WSBK アラゴン
WSBKアラゴン大会が終了しました。ポイントリーダーであるトプラク・ラズガットリオグルの復帰レースとなったこの大会を振り返ってみたいと思います。
ラズガットリオグル復帰
第8戦マニクールの転倒で負った気胸の回復が遅れて前戦は欠場を強いられていたラズガットリオグルがこのアラゴンから復帰しました。FP1ではいきなり一番時計を記録するなど速さに衰えはない事を印象付けていましたが、結局3レース全て2位に終わり、アラゴンで勝利することはできませんでした。ラズガットリオグルはマニクールFP2の転倒で気胸を患って以来3週間はトレーニングも禁止されていたはずで、体力面ではベストからは程遠い状態だったに違いありません。実際、土曜日以降は全身筋肉痛だったそうです。今回勝てなかったのはこの影響も少なからずあったでしょう。
イアンノーネ初優勝
レース1の勝者はゴーイレブンドゥカティのアンドレア・イアンノーネでした。イアンノーネにとってこの勝利は実に8年ぶりで、MotoGPに参戦していた2016年オーストリアGP以来のものでした。
ブレガを襲った不運
レース1は1周目のサム・ロウズの転倒により赤旗中断から仕切り直しになりました。そのウォームアップラップでランキング2位のニッコロ・ブレガのエンジンが壊れ、ブレガはマシンをコース脇に停めざるを得なくなりました。当然、ブレガはグリッドに並ぶ事ができず、レース1はノーポイントに終わっています。
マニクール、クレモナとラズガットリオグルが欠場したことでポルティマオ終了後92ptまで開いていたポイント差はクレモナ終了後には13ptまで詰まっていましたが、これによって33ptに開いてしまいました。更にブレガはアラゴンの3つのレースで一度もラズガットリオグルを上回ることができず、最終的にポイント差は39ptまで広がっています。
バウティスタ復活(?)
今ひとつ振るわなかったブレガに対し好調だったのがバウティスタでした。今回、バウティスタは日曜に行われたSPレースとレース2を勝利し、今年初めてダブルウィンを達成しました。SPレースではファイナルラップのバックストレート前の14〜15コーナーの切り返しで前に出て、そのままストレートスピードを活かしてラズガットリオグルに反撃の機会を与えずに勝利、レース2でも終盤近くまでラズガットリオグルと接戦を繰り広げましたが一度もトップを譲らず、最後には突き放しての勝利は昨年の理不尽なまでに速かったバウティスタを思わせる物がありました。ですが、これで完全復活と言えるかどうかは他のサーキットを見てみないとなんとも言えません。特にここアラゴンはストレートスピードの優劣が結果に大きく影響するサーキットです。今年からバラストを積んでいるとは言えライダーと車両の合計重量は相変わらずバウティスタが最も軽く、加速・最高速共にバウティスタが有利なことに変わりはありません。また、ラズガットリオグル自身も病み上がりで体力面でベストな状態からは程遠かったでしょう。バウティスタにも肋骨骨折の影響はあったと思われますが、先週のクレモナにも参戦できていたのでラズガットリオグルに比べればはるかにベストに近い状態だったのではないでしょうか。
次戦エストリルでライダーズタイトルが確定するには?
次戦エストリルでラズガットリオグルのライダーズタイトルが確定する可能性があります。現在ランキング2位のブレガとのポイント差は39pt、これがレース2終了時に62pt以上に広がればタイトル確定です。ただ、これはちょっと厳しいかもしれません。ポイント差をあと23pt広げる必要があるのですが、ラズガットリオグルが3レース全て勝利してもブレガが全て2位になれば13ptしか広がらないからです。ラズガットリオグルが全勝、ブレガが全て3位であれば丁度62pt差になるのでタイトルが確定します。なお、SPレースで確定するには87pt差、レース1で確定するには99pt差が必要なのでレース2以前にタイトルが確定することはありません。
数字上はバウティスタにもタイトルの可能性が残っていますが、現時点で81ptの差があります。バウティスタがエストリルでタイトル争いにとどまるには3レース全てに勝利し、なおかつラズガットリオグルの獲得ポイントが42pt以下である必要があります。バウティスタが3勝、ラズガットリオグルが全て2位ならば13ptしか縮まらないので自力でタイトル争いに留まる事はできません。バウティスタは自分とラズガットリオグルとの間に誰か他のライダーが割って入る事に期待することになります。
ロウズ兄弟の受難
前述の通り、サム・ロウズはレース1で他車(ジョナサン・レイ?)と接触したようで、その際ウイングレットが折れてスイングアームとリアタイヤに挟まって制御不能になり転倒、メディカルチェックで以後不適格となり全レースノーポイントとなりました。双子のアレックス・ロウズはスーパーポール(SP)レースでハイサイド転倒、これもメディカルチェックで不適格となりレース2を欠場しています。アレックスは第4戦アッセン以来毎大会1度は表彰台に登壇していましたがこれも途絶えてしまい、ランキングもペトルッチに逆転され5位に後退しています。
ペナルティを消化するためだけに走った?
