スズキCNチャレンジとEWCエクスペリメンタルクラス
2024年3月22日、スズキが「スズキCNチャレンジ」と題して鈴鹿8時間耐久ロードレース(以下、鈴鹿8耐)に参戦することが発表されました。参戦クラスはエクスペリメンタルクラスで燃料にサステナブル燃料を、車体やタイヤに再生素材を使用するということです。「CN」は”Carbon Neutral”の略のようです。
今回は、EWCエクスペリメンタルクラスのレギュレーションからこのスズキCNチャレンジの車両がどのような車両なのか考察したいと思います。
レース活動存続へ起死回生の奇策?
2022年を最後にスズキがモータースポーツ活動を終了させたのは、サステナブル技術に社内リソースを再分配するためとされています。MotoGPのみならず、EWCからも撤退し、スズキはあらゆるモータースポーツ活動を辞めてしまったように思われましたが、まさかこのような形でモータースポーツに復帰してくるとは意外でした。サステナブル技術開発の一環としてならレース活動も許されたということでしょうか。スズキ社内ではすでにモータースポーツの関連部署は解散してしまっているそうですが、それでもなおスズキ社内にモータースポーツの火を灯し続けようという人々の執念を感じます。このような形であれ、スズキのモータースポーツ活動の命脈が保たれたことは喜ばしく思います。
6月4日・5日に行われた鈴鹿8耐の事前テストに、このスズキCNチャレンジの車両が姿を現しました。事前に公開されていた車両はヨシムラSERTのカラーリングの赤を青に、青を黄色にそれぞれ置き換えたカラーリングでしたが、テストに持ち込まれたのはヨシムラSERTそのままのカラーリングでアッパーカウルにはウイングレットが追加されていました。WSBKを始め、市販車改造車両のレースではベース車両のシルエットを変更することは許されないのでベース車両に装備されていないウイングレットを後から追加することはできません。EWC(世界耐久選手権)においても、ベースとなる市販車に無いウイングレットを追加すれば、以下の条文に抵触する恐れがあります。
ですが、スズキCNチャレンジはエクスペリメンタルクラスでの参戦です。エクスペリメンタルクラスにはこのような制約は無いのでレギュレーション違反にはなりません。
エクスペリメンタルクラスとは?
EWCには3つのクラスがあります。一つは最高峰クラスであるフォーミュラEWCクラス。これはWSBKやJSB1000に近い改造範囲で比較的大規模な改造が可能です。もう一つはSSTクラスでエンジンはほぼ無改造、車体も改造範囲が狭いクラスです。参戦コストを抑えられるので欧州で行われる大会ではSSTクラスの参戦が半数以上を占めています。残る一つがエクスペリメンタルクラスで、レギュレーションでは以下のように定義されています。
クラス名が示す通り、「実験」の要素の強い車両での参戦のためのクラスといったところでしょうか。やり方次第ではエンジンから車体まで、完全ワンメイクの車両も許されるクラスですが、今回のスズキCNチャレンジは「異なる燃料」による参戦としてエクスペリメンタルクラス参加の承認を得たようです。
エクスペリメンタル車両はゼッケンベースが緑色で、ヘッドライトの色はSSTと同じ黄色です。
エクスペリメンタルクラスは過去鈴鹿8耐への参戦が無く、日本では馴染みが薄いのですが、欧州で行われるEWCの大会には若干数が参戦しています。近年では独自のサスペンション機構を持つオリジナル車体にスズキGXS-R1000のエンジンを搭載したMETISSとカワサキZX-10RRにオリジナルのフロントサスペンションを備えたITeM17が参戦しており、日本人ライダー大久保光選手が2019年のボルドール24時間でITeM17を、2023年のル・マン24時間ではMETISSをそれぞれ走らせています。
エクスペリメンタルクラスは賞典外ですが、3台以上の参戦があればクラスの表彰式も行われるそうです。2024年の鈴鹿8耐ではスズキCNチャレンジのみなので残念ながら表彰式は行われません。
GSX-R1000Rヨシムラ SERT EWC CN仕様
スズキのリリースによると、参戦車両は「GSX-R1000Rヨシムラ SERT EWC CN仕様」と銘打たれています。
