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ドゥカティのJSB1000クラス初優勝

 去る8月25日、モビリティリゾートもてぎで行われた2&4レースでドゥカティ・チームカガヤマの水野涼が今季初優勝を遂げました。ドゥカティに限らず外国車がJSB1000クラスで優勝するのはこれが初めてで、歴史的なことだと言えるでしょう。


4月の敗北からのリベンジ

 全日本ロードレースは今季モビリティリゾートもてぎ(以下もてぎ)では第2戦として4月にも開催されており、水野はレース1は優勝した中須賀克行から0.5秒差の2位、レース2では17秒差で3位と、動力性能が物を言うはずの典型的なストップアンドゴーレイアウトのもてぎでありながらヤマハファクトリーに敗れ去っていましたが、今回は一転、2位の中須賀に4秒以上の差を付けての独走勝利となりました。果たして、この4月のレースとの差は何処から生まれたのでしょうか。

 まずは、WSBKとJSB1000の車両レギュレーションを比較して、チームカガヤマが使用するパニガーレV4RとヤマハファクトリーのYZF-R1、それぞれの有利不利を見ていきたいと思います。

改造範囲の違い

 チームカガヤマが使用するパニガーレV4Rは昨年のWSBKチャンピオンマシンという触れ込みです。昨年、アルバロ・バウティスタが圧倒的な成績でタイトルを連覇した車両なので速くて当たり前とも言えるのですが、WSBKとJSB1000はレギュレーションがある程度は似通っているもののいくらか違いもあり、WSBKのワークスマシンをそのままJSB1000で走らせることはできません。エンジンの改造範囲では特にクランクシャフトが大きく異なります。

 以下はレギュレーションの該当部分の抜粋です。WSBKは今年(2024年)レギュレーションが大きく改定されていますが、チームカガヤマの使用するファクトリーパニガーレV4Rは昨年(2023年)型のため昨年のレギュレーションです。

2.4.8.10 クランクシャフト
ホモロゲーションクランクシャフトには、以下の改造のみが許される:
a) ベアリング表面の研磨。
b) クランクシャフトに表面処理を施してもよい。
c) バランス調整は許可されるが、ホモロゲーションクランクシャフトと同じ方法によってのみ行われる。例えば、重金属、すなわちマロリーメタルインサートは、ホモロゲーションクランクシャフトに元々指定されている場合を除き、許可されない。
d) レーシングバランスをとるためのクランクシャフトの重量の増減は、クランクシャフトのホモロゲーション文書に記載された公差を除き、ホモロゲーション重量の3%以内とする。
e) バランシングは、オリジナルの方法、すなわちドリルまたは機械加工によって、同じ位置(フライホイールの端など)で行わなければならない。
f) クランクシャフトの研磨は認められない。
g) バランスシャフトはホモロゲーションのままでなければならない。改造は認められない。

2023 FIM Superbike, Supersport & Supersport 300 World Championships Regulations

「ホモロゲーションクランクシャフト」というのはホモロゲーション車両、つまり公認された市販車に装着されているクランクシャフトのことです。アフターパーツへの変更はできないものの、ある程度の改造が認められています。

7 - 23  下記部品は公認車両のままとし、一切改造・変更は許可されない
7-23-1 クランクシャフト

2024年度 MFJ国内競技規則 付則8 JSB1000技術仕様

 JSB1000ではクランクシャフトの一切の改造が認められていません。

 この影響をドゥカティ側から見ていきましょう。JSB1000ではクランクシャフトの加工が認められないので市販車の物ををのまま使うことになるのですが、パニガーレV4Rは市販車の時点でクランクシャフトはかなり軽量そうに見えます。今年からのWSBKレギュレーションでクランクシャフトの重量変更範囲が±20%に拡大されたのも他メーカーがパニガーレV4Rに対抗できるようにするためなので、元々クランクシャフトが軽いドゥカティには大きな影響は無いのかもしれません。車両価格が高額である事も、市販車の時点でクランクシャフトの精度が高められていることに繋がると考えられます。

 次にヤマハ側です。昨年まではWSBKでもバランスシャフトの軽量化は一切禁止されており、クロスプレーンクランクシャフトを採用するYZF-R1にとって3%とはいえクランクシャフトの軽量化をフルに行えていたかは疑問です。とはいえ、ベアリングの研磨やバランス取りは問題なく行えるはずなので、その分JSB1000車両の方が性能は落ちる事になります。YZF-R1のレースキットパーツには、生産ラインから選別されたよりバランスの取れたクランクシャフトがありますが、本社直系のヤマハファクトリーレーシングともなれば、その中からさらに厳選された部品が使われているかもしれません。

 改造範囲以外にも車両性能に影響しそうな違いがWSBKとJSB1000にはあります。WSBKにあるレブリミット規制がJSB1000にはありません。なのでJSB1000ではエンジンの耐久性と燃費がが許す限りエンジンをブン回す事ができます。また、WSBKにあるエンジンの年間使用数制限がJSB1000にはありません。なのでエンジンの耐久性を犠牲にして出力を高める事も可能です。