クレモナに引き続き、GRTヤマハはドミニク・エガーターの代役としてマービン・フリッツを起用しました。前回、BMWワークスは欠場したラズガットリオグルのエンジン残数が厳しいため、年間の割当数違反となる7基目のエンジンを導入、それに対するペナルティを代役参戦したマーカス・ライターバーガーに消化させていましたが、エガーターもエンジン残数が厳しいようで、GRTヤマハはBMWワークスに倣ってエガーターに7基目のエンジンを導入、そのペナルティをフリッツに消化させました。ただ、クレモナにおいてライターバーガーはペナルティの対象となるレース1・レース2共に完走しましたが、フリッツはどういうわけか全レースリタイヤしています。特に転倒したわけでもなく、レース1は5周目、レース2は4周目目にピットインしてそのままリタイヤしており、それまでに2回のロングラップペナルティを消化しているので故意にリタイヤしたのではないか、ペナルティを消化するためだけに出走したのではないかと疑いたくなります。更に不可解なのがペナルティの対象外であるSPレースでも早々にリタイヤしていることです。ペナルティを科せられているレース1・レース2であれば、まだモチベーションを維持できないなどの理由もあるかもしれませんが、ペナルティ無しで走れるSPレースでもわずか2周でピットイン、リタイヤするというのは理解に苦しみます。エンジンのマイレージを節約したのかとも思いましたがフリー走行は他車と同程度の周回数なのでこれも辻褄が合いません。3レース共トラブルが発生したにしても毎回ペナルティ消化後に発生してくれるとは思えません。代役参戦に関してフリッツとGRT、ヤマハとの間にどのような契約が結ばれていたのか知る由もありませんが、何か釈然としないものを感じずにはおれません。
非力なバイクが勝てないサーキット
アラゴンでのマニュファクチャラーズポイントの獲得数は、全レース優勝したドゥカティが62pt、全レース2位だったBMWが49pt、次いでホンダが21pt、ヤマハとカワサキが共に13ptでした。各レースのメーカー毎の着順を見ても、ドゥカティとBMWが上位を占めており、次いでホンダ、カワサキ、ヤマハといった具合でした。
今回、ホンダがヤマハはおろかカワサキを全てのレースで上回っているのは、やはりここ最近の改善に加えてエンジンパワーによるものでしょう。今回ヤマハはレース2でロカテリが9位に入賞したのが最高位で、他のライダーは皆それ以降に沈んでいます。元々アラゴンはヤマハには鬼門とも言えるサーキットです。ラズガットリオグルが過去一度も勝てていないサーキットでもあるのですが、ラズガットリオグルはSBKクラスに昇格した2018年と2019年をカワサキプライベーターのプセッティで戦い、2020年にヤマハに移籍、昨年までの4年間をヤマハのエースとして戦ってきたのでラズガットリオグルの勝利のほとんどはヤマハで積み上げたものです。つまり、アラゴンはラズガットリオグルをもってしてもヤマハではで勝つことのできないサーキットだったのです。
ヤマハがアラゴンで勝てない理由はやはりストレートスピード、つまりエンジンの動力性能が劣っているためでしょう。ヤマハは前戦クレモナから参戦車両を来年形に変更しウイングレットが付きましたが、実質的な違いはこのウイングレットの追加だけで他は何も変わっていません。ウイングレットはダウンフォースを生み出すためのもので加速時のウイリーを防いだりコーナリングの安定性を高める効果があるとされていますが、ダウンフォースというのは車体が受けた空気抵抗が車体を路面に押し付ける方向に作用しているものです。元からあるカウリングの形状を全く変えずにウイングレットのみを追加しているので、空気抵抗は追加されたウイングレットの分増加しており、エンジンパワーが最も劣っていると見られるヤマハにとって、このアラゴンではむしろ足枷となっていたかもしれません。
