため、電子制御以外の方法、ウイングレットの生み出すダウンフォースでウイリーを抑制しようという意図から導入されたものです。

 翌2017年には見た目も大きく変わり、昨年までは薄っぺらだったテールカウルが一転、縦長のいわゆる「サラダボックス」スタイルになりました。このテールカウルにはマスダンパーが内蔵されていると見られており、縦方向の振動を吸収させることでリアタイヤの接地感を高める効果を狙ったものだと言われています。これは2016年からそれまでのBSタイヤに代わって採用されたミシュランンタイヤの特性を活かすためと考えられます。

 その後、2019年にはフロントフォークを縮めた状態で固定させるホールショットデバイスと加速時にリアサスペンションを大きく沈み込ませる車高調整機構、ライドハイトデバイスの導入にも先鞭を付けています。それ以降も当初ウイリーの抑制目的だった空力パーツに関しても、コーナリングを安定させるための物をサイドカウルやテールカウルに装着するようになったのもドゥカティが先んじていました。これらの新アイテムは今のMotoGPでは勝敗を左右する物になっています。

甘く見ていた代償を今払わされている

 一方、国産各社はこうしたドゥカティが持ち込んだ新アイテムに対し当初はかなり懐疑的な目で見ていたそうです。それが効果的だとわかると後追いで採用しましたが、2022年頃までは開発には今ひとつ腰が引けており、低迷した2023年になってようやく本腰を入れてきた印象があります。一方、アプリリアやKTMは国産勢に比べ開発に注力するのが早かった様に思えます。現在、国産勢と欧州勢との差はこういった従来MotoGPには無かった新アイテムへの取り組みの差ではないかと考えます。

 エンジンや車体同様、空力やライドハイトデバイスなどの新アイテムも一朝一夕にその成果が現れるものではありません。ECUのソフトウエア共通化以後も暫くの間は国産勢はエンジンや車体に関してはまだドゥカティに対してアドバンテージがあったと思われ、当初はその差を全て埋めるほどではなかったのでしょう。この、国産勢に当初あったであろう既存技術のアドバンテージが空力等の開発をおろそかにさせてしまったのではないでしょうか。

 欧州勢が当初国産勢に劣っていたと思われていたエンジンや車体についても当然開発はされており、国産勢に引けを取らないものになったことで総合的な戦闘力で逆転するに至ったのではないかと考えます。

 クアルタラロは連覇の懸かっていた2022年、第10戦ドイツGPまでに3勝を挙げていますが、このドイツGPの勝利が2024年10月現在ヤマハにとって最後の優勝で、2022年シーズン後半以降、今に至るまで勝利から遠ざかっています。この2022年にフランチェスコ・バニャイアがドゥカティに15年振りのタイトルをもたらします。この2022年がドゥカティと国産メーカーとの戦力が明確に逆転した年だったのかもしれません。唯一、シーズン終盤に調子を伸ばしていたスズキもこの年を最後に撤退してしまいました。

コロナ禍の影響と「拙速は巧遅に如かず」

 新しいパーツを開発しても実戦での戦力になるまでにはテストを繰り返さなければなりません。この点において国内勢に大きな足枷となったのがコロナ禍だったのは想像に難くありません。開発拠点である日本と主戦場である欧州との行き来が制限されていたのは大いに開発の妨げになったでしょう。元々MotoGPの開催地の大半はヨーロッパが占めているので欧州メーカーの地理的な優位が更に高まることになりました。さらにコロナ禍が明けた後もロシアのウクライナ侵略により航空機がロシア上空を飛べなくなったことも少なからず影響しているでしょう。

 国産メーカーが新パーツを投入する際信頼性の検証に慎重になりすぎていることも開発速度の差として今の日欧メーカー間の格差として現れていると言われています。一方、ドゥカティを始め欧州メーカーは新アイテムの投入にはかなり積極的で、開発に制限の無いテールカウルのエアロパーツをサーキットに持ち込んだ3Dプリンタで作成し、レースウィーク中に新形状の物を投入するほどです。

 近年、ソフトウエア開発では「アジャイル型」というとにかく迅速に作って早くクライアントに使わせ問題点を改善するのを繰り返す開発手法が広く用いられていますが、欧州勢の開発はこのアジャイル型に近いものなのかもしれません。イーロン・マスクのスペースXが再利用型衛星打ち上げロケットを短期間で実用化しているのも、この手法により失敗を恐れずにとにかく作って飛ばす、失敗したら原因を突き止めて改善する、を繰り返して開発をしたからです。一方、国産勢は失敗を恐れ最初から結果を出そうと開発に時間を掛けすぎているのかもしれません。さらに実戦投入前の検証にも多くの時間を掛けています。これと前述の地理的な問題によって欧州勢との開発スピードに大きな差が付いてしまったのではないでしょうか。

 2024年からヤマハは開発拠点をヨーロッパに移しており、ホンダもついに2025年から開発拠点をヨーロッパに移すことを決めたようです。これで地理的な不利はある程度解消されるでしょう。


 最後までお読みいただきありがとうございます。後編ではヤマハとホンダ、各メーカー固有の問題について考察したいと思います。

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