 これによってドゥカティが受ける恩恵は市販車の時点で16,500rpmというレブリミットを使い切れる事でしょう。WSBKではレブリミット規制により市販車より400rpm低い、16,100rpmまでしか回せません。とはいえ、燃費と耐久性を考えると必ずしも有利になるとは限りませんし、JSB1000用により高回転型のカムシャフトをドゥカティが用意しているとも考えにくいのでWSBKよりも多く回してはいないのではないでしょうか。一方、ヤマハの場合、WSBKで昨年第8戦より適用されている15,200rpmのレブリミットはかなり限界に近いものなので、規制がなくてもこれよりそう多く回せるとは思えません。ただ、エンジンの使用数制限が無いので寿命と引き換えにパワーを絞り出す事も不可能ではありません。その点、ドゥカティはファクトリーマシンを供給されているとは言えチームカガヤマはあくまでもプライベーターであり、エンジンを湯水のように使えるとはちょっと考えられません。昨年仕様とはいえファクトリーマシンのエンジンなのでおそらく国内ではオーバーホールもできないのではないでしょうか。予備のエンジンがどれだけ供給されているかなど、ドゥカティとチームカガヤマの間でどのような契約になっているかが気になるところです。

燃料の違い

 もう一つ、WSBKとJSB1000の大きな違いとして、燃料が挙げられます。JSB1000は昨年からドイツのハルターマン・カーレス社製のワンメイクによるカーボンニュートラル燃料100%になっています。WSBKは今年からカーボンニュートラル燃料40%混合ですが、昨年までは通常のハイオクガソリンが使用されていました。

 チームカガヤマは昨年もヨシムラライドウィンとして参戦、このハルターマン・カーレスのカーボンニュートラル燃料の使用経験がありますが、その時の車両はスズキ・GSX-R1000Rであってドゥカティ・パニガーレV4Rではありません。昨年の走行データはほとんど役に立たないのではないでしょうか。

 昨年ハルターマン・カーレス製ワンメイクによるカーボンニュートラル燃料100%が導入された時、参戦する各チームはかなりの苦労を強いられました。通常のガソリンに比べ燃えにくく、パワーが出ない上にブローバイによってエンジンオイルが酷く希釈されるためオイル交換の頻度が激増したそうです。この扱いに難儀する燃料への対応においてはメーカーから直接の支援が受けられるヤマハファクトリーが圧倒的に有利だったでしょう。

タイヤの違い

 御存知の通り、WSBKはピレリタイヤワンメイクです。なのでチームカガヤマに貸与されているパニガーレV4Rもピレリタイヤに合わせて開発された車体です。ですが、チームカガヤマはJSB1000クラスへの参戦に際してブリヂストンタイヤを選択しています。近年のJSB1000クラスで勝利するには当然の選択と言えるのですが、そのためにはブリヂストンタイヤに合わせて新たにセッティングを行わなければなりません。以前の記事で、ブリヂストン用に開発された車両にピレリタイヤを装着しても満足な結果は得られないだろうと書きましたが、2022年まで鈴鹿8耐に参戦していたカワサキレーシングチームのように、逆にピレリタイヤ用に開発した車両にブリヂストンタイヤを装着した場合はそこまで酷くはなく、ある程度は良好な結果が得られるようです。とはいえ、これまでパニガーレV4Rがブリヂストンタイヤを装着して国内サーキットを走行するのはチームカガヤマが初めてなので、データ不足は否めません。

 タイヤについてはこれまでの経験と実績が豊富で、車体もブリヂストンタイヤに最適化されているヤマハファクトリーが圧倒的に有利だと言えるでしょう。

 こうして比較してみると、互いに一長一短があり、単純にどちらが有利とは言い切れない様に思えます。改造範囲ではWSBKの方が緩く、JSB1000仕様にする事でパワーダウンするように思えますが、車両の運用についてはJSB1000の方が緩いのでそれで改造範囲が狭くなった分をどれだけカバーできるかでしょうか。エンジン出力ではドゥカティの優位が覆ることはないと思われますが、総合的にはJSB1000クラスで過去最多勝利を重ねてきたヤマハファクトリーが有利に思えます。

勝利の鍵は鈴鹿8耐参戦の副産物?