カワサキもロウズが日曜にノーポイントに終わったこともあって低迷しました。カワサキは今季も参戦5社中最も低いレブリミットを科されており、ヤマハの15,200rpmより100rpm低い15,100rpmです。今回、参戦5社中レブリミット上位のドゥカティ(16,100rpm)、BMW(15,500rpm)、ホンダ(15,600rpm)の3社が下位のカワサキ、ヤマハを上回る成績だったのは、このエンジン出力の優劣が大きく作用するサーキットだからでしょう。昨年まではBMWとホンダがそのパワーを活かせない状態だったのでヤマハとカワサキが上位を走れたのですが、今年はBMWとホンダの改善が進んだためこのような結果になったと考えられます。また、ヤマハとカワサキが昨年までのエースライダーを失った事も大きく影響しているでしょう。
ヤマハとカワサキはレブリミットが低いのみならず、エンジンの基本設計も最も古いグループに入ります。ヤマハのフルモデルチェンジは2015年、カワサキに至っては2011年です。対するドゥカティは2019年(元となった1100ccのV4は2018年)、BMWは2019年、最も新しいのがホンダで2020年です。ヤマハとカワサキはその後も改良はされており、特にカワサキは2019年にシリンダーヘッドを刷新するなどしていますが、それ以外は大きく変わっていません。ヤマハとカワサキがエンジンパワーで劣勢を強いられているのはレブリミットが低いだけではなく、基本設計が古い事が影響していると考えられます。この設計の古さがさらなる高回転化や高出力化を妨げていると言えるかもしれません。カワサキのアレックス・ロウズによると、カワサキは今年レブリミットが500rpm引き上げられたがこれはパワーアップにはほとんど寄与しておらず、これ以上のパワーアップはエンジンの信頼性を損なうためできないそうです。
コンセッション情報
アラゴンレース2終了時点でのコンセッション情報は以下のとおりです。コンセッションのチェックポイントも残す所あと一つです。
カワサキは3つ目のスーパーコンセッションパーツを導入
今回驚いたのがカワサキが前戦クレモナより新たなスーパーコンセッションパーツを使用していることです。これでカワサキが今季導入しているスーパーコンセッションパーツは3つ目になります。一体どのような部品なのか気になるところですが、スーパーコンセッションパーツの詳細は公表されていないので具体的にどのような物であるかは不明です。
ヤマハは引き続きスーパーコンセッションパーツを獲得可能な状態が続いていますが今回も動きは見られません。やはりオフシーズンにエンジンをアップデートするために使うつもりでしょうか。
来年のスーパースポーツ世界選手権
カワサキは636ccに参戦車両を変更
カワサキが来年のWSSP参戦に向けて2025年型ZX-6RをFIMにホモロゲーション申請中であることを公表しています。
カワサキが現在SSPクラスで走らせているZX-6RはモデルコードZX600RF(以下、識別のためモデルコードを使用します)で2009年型、実に15年も前の車両です。すでにホモロゲーション期限は切れているはずですが、カワサキはこれを2022年以降排気量制限が事実上撤廃されているSuperSport Next Generation(SSP-NG)の参戦車両としてホモロゲーションの再認証を受けています。
ZX600RFはかつてケナン・ソフォーグルが3度のタイトルを獲得するなどトップクラスの戦闘力がありましたが、近年はさすがに戦闘力の相対的な低下は如何ともし難く、今季は表彰台すら遠い状態です。流石にこの状況を看過できなくなったようで、カワサキは現行型に参戦車両を変更することにしたようです。現行のZX-6R(モデルコードZX636J)は排気量636ccで、2024年型としてモデルチェンジされました。カワサキはすでに色変更のみの2025年型を発表済みです。
実はこの現行ZX636Jも基本設計はかなり古く、2013年型のZX636Eまで遡りますが、これもZX600RFを元にエンジンのストロークを延長して排気量を636ccに拡大したものです。その後、2019年(ZX636G)と2024年に外装の変更と排ガス規制対応を主とするモデルチェンジが行われました。この2024年型が現行型のZX636Jなのですが、エンジン・フレーム共にあまり大きな変更はされていません。
