WSBK クレモナ
WSBKのクレモナ大会が終了しました。今回はこのWSBKクレモナと、ヤマハがこのクレモナ大会より投入した新型YZF-R1を取り上げたいと思います。
ペトルッチ大躍進。ポイントリーダー交代ならず。
前戦マニクールの転倒で気胸と診断されたポイントリーダーのトプラク・ラズガットリオグルは回復が間に合わず、残念ながら欠場となってしまいました。このクレモナの3レースをランキング2位のニッコロ・ブレガが全て勝利すれば62ptを獲得、ランキングは55pt差を逆転し、7pt差でトップに躍り出る可能性もあったのですが、結果的にクレモナで3つのレース全てを制したのはダニロ・ペトルッチでした。ペトルッチはレース1の勝利がWSBK初勝利で、そのまま3レース全てを制してしまいました。WSBKの歴史上、プライベーターのトリプルウィンはこれが初のことです。
ドゥカティが圧倒
このレースウィークで印象的だったのは全てのレースを制したペトルッチを始め、ドゥカティが圧倒的に強かった事でしょう。スーパーポールレースこそカワサキのアレックス・ロウズが2位に食い込みましたが、それ以外の表彰台はすべてドゥカティが占めました。今回初開催のクレモナは非常にオーバーテイクのしにくいサーキットなので、ストレートスピードに長けるドゥカティがコースの特性に合っていたようです。
ブレガはレース1が2位、SPレースは4位、レース2は3位に終わり、3レースの合計獲得ポイントは42pt、ランキングは13pt差でまだラズガットリオグルがポイントリーダーの座にとどまっています。ラズガットリオグルは次戦アラゴンに回復が間に合わなければポイントリーダー陥落は確実でしょう。一方、前戦マニクールのSPレースで転倒、肋骨を骨折して参戦が危ぶまれたバウティスタでしたが、回復は順調だったようで無事参戦、レース1は3位、レース2は2位表彰台を獲得するなど好成績を残しました。ただ、チャンピオンシップを考えるとこの2レース共ラズガットリオグルとのタイトル争いの一番手であるブレガからポイントを奪ってしまったので悩ましいところです。ドゥカティはチームオーダーを出さないのがポリシーのようですが、今回の結果を首脳陣はどう考えているのでしょうか。もっとも、仮にこれが原因でブレガがタイトルに至らなかったとしてもあくまでもブレガの実力が足りなかっただけの話なのですが。
ホンダの好調が続く
前戦マニクールで好調だったホンダはここクレモナでも好調を維持しており、レース1でレクオナが今季ベストリザルトを更新。表彰台まで後1歩の4位に入賞しています。また、ワークスの二人が今回も3レース全てでポイントを獲得しました。クレモナでのマニュファクチャラーズポイントの合計獲得数(28)でもヤマハ(16)とBMW(23)を上回っています。2大会連続で好成績を残している事からもホンダの復調は本物だと言えるでしょう。
ヤマハはまたも苦戦
ホンダとは対象的に苦戦が続いているのがヤマハです。ジョナサン・レイは前戦の転倒での負傷が癒えず欠場、先日引退を表明したニッコロ・カネパの最後のレースとして代役を務めましたが3レース共ノーポイントでした。今回、欠場が続いているドミニク・エガーターの代役にEWCではカネパと同じYARTのチームメイトだったマービン・フリッツが参戦しましたが、こちらも3レース共ノーポイントと芳しい成績は残せていません。
全体を見るとヤマハは前戦に続き、マニュファクチャラーズランキングにおける3レースの獲得ポイントは全5社中最下位でした。ヤマハは今回から参戦車両が新型になり、ウイングレットが付きましたが、これが功を奏したようには思えません。この新型車両については後半で詳しく取り上げます。
BMWも苦戦。代役ライターバーガーの滅私奉公
エースライダーのラズガットリオグルを欠いたBMWはレース2でガーロフが4位に入賞したことを除けば低調で、大会中のマニュファクチャラーズランキングの獲得ポイントはホンダにも及ばず、5社中4位でした。BMWの今の地位はラズガットリオグルがいてこそのものだという事を思い知らされる事になったのではないでしょうか。このような時にブレガから少しでもポイントを奪えるライダーが不在だというのが今のBMW最大の弱点と言えるかもしれません。