 チームカガヤマは第4戦もてぎに新兵器を投入しています。新兵器、と言うのはちょっと大げさですが、4月のもてぎとは燃料タンクが見るからに変わっています。

第2戦もてぎ
第5戦もてぎ2&4

 意外にもこの件については触れている記事がネット上でも見当たらないのですが、ご覧のとおり、タンクの形状が随分変わっています。4月に比べ上面が平らで長く、後方に大きく張り出しており、給油口の位置も後方に大きく寄せられています。

 5月の第3戦菅生まで使用していたタンクはWSBKで昨年まで使用していた物と同じでしょう。容量は24Lには届いていなかったようで、チームカガヤマは鈴鹿8耐に向けて24L容量のタンクを新たに用意していました。今回もてぎ2&4で使用していたタンクは給油口こそ変わっていますがこの鈴鹿8耐で使用した物と同じ形状に見えます。WSBKでは今年から燃料タンクの最大容量が21Lに縮小されていますが、昨年までは24Lでした。JSB1000は今年も24Lです。WSBKにおけるタンク容量の縮小はドゥカティに少なからず影響を与えているようなので、以前のタンク容量は21Lから24Lの間、おそらく22L〜23L程度だったと考えられます。

燃費が厳しいとパワーが出せない

 燃料タンクを大きくしてきたということは、4月のもてぎでは燃費がかなり厳しかった事が伺え、その対策でしょう。4月は15周で行われたレース1が0.5秒差の2位、今回と同じ20周で行われたレース2では17秒の大差を付けられての3位でした。周回数が少ないレース1では僅差だったのが周回数が多いレース2で大きく離されたのはまさに燃費が厳しかった事を裏付けてます。映像からもバックストレートでヤマハファクトリーを抜くことができず、昨年WSBKであれだけ猛威を振るったストレートスピードがすっかり影を潜めていたのでパワーをかなり犠牲にしていた事が伺えます。これが一般的なレース用のガソリンであったならば、ここまで燃費で苦労する事もなかったのかもしれませんが、前述の通りカーボンフリー燃料は従来のレース用ガソリンに比べ非力で燃費も良くありません。昨年1年間、しかも2台体制でこの燃料でシーズンを戦ってきたヤマハファクトリーには十分なデータもあり、セッティングのノウハウも蓄積されているでしょうから、カーボンフリー燃料での燃費とパワーを両立させるセッティングもある程度確立されていたでしょう。対してチームカガヤマがパニガーレV4Rをカーボンフリー燃料で走らせたレースは開幕戦鈴鹿に続いてまだ2戦目だったのでこの点に関しては勝負にならなかったのではないでしょうか。

 これだけ燃費がきつかったと考えると、レブリミットの制限が無い事はドゥカティには有利に働かなかったでしょう。

 その後、第3戦菅生もレース1は3.8秒差で3位、レース2は1.9秒差で2位とヤマハファクトリーの牙城を崩すには至らず、鈴鹿8耐を挟んでのこの第5戦(第4戦筑波はJSB1000の開催無し)でしたが、鈴鹿8耐への参戦でライダー、チーム共にパニガーレV4Rに対する理解が大きく進み、さらにこの耐久用燃料タンクによって燃費の不安が無くなったことでドゥカティによるJSB1000クラス初勝利へとつながったのでしょう。

次も勝てるとは限らないが・・・

 第5戦の圧勝劇を見せつけられると、このまま昨年のWSBKのようにドゥカティの一人勝ちになってしまうのではないかと思ってしまいますが、おそらくそう簡単にはいかないでしょう。第5戦でチームカガヤマが勝てたのは今年2度目の開催地だった事も影響しています。前述の通り、チームカガヤマのドゥカティV4Rは国内のサーキットは皆走行経験が無いので一度実戦を経験する前と後では大違いです。もてぎは4月の第2戦に続き8月の第5戦が今年2回目の開催なので、4月の走行データが使えたのも大きかったのではないでしょうか。

 これを書いている時点ですでに第6戦オートポリスの予選が終了していますが、水野は転倒を喫したこともあって初日の総合順位は6位、予選でもPPの中須賀から1.5秒差の5位と今一つの印象が否めません。今回、オートポリスは事前に予定されていたテストが台風の影響で中止になったため、チームカガヤマのパニガーレV4Rがオートポリスを走るのはこれが初めてでした。やはり過去に一度も走行していないサーキットではデータ不足のため本来のポテンシャルを発揮しきれないのでしょう。なのでオートポリスと次戦岡山では簡単に勝てるとは思えません。逆に、最終戦鈴鹿では開幕戦、鈴鹿8耐とデータは十分に揃っているので圧勝する可能性は十分にあると考えます。

国内メーカーはこのまま指を咥えて見ているだけなのか?

 ドゥカティチームカガヤマがその本領を発揮するのは来年からだと言えるでしょう。今年は初走行のサーキットばかりでしたが、来年は今年1年戦い抜いたデータがある状態で戦えるからです。当然、ヤマハファクトリーはそれを黙って見てはいないでしょうし、ヤマハのみならず、残る3社にも奮起を促したいところですが、まさにそれがチームカガヤマの加賀山監督が狙うところです。加賀山監督は受けて立つからホンダは鈴鹿8耐優勝車両を、カワサキはWSBKワークス車両を持って来いと国内メーカーを挑発しています。もしそれが実現し、チームカガヤマのドゥカティと好勝負を繰り広げれば、全日本ロードレースは今よりずっと盛り上がるでしょう。ライダーの希望ナンバーを廃止したり、強引にカーボンフリー燃料100%義務付けたりするよりも遥かに効果的なはずです。


 最後までお読みいただきありがとうございました。ご指摘、ご感想等ございましたらコメントをいただけると幸いです。

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