カワサキがホモロゲーション申請している車両がすでに発表済みの2005年型ZX636Jなのか、それともZX-10Rに対するZX-10RRのようにレース用に特化した別グレードが新設されるのかは不明です。以前の記事にも書きましたがZX636Jは最新型でありながら未だにライドバイワイヤ化されておらず、ZX600RFにあったエアボックス上面のセカンダリーインジェクターも無くなっています。未確認ですがピストンやコンロッドがZX600RFの物より重くなっているという話もあり、実際これらの部品価格はZX636J用よりもZX600RF用の方が高価です。このようにZX636JはZX600RFに比べ公道向けの仕様なのでレース用に特化したグレードが新たに登場する可能性も否定できないのですが、現在の市場状況では難しいのではないでしょうか。
今のSSP-NGでは異なる排気量の車両同士が同じレースを争うため性能調整は必須で、ライドバイワイヤは欠かせません。なので市販車がライドバイワイヤ化されていない車両は認証済みのライドバイワイヤへの変更が義務付けられています。他にもFIMが認可すればコンセッションパーツとして通常のレギュレーションでは認められない範囲の改造も可能なので、参戦車両は現行型そのもので、レースでの使用にそぐわない部分はコンセッションパーツとして供給されると考えられます。
YZF-R9登場間近。600cc車両がグリッドから消える?
ヤマハも来年参戦車両を変更すると言われており、その新たな参戦車両と目されているYZF-R9は10月9日に発表されるようで、ヤマハはその予告動画を公開しています。
YZF-R9はMT-09系の890cc3気筒エンジンを搭載したスポーツモデルと見られています。ヤマハが現在使用しているYZF-R6のホモロゲーションは2025年1月で満了するので、ヤマハがYZF-R6のホモロゲーション延長手続きを行わない限り2025年シーズンのスーパースポーツ世界選手権(WSSP)のグリッドから600cc車両が姿を消す事になります。
WSSP本来の排気量区分は以下のとおりです。
400cc〜600cc・4気筒
500cc〜675cc・3気筒
600cc〜750cc・2気筒
現在、この排気量区分に適合しているのは4気筒600ccのヤマハとカワサキ、ホンダの国産勢だけで、外国勢である2気筒のドゥカティ、3気筒のMVアグスタとトライアンフ、4気筒のQJモーターはこれらの区分よりも大きな排気量の車両です。来年、MIEがSSPクラスから撤退すると言われており、事実であればホンダがSSPクラスから姿を消すことになります。加えてヤマハとカワサキが参戦車両を変更すれば、この本来の排気量区分に適合する車両がグリッド上から姿を消すことになり、レギュレーションの排気量区分が完全に空文化してしまう事になります。
現在ヤマハを走らせているチームの中には来年もYZF-R6を走らせることを希望している所もあるようで、現状では来年全てのヤマハ使用チームがYZF-R9に変更するかどうかはわかりません。ただ、ヤマハが参戦車両をYZF-R9に一本化するのであれば、YZF-R6のホモロゲーション延長は行われないでしょう。
続報 ビモータ・KB5(?)
ビモータがフェイスブック上で来年のWSBK参戦車両・KB5(仮称)の物と思われる新しい画像を公開しています。
これは車体右側から撮影されたもので、右下に見えるのがエンジンのクラッチ部分です。この写真から車体構成がアルミ製ピボットプレートと鋼管トレリスによるツインスパーのハイブリッドであることが見て取れます。ビモータのロゴマークの左にあるのはリアショックユニットのマウントでエキセントリックアジャスターになっています。ビモータは10年前、2014年に1年限りで導入されていたEvoクラスにBMW・S1000RRのエンジンを搭載したBB3で参戦していましたが、BB3の車体もアルミと鋼管トレリスのハイブリッドであり、リアショックユニットのマウントがエキセントリックアジャスターであること、鋼管トレリスとピボットプレートの連結部分など、今回公開された写真といくつかの共通点があります。
車体に関してはビモータの設計によるもので、BB3の発展型だと言えるでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご指摘、ご感想等ございましたらコメントをいただけると幸いです。