今回、欠場したラズガットリオグルの代役でマーカス・ライターバーガーが参戦しましたが、BMWはライターバーガーにある任務を与えていました。これは、ラズガットリオグルの不安要素だったエンジンの残数問題を解決するためのものでした。今年は年間6基までエンジンを使ええるのですが、BMWはラズガットリオグルのエンジン残数に不安があるため、7基目のエンジンを投入することを決定しました。これは年間エンジン使用数に違反するのでペナルティの対象です。具体的なペナルティの内容は以下のとおりです。
ラズガットリオグルといえど、このペナルティを科せられては表彰台すら怪しいのではないでしょうか。BMWはラズガットリオグルが復帰後にこのペナルティを科されてレースをしないで済むように、今回のレースの前に7基目のエンジンを申請し、この違反に対するペナルティを代役参戦のライターバーガーに消化させました。代役参戦とはいえ、5年ぶりにWSBKを走る機会が得られたのにこのような残酷とも言える任務を与えられたライターバーガーには同情を禁じえません。ライターバーガーはこのペナルティを消化しながらもレース1を14位、レース2を15位とポイント圏内で完走しています。
Jスポーツの中継ではこのペナルティがレース2でも課せられていることに実況のアナウンサー・解説者共に疑問を抱いていましたが、上記のとおり、違反後のSPレースを除く2つのレースがペナルティの対象なので何らおかしな事はありません。このライターバーガーの献身によりラズガットリオグルは新品のエンジンを実質的なペナルティ無しで得る事になります。
ドゥカティに一矢報いたカワサキだが・・・
このレースウィークでドゥカティの表彰台完全独占を阻んだのはSPレースで2位表彰台を獲得したアレックス・ロウズでした。SPレースではドゥカティ勢がリアタイヤに最も柔らかいSCQを選択したのに対しロウズはライフを重視してやや固目のSCXを選択します。ロウズはレースの大半で4位を走行していましたが、終盤タイヤが消耗してペースを維持できなくなったイアンノーネとブレガをパスして2位表彰台を獲得しています。ただ、カワサキ全体を見るとあちらを立てればこちらが立たずとチグハグな印象が否めないレースウィークでした。レース1はバッサーニは今季ベストリザルトの5位に入賞しましたがラバトとロウズが転倒リタイヤ、レース2では逆にレース1でカワサキ唯一の完走者だったバッサーニが早々にリタイヤしています。
ロウズはここクレモナでランキング3位を争うバウティスタとのポイント差を逆転する可能性がありましたが、レース1の転倒もあって逆にポイント差は28pt差と大きく広がったのみならず、今回トリプルウィンを決めたペトルッチがわずか3pt差に迫っています。
クレモナレース2終了後のコンセッション情報
クレモナ大会終了後のコンセッション情報は以下のとおりです。
前回、マニクール終了時にヤマハがスーパーコンセッションパーツを獲得可能な状態になりましたが、スーパーコンセッションパーツは導入までに最短でも1ヶ月を要するので今回はスーパーコンセッションパーツを導入することはできません。なのでヤマハのスーパーコンセッションパーツは引き続き導入待ちの状況です。
ホンダがここ数戦好調で、ようやく改善が進んできたようですが、ホンダは開幕戦以来コンセッション及びスーパーコンセッションパーツの導入は行っていません。ここ最近の改善は車両のセッティングが進んだこととコンセッションに頼らない、通常のレギュレーションの範囲内で行える改造によるものということになります。
YZF-R1 Race
クレモナのレースウィークに先立ち、噂されていたYZF-R1の新型が発表されました。これが事実上のファイナルエディションなのでしょうか。ヤマハはすでにこの新型のホモロゲーションをFIMに申請、取得しており、WSBKの参戦車両をクレモナ大会よりこの新型に変更しています。
欧州向けはサーキット専用、北米向けには公道用の新型として発売
すでにヤマハはYZF-R1が欧州の排ガス規制、EURO5に対応する予定が無い事を公表しています。なので欧州向けには公道用保安部品の無いサーキット専用モデルとして、排ガス規制の緩い北米向けには公道モデルとして販売されます。