燃料は40%バイオ由来燃料、タイヤは再生資源・再生可能資源比率向上タイヤなど、燃料と車体の構成要素に再生資源や再生可能資源を多く取り入れた車両となっています。正直な所、前述のMETISSやITeM17のような既存のエクスペリメンタル車両に比べるとインパクトが薄い印象は否めません。欲を言えば、カーボンニュートラルを目的にするのならハイブリッドに挑戦しても良かったのではないか、さらに言えば、今年からMotoGPもWSBKも40%以上の非化石由来燃料の混合が義務付けられているのでさすがにMotoGPは無理でもWSBK復帰でも良かったのではないかという気もしますが、レース活動部門が解散してしまった今のスズキではこれが精一杯なのでしょう。
「GSX-R1000Rヨシムラ SERT EWC CN仕様」という名称から、この車両はヨシムラがEWC参戦に使用している車両に準じたものだと考えられます。6月4日・5日に行われたテストの車両がヨシムラのカラーリングだったのは、ベース車両がヨシムラのEWC仕様のためで、ヨシムラの資源の再利用だったようです。テスト用に無塗装のカウルやオリジナルカラーのカウルを用意したりするのではなく、既存のカウルを再利用するのは省資源や環境に配慮するというCNチャレンジの精神にマッチしたものだと言えるでしょう。
元になっているヨシムラの参戦車両はフォーミュラEWCクラスの車両ですが、CN仕様はエクスペリメンタルなので全く同じ仕様にはならない、あるいはできない部分があります。テストではカウリングに装着されたウイングレットが話題になりました。現行のGSX-R1000にはウイングレットは無いのでベースとなる市販車のシルエットを変更できないフォーミュラEWCクラスやSSTクラスではウイングレットの後付けはできないのですが、前述の通り、エクスペリメンタルクラスにはそのような制約がありません。なのでウイングレットを追加しても、ベース車両とは似ても似つかぬカウリングを装着しても違反にはなりません。
エンジンについては、ちょっとレギュレーションが複雑です。該当部分を以下に示しますが、MFJの和訳版は排気量の表記がおかしいのと一部オリジナルの最新版と異なっているので修正しています。
ベース車両がGSX-R1000RなのでエンジンはGSX-R1000Rの物を使用することになるのですが、750cc〜1200ccの4気筒はスーパーストック(SST)エンジンと規定されています。なので、何らかの特例が認められていない限り、ヨシムラのフォーミュラEWC用エンジンを使うことはできず、GSX-R1000RのSST用、つまりほぼ無改造のエンジンを使用することになります。
EWCのSSTレギュレーションではエンジンはほとんど改造できず、唯一変更可能な部品はカムスプロケットで、カムシャフトとカムスプロケットの取付角度を調整してバルブタイミングを変更することが許可されています。それとシリンダーヘッドとシリンダー間のガスケットを薄いものにして圧縮比を高める事も可能です。カムシャフトを変更できないので市販車からの劇的なパワーアップは望めず、フォーミュラEWCに比べ出力が不利になるのは避けられません。
車体に関しては安全性さえ確保されていればある意味何でもありなので、フォーミュラEWCの車体コンポーネントがそのまま使えます。再生資源を使用しない部分についてはヨシムラのEWC用部品をほぼそのまま使う形になるのではないでしょうか。
車体はフォーミュラEWC、エンジンはSST。外装は・・・?
これらの事から、車体はフォーミュラEWC準拠、エンジンはSSTの車両であると考えられます。カウリングについては再生カーボン材を使うということなので新規に新しい物を作ると考えられます。ウイングレットの追加に留まらず、既存の物とは全く異なる形状にすることも可能ですが、車両名称が「GSX-R1000R ヨシムラ SERT EWC CN 仕様」なのでGSX-R1000Rの原型を維持した物になりそうです。
性能的にはエンジンがほぼ無改造なのでフォーミュラEWCには及ばないものの、車体はフォーミュラEWC相当なので、フォーミュラEWCとSSTの中間になるのではないでしょうか。テストでは渥美心選手が2分7秒台を記録しているのでフォーミュラEWCと同等と言っても過言ではなく、賞典外とはいえかなり上位を走れるかもしれません。
ただ、今年はEWCの燃料がワンメイクではなくなっており、燃料による性能向上が自由に行えますが、スズキCNチャレンジは環境燃料40%混合です。同様に今年から環境燃料40%混合が義務付けられたWSBKは数馬力程度出力が低下していると言われているので、動力性能についてはSSTクラスに対しても不利を強いられるかもしれません。
以上、最後までお読みいただきありがとうございました。
当初予告していたWSBKホンダの低迷についてはちょっと時間がかかりそうなので日を改めて公開したいと思います。