主な変更内容
カーボンファイバー製ウイングレットの追加
KYB製新型フロントフォーク
ブレンボ製ブレーキキャリパー・マスターシリンダー
シート座面材質変更
カウリングの形状そのものは変更されておらず、ウイングレットは現行モデルのカウリングに合わせて後付された物です。ヤマハのアクセサリーにも後付のウイングレットがありますが、それとは異なる形状なので新たに設計された物でしょう。
フロントフォークとブレーキシステムはEWCのSSTや全日本のST1000クラスでは改造が制限されている部品なので十分に意味のある変更ですが、WSBKでは元々変更が認められている部品なので影響はありません。WSBK参戦車両に影響するのは事実上このウイングレットの追加だけだと言っても過言ではありません。市販モデルにウイングレットが無い車両にはウイングレットの装着は認められません。
エンジン・フレームは変更無し
フレームとエンジンには変更はありません。もっとも、エンジンが変更されているのであればレギュレーションに抵触するためシーズン途中から走らせる事はできないのですが。とはいえ、定評のあるフレームはともかく、エンジンに何も手が入らなかったのは正直意外でした。現在のWSBKのグリッド上でYZF-R1は最もストレートスピードで不利を強いられており、エンジン出力が最大の弱点です。これを改善するためにカワサキのZX-10Rに対するZX-10RRのように、より軽量なピストンやコンロッドに変更してさらなる高出力化に対応できるようにするのではないかと予想しましたが、ヤマハはそれを行っていません。終息が決定している車種にこれ以上コストを掛ける事はできなかったのでしょうか。
パワーアップはコンセッションに頼るしか無い
エンジンが従来型と全く同じなので、WSBK参戦車両のパワーアップを図るにはコンセッションあるいはスーパーコンセッションを使用する他に方法はありません。ヤマハは第8戦マニクール終了時点でスーパーコンセッションパーツが獲得可能になっており、これを利用すればエンジンにレギュレーションで認められている範囲を超えた何らかのアップデートを行うことができます。ただ、前回述べた通り、スーパーコンセッションパーツは導入する1ヶ月前までにFIMに申請しなければなりません。マニクールのレース2は9月8日でしたから、1ヶ月後は10月8日、使用できるのはどんなに早くても10月11日に始まる第11戦エストリルです。これでは事前のテストも満足にはできないでしょうし、テスト日数6日追加の優遇もこのタイミングでは消化する事はできないでしょう。シーズンも終盤差し迫った残り2大会でその時点での未使用エンジンの残数などを考慮すると、シーズン中に導入するのは得策とは思えません。スーパーコンセッションパーツのFIMへの申請がその対象になる以前から行えるのであればもっと早く導入できるかもしれませんが、さすがにそんな都合の良い話では無いでしょう。なのでスーパーコンセッションパーツをエンジンのアップデートに使用するのであれば、今季ではなく来シーズン用のアップデートに使用するのではないかと考えられます。
異例のシーズン中の新型投入
なお、今回ヤマハがシーズン中に新型を投入できた事とコンセッションは関係ありません。単純に新型のホモロゲーションを取得できたのとシーズン中に参戦車両を変更してもレギュレーションに抵触しないものだったということでしょう。ちなみに、ホモロゲーション取得に必要な生産台数は申請時に125台、参戦初年の年末までに累計250台、2年目の年末までに累計500台です。ホモロゲーションは取得済みなのでヤマハはすでに125台を生産済みということになり、さらにすでに実戦投入済みなので今年の年末までにあと125台生産しなければなりません。ただ、前述の通り、変更点はあまり多くはなく、基本的な部分は変わっていないので生産済みの従来型車両の在庫を新型に置き換えることもできるでしょうからあまり問題にはならないと思われます。
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